トレンド情報-シリーズ[1999年]

[IT業界レポ]
[業務編−第3回]ERPと人事業務

(1999.01)


 業務編も第3回となり、今回は1999年最初のレポートで人事業務です。
 企業経営では人事労務管理と言うところでしょうが、企業情報システムとしては2000年に向かって最も重要で難しいシステムとなりそうです。ここ数年を考えてみますと終身雇用制の崩壊、年功序列賃金・昇給制度の見直し、実力主義評価やリストラ解雇など雇用環境も変化してきました。日本社会はこれまで変化ということに無防備過ぎました。急激な予想もできない変化という表現は過去の変化の少ない何も変わらない状況を基準にしています。ベルリンの壁が崩壊し、社会主義陣営が崩れ去り冷戦体制が終わるという考えもできない状況を見た日本人でしたが、日本社会は相変わらず世界の動きとは無関係に変わらないと考えてきました。これから2000年に向かって世界で起きることは日本でも起きるのだという覚悟が必要になります。
 それでは、企業は予測できない環境にどう対応して行くのか?企業を支えているのは社員です。今後企業にとって最も必要とされるものは、環境の急激な変化にも生き残れるだけの環境適応能力であり、企業生き残り戦略を計画立案実行できる社員達の能力です。経営者は計画立案者でもなく実行者でもありません。経営者は決定責任者であり、社員が計画立案実行者と考えるべきです。では現在の企業が環境変化適応型社員の集団になりえるのか?いかに異能の人材を確保し、教育するか?社員の評価をいかにして行うか?これまでの年功序列賃金体系にはそれなりの説得力がありました。年功賃金をやめた後にいかなる評価基準を採用するのか?その基準の説得力、合理性はほんとうに妥当なものなのか?企業で働く社員にとって今後人事考課が大きな問題として浮かび上がってくるでしょう。

 日本の人事業務は複雑です。ERPが日本に参入して間もない頃、ERPは日本企業の人事業務には対応できませんでした。日本の人事業務は日本的企業経営と税制に関係する給与制度と複雑に絡み合った業務でした。日本的経営と言われる年功序列や終身雇用制など日本の源泉徴収制度と絡み合った人事業務は、欧米のフラットな経営組織や業務スキルに対応した給与体系とはずいぶん違っていました。海外から参入したERPパッケージの最も苦手とする業務もこの人事及び給与システムでした。日本的経営という日本特有の制度的部分の大きな領域をこの人事制度システムと給与計算システムが占めていました。

 まず、人事制度ですが各企業ごとに職位、職能が違い権限や連動する給与体系も違います。各企業ごとの人事・給与体系があるわけです。この各企業ごとに異なる人事業務と人事体系に密接に関係する給与業務にERPはここ数年でかなり対応するようになりました。やっと日本的経営に対応できるようになってきたERPですが、こんどは年功序列の崩壊と終身雇用の見直しという状況に驚いていると思います。これほどもろく日本的経営が変質するとは誰も考えなかったはずです。人事業務もこれから大きく変わる必要が出てきました。
 では、人事部の機能はどう変わっていくのでしょうか。

  1. 大競争時代では、人材の育成よりも外部のスペシャリストをスカウトする能力が必要となり、社内の人材だけでなく必要な人材は社外からも登用するようになる。
  2. 人事評価は現場に権限委譲され、人材スキル教育、人材管理に徹するようになる。現場教育だけでなく、あらゆる教育の機会を社員に提供することが重要な仕事となる。
  3. 人事部門はキャリア・プランよりも生涯学習プランを優先するようになる。キャリアのレベルアップのための社外学習プランを制度として定着させるようになる。
 つまり、内部の人間とか外部の人間に関係なく必要な人材の確保は、今後最大の人事問題となるでしょう。外資系企業の参入の激化によって多くの有能な人材が外資系企業に今後スカウトされて行くでしょう。即戦力となりえる人材の流出は日本企業を弱体化させます。ビジネス・スキルによる評価を十分に考えた待遇も考えねばならないでしょう。また、社員の業務スキル向上のために、社外教育の充実は重要で社員教育の予算をこれまで以上に拡充することが求められるでしょう。特にビジネススクールでの再教育は重要です。

 私の知っている企業に社員教育に非常に熱心な企業があります。社員も優秀でいろいろな企業にスカウトされて、その企業から辞めて行く社員も多くいます。辞めて行く社員には頑張れよと励まし、いつでも帰ってこいと送り出すその企業は、業界に優秀な多くの人材を供給することで、業界に散らばった以前の社員達から多くの仕事がその企業に流れてきます。業界に貢献できる人材を数多く育て業界に送り出し、逆に業界から多くの仕事が供給される。人事の仕事とは人間を評価するのではなく、育てることに今後大きく移行すべきなのです。たとえ有能な人材が企業を辞めても業界に貢献したという意識は必要です。さらには、まったく他の企業で業務スキルを積んで働いた後また戻ってこいと言えない企業の人事制度はおかしいと思っています。各企業の個別最適行動が業界全体の最適化にはならないということを考えた時、人材の育成も業界全体から見た人材育成に各企業が貢献するという視点は重要なのです。これからは企業の活性化や業界全体の人材能力の向上に最も大きく関係するのが人事ということになるのかもしれません。

 ところで給与システムですが、これまでの日本企業を支えてきた「終身雇用制度」や「年功序列制度」は企業で働く社員の「給与体系」と密接に関係していました。特に源泉徴収制度は企業に税金徴収を肩代わりさせる制度で、様々な控除項目の計算が働く個人毎に違う税金計算を政府は企業に負担させて来ました。制度が固定であればいいのですが、毎年減税や控除項目、税率の変更があると数千人、数万人の一人一人の給与計算条件を変えなければいけません。今後2000年に向かって制度改革は続くものと考えた時に、税制に関連する改革で企業の給与システムの変更にどれだけの費用負担が発生するのか。現状、企業は人材評価の方法と連動した給与体系に興味があるみたいですが、そろそろ源泉徴収制度を考える時期が来ているのではないでしょうか?源泉徴収をやめれば個人申告になります。国民が税制を勉強し、パソコンを買い込み、表計算ソフトを国民全体が学ぶようになるでしょう。米国最大の利用ソフト・パッケージが個人税務申告ソフトであり、個人パソコンの普及率や表計算ソフトの利用度の高さは、各家庭に税務申告上パソコンが必需品である背景があります。国民のテクノロジー教育水準を上げるのに源泉徴収の廃止は、企業負担も軽くなり、国民の自己責任意識を上げるのにも十分に機能するでしょう。

 ERPパッケージやSCM、CTI、SFAといった企業情報システムパッケージに対して日本では少し誤解があります。つまりパッケージシステムは企業問題の解決の道具ではあっても回答ではないということです。ERPは、企業のあらゆる業務において最適化の道具のひとつですが最適化そのものではないわけです。パッケージベンダーは企業の使い易い様に様々な機能を追加してきますが、そのことで企業の置かれている状況の問題解決にはならない。21世紀の企業戦争は計画立案実行能力のある社員と決定責任を負う経営者との協力体制による企業間総力戦争であり、人間の戦いでありシステムの戦いではありません。ベンチマーキング、ベストプラクティスというようなどこかの企業のマネや成功事例を取り入れることで生き残れるほど甘くない戦争だと考えます。これからの大競争時代は強力なオリジナリティの戦いです。複雑系的に言えば完全自由競争の帰結は全滅か一人勝ちかで適正均衡はありえません。

 ERPに関して言えば、前回の会計制度と同様に日本的経営の崩壊とアメリカンスタンダード(アングロサクソンスタンダード)の導入で企業情報システムはジャパニーズローカルシステムからERPの経験済みのシステムへの移行が始まっています。ERPのベンダーには都合の良いことですし、企業側もそう望んでいるわけですから今後ERPやSCMの導入は増加すると思われます。しかし、それで日本企業が国際競争力を増し、現状の危機を乗り越えられるかというとそうとは限りません。現状日本社会の危機は制度やシステムの問題ではなく私には、人間の問題に思えます。実力主義・年俸制の導入など制度的改革の底に人間としてのあり方の問題が深くあるように思えます。

 実力主義を叫んだ20代の若い人々は会社のリストラで真っ先にノウハウがないと解雇されました。実力があると勘違いしている30代は今後新しい経営工学、金融工学、社会工学を学んだ若い人々に押しやられリストラの対象になって行くことでしょう。40代50代はリストラの対象になるかとすくみあがり、これまでの経験では対処できない現状に無力感を味わうでしょう。企業経営や市場変化のスピードは人間の学習能力をはるかに超えています。今後ビジネス経験のある人々の再教育や経験の少ない人々への配慮が日本社会の重要な課題となるでしょう。実力主義は評価の問題もありますが競争は熾烈です。年功序列時代は若い人が雇用市場で年配の人間と競争することはそれほどなかった。職位レベル別競争はまだ若い人が生き残る機会がありました。これからはビジネス経験3年や5年がキャリア10年、15年の人間と競争しなければならなくなります。実力主義を叫んだ若い人々は経験が浅いことで自らの首を絞める結果を生み出しつつあり、年功制時代以上に会社から早期にリストラされる状況を作り出しました。今後大競争時代を生き残る人間の理想像が、英語や日本語以外にもう一ヶ国語が堪能なトリリンガルで、経営工学、生産工学、金融工学、社会工学、高等数学、ソフトウェア工学などを駆使できるビジネスプロセスモデルや戦略モデルの構築能力のあるビジネス経験も豊富な人間であることを想定した時に、何人の人間が生き残れるのでしょうか?競争相手は日本人ばかりではありません。今後多くの外国人が日本に来てビジネスすることになります。競争に負けた人間の受け皿は現状日本には整備されていません。競争の熾烈さは日本が目指しているアメリカを見れば分かります。発行されている株式の80%は人口の10%の富裕層が握っており、人口の1%が全体の42%の富を所有しています。人口の1%が下位80%の人間の2倍の富を握っています。ビックバンは富裕層をさらに裕福にし、多くの労働者の賃金を引き下げました。この富裕層は米国全警察官と同数の警備員に守られ安全な生活をし、犯罪率の上昇とは関係ないところで生きています。日本人は何を見て実力主義などと言っているのでしょうか?企業がなりふりかまわないリストラを今後も継続するようであれば、来るべき状況は、企業情報の不正流出、データ改ざん、さらには企業への嫌がらせ、中傷、具体的攻撃も考えられます。現実にリストラ宣告されたOLが会社のデータをすべて消去して辞めてしまった事件があるくらいです。米国での職場内暴力は職場の緊張をよく表現しています。1995年のデータでは、1000人以上が殺され100万人が襲われ、嫌がらせ被害は2000万件を越えます。企業は来るべき従業員からのしっぺ返しを考えてはいません。企業は従業員との関係を一方的に切り捨てています。企業が従業員からの防衛のために、セキュリティ対応にリストラ以上のコストを必要とする時代はそう遠くないのかもしれません。

 1999年米国の新しい人事トレンドは「リテインメント」(雇用の維持)です。つまり「社員をコストと考えるのは誤りである」という考え方から「終身雇用制」の採用をする米国企業の動きが始まったのです。「社員はコストではなく財産である」という動きに今後日本企業は2000年に向かってどう動くのでしょうか?日本企業がリストラを進めて企業の一体感が失われる中、外資系企業が有能な人材の受け皿として日本に登場しました。今後信頼できない日本企業を見限って、多くの有能な人間が外資系企業に流入しています。外資系企業は最も良い時期に日本の有能な人材を比較的楽に手に入れました。そして「リテインメント」です。今更日本企業が「リテインメント」といってもどれだけの人材が日本企業に戻るのか疑問です。「思想なき日本」の印象は私だけの思いでしょうか?

 

中嶋 隆

(入稿:1999.01)

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