トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第15回]移動通信がグローバル・キャリアー戦略の中核?

(1998.10)

 AT&T-BT国際合弁事業の革新性はネットワーク・インテリジェンスの開放にある。未来網がパイプのようなIP網になれば、サービス内容は基幹網キャリアーの手を離れ、競争は価格とサービスシステムの2局面で行われて、複雑なエンドシステムである移動通信網キャリアーが重要な鍵を握ることとなろう。

●AT&Tのバンガード・セルラー・システムズ買収
AT&Tが独立系セルラー電話会社の大手バンガード・セルラー・システムズ社を買収することが、98年10月5日に明らかになった。AT&Tはバンガードの株主に1株23ドルの現金またはAT&T株式0.3987株を支払うほか、約6億ドルの債務を引き受け、買収総額は約15億ドルになる。額はここ1~2年の移動電話買収案件に比べ割安だが、バンガードの海外投資出血を考えれば妥当な線と言われる。両社は株主や規制当局の承認を得てこの合併を99年第1四半期に実現したいと言う。

 バンガードは「セルラーワン」の名前で米国東部に展開して、加入者数は現在約625,000である。AT&Tワイヤレスは、94年の独立系最大手マッコー・セルラー・コミュニケーションズ買収に始まり、98年6月末加入数が約650万に達しているので、バンガード買収の意義は現加入数の増よりもニューイングランドからフロリダに至る大西洋岸地域(中部中心だが)の区域拡大にあると思われる。

 AT&Tの98年4~6月期決算は売上高128,58百万ドル(対前年同期比1.0%増)、利益1147百万ドル(同19.6%増、対前期比60%増)で、AT&Tワイヤレスは売上高1,243百万ドル(対前年同期比11.4%増)と小粒ながら、増収増益の柱であった。 AT&Tワイヤレスの業績は、主として98年5月に導入した「ディジタル・ワン・レート」と言う全米均一料金の新移動電話サービスによる。ワン・レート・サービスは50州7000都市で利用可能、選んだプランにより1分11~15セント((1)600分まで89.99ドル、(2)1,000分まで119.99ドル、(3)1,400まで149.99ドルの3プラン、超過分はそれぞれ1分25セント)で通話でき、加入エリア(ホームゾーン)を出ると高価なローミング料金に悩まされてきた移動の多い高利用ユーザをターゲットにしたものである。ワン・レート・サービスは対応するトライモード端末(800MHzアナログ/デジタル・セルラー、1900MHzデジタルPCS)を前提に、解約(Churn、チャーン)防止で契約期間を1~2年としており、同業他社からの中傷はあるが、広汎なフランチャイズを持つAT&Tにして可能なサービスである。 ワン・レート・サービスは大口ビジネスユーザにシフトするAT&T戦略の具体化であり、バンガード買収もその戦略の一環にほかならない。

●移動通信網は高機能のパイプ(Stupid Network) 
IPネットワーク論とともに、電気通信業界に“Stupid Networks”と言う新専門用語(buzz-word)が登場してきた。これは、“Intelligent Networks:IN”の反対語として、「ビットの転送機能のみを供給するネットワーク」ないし「物理的な伝送設備」を指す。日本では1970年代以来の通信自由化論議のなかで、通信網を開放するとサービス機能や網制御機能(“Network Intelligence:NI”)が端末・情報処理側に支配されて、通信網は「裸のパイプ」になってしまい高度な通信インフラ整備に支障があると、しばしば主張された。本稿では、他に適訳がないので、“Stupid Networks”を「パイプ」と訳することにする。

 米国では、AT&T分割後のRBOCがIN を新しいネットワーク・アーキテクチャーとし、通信網の中に散在する交換機、サービス制御ノード、網内制御用データベースをネットワークインフラから切り離して有機的に結合することとしてきた。AT&TなどのIXC(長距離通信事業者)も同様に高度なINを構築してきた。

 こうしたINに対して、最近QwestやLevel 3などの新興IPキャリアーは、「“Stupid Networks”の方がより柔軟でイノベーションの機会に富み、インターネット・アクセスを高め一層安価なインフラを約束する。それは豊かなインフラに単純なインターフェースで接続する端末を使って、エンドユーザが自分好みのプロダクトやサービスを創り出せるからである」と主張する。その背景にはネットワークの価値観についての三つの転換、(1)ネットワークの中心から端へ、(2)サービス・モデルからプロダクト指向モデルへ、(3)電話会社提供サービスから第三者製/ユーザ・コントロール・モデルへ、の認識がある。

 ところが、例えばエリクソンの副社長NI担当ペル・ジョマーの議論のように(コミュニケーションズ・ウィーク・インターナショナル誌208号98.8.10「パイプにインテリジェンスが必要なわけ」参照)、伝統的事業者側は「今日インテリジェンスは接続網から端末側に移るだけでなくサービス・レイヤー側にも移りつつある。IN概念は広汎かつ深化して固定網・移動網を超える融合サービスの可能性に迫り、インターネット・プロトコルやインターネット電話を内蔵して音声・データ融合を創造する」と主張する。つまり、「NIは競争の主要なツールであり、新規事業者がやろうが既存事業者がやろうが早い者勝ちだ」、また「通信事業者の競争は価格、サービス内容、サービスシステムの三局面で行われるのに、パイプ式では価格と他人任せのサービス内容(customer service)でしか競争できないが、NIならサービスシステム(service offering)でも競争できる」と言う。

 どうやら両者の違いは、新興IPキャリアーが今後の新サービスは通信事業者の手に負えず低廉な通信路の提供にこそ意義ありとしているのに対し、既存事業者は、サービスと言ってもサービス内容とサービスシステムは別個のもので、サービス内容に密着した上位層は端末側のものだとしても、中間層がインテリジェント化しないとサービスシステムは効率・安定化しないと考え、そこに競争力の源泉があるとしているようである。

 その点先に発表されたAT&T-BT国際合弁事業の「オープンIP統合網」は「音声/データ統合IPパケット網とTCP/IPの上位の新ソフトウエアによる情報伝送及びユーザ参加のオープン・コンピューティング・プラットフォームを作り出すことが狙いで、ユーザ側がアプリケーション・プログラム・インタフェース(API)を捉えてサービスの品質パラメーター設定やセキュリティ管理を行い、通信側は業務支援システム(OSS)によりユーザに現況が見える環境を提供する」「APIを所有はするがマイクロソフトのOSのようにはしない、グローバル網としては国内網への繋ぎ込みは当然各国に任せる」(本シリーズ第13回「メガコンペティションの新しい潮流始まる」参照)ものである。コミュニケーションズ・インターナショナル誌の言を借りると(同誌98年9月号The parallax view参照)、「ジェット機の操縦を乗客にやらせるようなもので」、誠に革新的である。

●日本のワイヤレス通信の課題

国内第一種通信事業売上高の推移(単位:億円 )
区別/年度199519961997
固定網売上高
対前年比(%)
67,22668,88867,500
6.12.5△2.0
移動網売上高
前年比(%)
17,38629,25041,012
49.668.240.2

売上高
前年比(%)
84,16298,140108,512
16.916.010.5
構成比(%)
固定網
移動網
100100100
79.570.262.2
20.529.837.8

(注)1997年度は情報通信総合研究所推定

 売上高の増加率にもかげりが出た。固定網/移動網サービスの1997年度売上高構成比は3対1に近いが、最近3年間の変動から見て両者が同率となり移動電話市場が固定電話市場を追い越すのは時間の問題になったと思われる。
 ただ移動通信のなかで、携帯電話は例えばNTTドコモ・グループの経常利益が親会社NTTのそれを超すほど快調なのに対して、PHSは赤字体質と累積赤字に悩んでおり、両者合わせた98年9月末加入数は約4280万、対人口普及率約34%は値下げ競争中心の従来戦略の行き詰まりを予感させる。

 そこで21世紀に向けた日本のワイヤレス通信全体の成長戦略が課題となり、(1)オフィスや家庭の利用軸では無線LAN・高速無線アクセス(Wireless Local Loop:WLL)など固定通信網の代替え、(2)歩行中や走行中の利用軸ではノートパソコン・PDA・カーナビ等のモバイルコンピューティング、(3)衛星通信/放送の取り込み等のモバイルマルチメディアが検討されている。データ通信利用についてメリルリンチ証券の太田アナリストは、米国での音声/データ通信トラフィック比が50:50であるのに対して、日本の96年度通信トラフィックの構成比は音声75%、データ通信25%で4年ほど遅れているが、PC保有・インターネットアクセスの普及などで4~5年で追い付くと言う。

 将来展望を考えるとき重要なのは、(1)固定通信は番号通信(電話に出るのはかけた相手に限らない、人がメディアにつく)だが、移動通信はパーソナル通信(人へのアクセス、メディアが人につく)である、(2)移動通信は移動中だけに使われるものではない(屋内利用、屋外での停止時の利用も)、そして(3)グローバル化への対応(グローバルなシームレス通信の進展)などの基本を認識することである。

 この第(2)項に関連しては、位置登録・追跡交換・認証・ハンドオーバー・無線アクセス管理など移動通信網特有の機能が、パーソナル通信網一般として重要であると理解される。パーソナル通信は、移動端末がなくても、移動通信網でなくても、人の通信の移動性が確保されればとの考えである。

 そこで固定ー移動の融合について既存事業者のとり得る戦略の選択と言う課題がある。戦略として(1)既存移動網と既存固定網の統合、(2)既存固定網による番号ポータビリティやパーソナル番号の提供、(3)移動網事業者との提携/買収、(4)固定ー移動統合網の建設などがあり、市場支配力の観点からの参入規制などが制約条件となるが、日本の産業再編成はどのように展開されるか。外資の出方とNTTドコモの取扱いが鍵となろう。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1998.10)

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