トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第12回]AT&TのTCI買収は何をもたらすか

(1998.7)

 6月24日発表されたAT&TのTCI買収ほど評価が分かれている案件はない。
  株式交換計画の複雑さやTCIのケーブルTV改修計画が不透明なこともあるが、転換期におけるマルチメディア・ローカル・アクセス技術の展望が定まらないからであろう。AT&Tの挑戦は通信・放送・コンピュータが融合する情報通信事業の新しい見方に立つものであろう。

AT&TのTCI買収の評価
 米国最大の長距離通信事業者であり世界最大の国際通信事業者であるAT&Tが、米国最大のCATV事業者であり多角化メディア企業であるTCIを買収する合意は、総額約483億ドルの大型M&Aとして6月24日に発表され、初の通信・放送越境合併として大きく報道された。
 しかし、買収合意発表前65.375ドルだったAT&Tの株価は、26日の終値56.75ドルと急落(-13.1%)し、2週間後の7月10日の終値も57.5ドルにとどまっている。AT&Tは株価急落は、C.M.アームストロングAT&T会長とJ.マローンTCI会長による記者会見の報道が「間違った情報を伝えたから」だとして、6月26日にウォール街のアナリストを対象に説明会を開催して複雑な取引の詳細を説明、その後は技術説明会や電話会議による対応も行ったが、低い株価の基調は変わっていない。
 一方、通信・放送業界の専門家は「長期的にみれば非常に優れた戦略」(エドワード・グレイブス)と評価し、96年通信法改正後も地域電話会社の市内独占が続くのに業を煮やしたFCCは「消費者の選択の余地が広がる」(ケナード委員長)と歓迎声明を出した。97年6月にAT&Tが地域電話会社最大手のSBCとの合併を合意した時、ハント委員長が「考えられない」と撥ね付けたのと真反対である。
勿論、司法省など独禁規制の当局は「法に照らして審査する」(クライン反トラスト局長)と中立的である。
 実際、表「通信・放送・情報処理企業大型M&A」にみる通り、90年代に入って通信企業関連のM&Aは逐次大型化し範囲が広がっているが、コンテンツ企業関連M&Aは95年以来久しぶりである。

表:通信・放送・情報処理企業の大型M&A
年次投資企業対象企業投資額
($億)
M&Aの目的・結果
1993Bell AtlanticTCI230VOD事業進出。4カ月競りあった後流産。
AT&TMcCaw Cellular126市内市場進出の橋頭堡
US WestTime Warner Cable25ケーブルシステム事業に出資
1995Walt DisneyCapital Cities/ABC190ブランドネームとメディア獲得のため買収
Time WarnerTurner Broadcasting Sys.75有力メディア買収による競争力強化
WestinghouseCBS54マルチメディア事業進出のため買収
1996Bell AtlanticNynex256規模の経済追求のため水平統合
BTMCI190グローバル化への対応。97.10に流産。
SBCPacific Telesis167規模の経済追求のため水平統合
WorldcomMFS Communications140インターネット事業進出のため買収
US WestContinental Cablevision53広帯域伝送路を買収したが後に分離(Media One)
1997WorldcomMCI370グローバル化への対応とインターネット事業拡充
MicrosoftComcast10マルチメディア伝送路の獲得
MicrosoftWebTV4インターネット放送事業の手がかり
1998SBCAmeritech620規模の経済追求のため水平統合
AT&TTeleport Communications129市内市場進出の手がかりとして買収
Northern TelecomBay Networks77通信機メーカーのネット機器事業競争力強化のため買収
TellabsCiena69ネット機器事業者の競争力強化のため買収
AlcatelDSC Communications44通信機メーカーのネット機器事業競争力強化のため買収

意図と内容が難解な買収計画
 買収と再編成のあらましは、図「AT&TのTCI買収」の通り、AT&Tの2事業とTCIの3事業を合わせて新しいAT&Tの3事業とする。第一に、現AT&Tの家庭向け長距離・国際電話サービス事業およびインターネット・アクセス事業(ワールドネット)と、TCIのケーブルシステム事業およびインターネット・アクセス&基幹網事業(アット・ホーム)を統合して「AT&Tコンシューマー・サービス」を設立し、全国に展開する広帯域市内網基盤(ローカル・ネットワーク・プラットフォーム)を整備して、2000年からディジタル電話サービスとディジタル・ビデオ・サービスを開始し、将来通信・電子商取引・ビデオ娯楽サービスの完全パッケージを提供する。99年の売上高は約330億ドル、償却税引前利益は約75億ドルと見込まれる。第二に、AT&Tの現事業所向け 通信事業は、「AT&Tビジネス・サービス/卸売り部門」(仮称)」として、世界最大の高度通信網と米国最大の無線通信インフラを維持運営して、高機能サービスの提供と基幹網卸売りを行う。99年の売上高は約290億ドル、償却税引前利益は約120億ドルと見込まれる。第三に、TCIのケーブル番組制作配給事業リバティ・メディア・グループと技術投資・海外統括事業TCIベンチャー・グループを統合して、コンテンツ事業中心の新しい「リバティ・メディア」を設立する。

 問題なのは「AT&Tコンシューマー・サービス」と新しい「リバティ・メディア」について発行される「業績見合い株(tracking stock)」である。これは、普通株の株主が事業の資産の所有者であるのに対し、業績見合い株の場合は、資産の所有権は発行会社のまま、業績のみ切り出して投資対象にするもので、合併に伴う株価変動に関し株主には無税の特典があり、企業側は発行による資金を見合い事業関連であれば買収にも使える。新AT&Tの場合、その普通株は全体の業績にリンクするが、「AT&Tコンシューマー・サービス」と新しい「リバティ・メディア」の業績見合い株はそれぞれの事業の業績にのみリンクする。買収に当り、AT&TはTCI GroupのシリーズA株1株につきAT&T普通株0.7757株、シリーズB株1株につきAT&T普通株0.8533株を発行し、買収手続完了後AT&T Consumer Servicesの業績見合い株を発行する。TCIはTCI Ventures GroupのシリーズA株1株およびB株1株とLiberty Media GroupのシリーズA株0.52株、B株0.52株をそれぞれ交換し、買収手続完了後AT&Tは新しいLiberty Mediaの業績見合い株を発行する。難解なのは、AT HomeのAT&T Consumer Services移管など現資産・負債についての差し引き計算の結果で、各新子会社の資産額が決まることで、当事者以外には株式価値は推測し難い。業績見合い株制度は15年前に設けられ、これまで15社しか発行例がないが、たまたまGMのEDS、GM Hughes Electronics、TCIのLiberty Media Group、TCI Ventures Groupが含まれており、C.M.アームストロングAT&T会長とJ.マローンTCI会長は理解できるのである。
 さらに、AT&Tの株式価値は、現在純利益0のTCIの買収で27%以上も株式を増やすため単純計算で約22%目減りする。アームストロング会長は株式価値の希釈化は3年以内に消えると言うが、機関投資家が弱気になるわけである。

マルチメディア・ローカル・アクセス技術の展望
 TCIは現在約18億ドルを投じてケーブルテレビ施設の高度化計画を実施中であり、450MHz以下の現施設を都市地域では750MHz、その他は550MHz、ないし最低450MHzに広帯域化しディジタル同軸光複合システムに格上げしつつある。また、TCIは97年末までに1/12のディジタル圧縮技術の開発に成功し、大量のSTBをMicrosoftとSun Microsystemに発注した。AT&Tの要請により、TCIはディジタル化計画の前倒しを始めたが、合併時までに幾ら使ってどれだけ進捗しているか、情報はさまざまである。ケーブルテレビシステムによる高速インターネットアクセスサービスは@At Homeが実施中である。問題は電話サービスで、AT&Tは、長期的にはパケット・ベースのディジタル電話IPTelephonyを指向し技術的見通しは立っているとしつつも、当面アナログ電話サービスの試験的提供は行うとしている。

 流産したBA-TCI合併の時と最も違う環境変化はインターネットの普及・離陸である。AT&T分割のためISDNの普及が遅れた米国では、インターネットアクセスは加入電話回線+モデムと専用線で始まり、それを追ってケーブルテレビ、無線、ADSLが競争している。インターネット電話時代が到来したと思ったら、市内電話はともかくも、長距離は電話・データ・静止画・動画等をすべてディジタル信号にして伝送するIPネットワーク時代の展望が開けてきた。音声や映像のディジタル圧縮技術開発競争が激しく展開され、ついにはATMもSONETもいらない、理想は「IP over fiber」つまりIPパケットをそのまま光ファイバで伝送することと言うビジョンが登場した。
 将来の基幹網を見通して、ローカル・アクセス網の現状と近未来にすり合わせる作業は難しい。しかし、競争とデファクト・スタンダードの時代には躊躇は許されない。AT&Tがリスクに挑戦し、TCI買収に踏み切ったのも、こうした見方であろう。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1998.6)

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