トレンド情報-シリーズ[1999年]

[経営とIT]
[第5回]野中郁次郎とナレッジマネジメント

(1999.11)


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 今回は野中郁次郎のナレッジマネジメントですが、本題に入る前にいつものとおり気になることをまずレポートしておきます。前回と緊急トレンド・レポートでも取り上げたビジネス・モデル特許研究会ですが、その後多くのご支援、提携などのお話を頂きお礼を申し上げます。日本経済新聞でもビジネス・モデル特許で10/10に再度2面にわたり取り上げられました。10/30の日本経済新聞には東芝がパソコンフロッピーディスクの駆動半導体プログラムの不具合で米国で裁判となり、千百億円の和解金を支払う記事が掲載されました。もし裁判に負ければ、賠償責任は八十八億ドル(約1兆円)の危険性があり一回の訴訟で企業生命をかけることはできないと和解を選択しました。企業訴訟はこれからは米国の強力な戦略と考えるべきです。ビジネス・モデル特許は日本でこれほど急に認められるとは誰も考えていませんでした。通産省はすでに弁理士の増員と特許流通のための「特許流通アドバイザー」の制度を2年後にはスタートさせる予定です。(日本経済新聞11/2)制度的対応も急に進み始めました。多くのビジネス・モデル特許はすでに米国企業を始めとする多くの海外企業がすでに申請済みの危険性が出てきました。また、特許として登録済みのものには、多くの企業が特許侵害(ショッピング・カート特許など)として訴えられる危険性のあるものもあります。ここで大きな問題があります。訴訟を起こされる場合、日本とは限らないということです。米国企業に米国で訴訟を起こされれば、裁判は米国で行われます。ある日いきなり訴訟状が送られてきて、米国での裁判に出廷しなければならない事態は夢物語ではありません。TVでよく見る米国での裁判の当事者にいきなりなってしまう事態に自信を持って対処できるという企業が日本にどれだけあるのでしょうか?もし、出廷できなかったり、十分な対応ができなければ損害賠償は確定してしまいます。日経コンピュータの11.8号に米国ネット・ビジネスでの訴訟が動き出したと取り上げられました。マイクロソフトとプライスラインの訴訟は10月13日に提訴され、アマゾン・ドット・コムとバーンズ・アンドノーブルの訴訟が10月21日に同じく提訴されました。この裁判の状況の結果しだいで、訴訟の火種は日本に飛び火することは間違いありません。これまで考えもしなかった事態が目の前まで迫ろうとしています。

 日本企業はこでまでよい製品を作ることに一生懸命でした。しかし価値創造のプロセスはよい製品を作るばかりでなく、“いかに顧客まで届けるかの全体のプロセス”が重要であり、よい製品を作るために逆に顧客からの情報(市場顧客の変化)をいかに製品開発に反映させるかというサイクルの中で実現されなければなりません。時間軸の変化が緩やかであれば対応できることも、時間軸の変化が急激な現代では、ビジネス・プロセスの把握や変更、改善が全社的な共有情報として機能しなければいけません。人間の情報処理能力を超えたビジネス対応が必要になりました。経営学において、組織は個人の能力の限界を超えるシステムとして考えられてきましたが、現在はテクノロジー(コンピューター)が組織能力の限界を超える方法として登場しました。経営においてITが重要であるのは人間の集団である組織の限界を超える必要性が出てきたためでした。時間軸の変化のスピードが速まれば、人間個人や集団の能力だけでは対処できないのです。当然、企業における事業の永続性などはありえなくなりました。企業における事業の定義は頻繁に更新され日々新しい事業が登場します。業種・業態を超えて企業が活動し、急激なスピードで事業形態を変化させて行くのが現代の企業の姿です。ドラッカーが言うように事業の定義を重要に考え、事業の定義を持っている企業なんて日本にどれだけあるのでしょうか?自らの姿さえ説明できない企業ばかりではないでしょうか?正確に企業モデルを構築し、事業の定義を全社的共有情報として管理している企業がどれだけあるでしょうか?企業が何のために存在するのか?評価基準として何を価値ある成果として考えるのか?事業遂行のために他と比べて何が優れていなければならないのか?企業に働く社員や経営者がもう一度考える必要があります。自分の働く企業にそのような事業の定義や企業モデル、事業モデルが存在するか?日本のほとんどの企業が企業モデルや事業モデルなどのモデリング手法を研究もしていないし、使おうとさえ考えていない。日本企業が今問題なのは変化に対応できないのではなく、対応の時間的感覚が従来の時間軸である点です。スピードが価値を生む時代に、相変わらず人間の能力(経験や勘など)で変化に対応しようとしている。理論的でも数学的でもなく分析的でさえありえない思い込みと過去の経験で変化に対応しようとしています。今回のテーマであるナレッジマネジメントは、まさに企業における事業継続のための知識体系であり、これまで日本企業が無駄と考えてきたビジネス・プロセスとプロセス遂行のためのすべての記述文書の体系です。思いつきや部分的な改善案なんてものではなく、企業の組織に所属するすべての社員の共有財産としての企業における定義集を管理することが、企業におけるナレッジマネジメントの目的だと思っています。定義できないことが多すぎたり、定義できなかったり、定義された以外のプロセスが多く存在することは、その企業にはルールが無いと言うことです。ルールの無い組織、ルールのない企業を企業とは呼べません。日本では企業でない企業が多く存在するのかも知れません。ルールのない企業は社員や社会に対して何をするか分かりません。最近多くの問題を生み出した汚職企業、談合企業、原発企業など、そんな企業は社員のためにも社会のためにも存在してはならない。日本企業のナレッジマネジメントは、まず社員に対して社会に対して、企業が何のために存在するのか定義し説明できなければ始まらない。どのような評価基準で企業における成果を価値と考えるか?売上や業績という単純な評価基準では社内不正、汚職、事故はなくならない。
 今後、企業の定義はモデル手法で正確に定義されモデリングされて、全社的共有認識を形成しなければなりません。ビジネスモデル特許の訴訟法廷で、事業組織のプロセスを説明定義する文書が存在しなかったり、社員が自らの組織プロセスを明確に説明できないなどということがあれば、また社員ごとに言うことがバラバラであれば、訴訟の対応以前の問題でもはや訴訟に勝つことはおぼつかない。ルールの無い企業に特許を守る認識があるとは到底思えないと断罪されるでしょう。  これまで成功してきた多くの日本企業が現在リストラ、合併の嵐の中にあります。成功神話と経験と勘で経営してきた多くの経営者も多大な責任とともに企業を去ることとなるでしょう。既存企業は失うものがあるために冒険ができません。これからのベンチャー企業には得るものばかりで、失うものはありません。これまでどおり、ベンチャー企業の成功を真似して大企業が参入するにも、ビジネス・モデル特許のために参入を阻止されることも出てきます。リスクを負いフロンティアを開拓するベンチャー企業はしかるべき成果を受け取れなかった時代はもう過去のものになりつつあります。日本の大企業は日本市場で何とか生き残ろうとするのではなく、世界に向かって挑戦し、失うものはないというチャレンジ精神、世界制覇を狙う野心と自信を持って再生してほしいものです。

   さて、本題の野中郁次郎のナレッジマネジメントのお話をしたいと思います。
 野中郁次郎と言えば、暗黙知と形式知による概念を経営学に導入し、ナレッジマネジメントを提唱していますが、もともと暗黙知と形式知の概念は物理学者であり、哲学者でもあるM・ポランニーにさかのぼります。暗黙知(Tacit Knowledge)は人間の脳のどこかに埋め込まれていて簡単に表現できない知のことです。形式知(Explicit Knowledge)は簡単にコード化できる知のことです。
 知識とは、個人や組織の間の社会的な相互作用の中で創造されるダイナミックなもので、知識には特定の時間や場所といったコンテクスト依存的な性質があります。情報は、コンテクストを与えられ、コミットメントや信念と結びついて初めて知識となると野中教授は言っています。
 これまでの組織論はハーバード・サイモンを代表とする人間を情報処理システムとして見ているとし、組織は個人の情報処理能力の限界を克服する手段であり、そのために階層構造や分業体制を作り専門化するという理論であったと野中教授は言っています。さらに野中教授が注目したのは従来の組織論ではなく、「自己を超越するプロセス」としての組織論をありました。組織は単に人間を管理する手段ではなく、個人が自己成長を達成するための、自己超越の場であるというわけです。人間の情報処理能力の限界を克服するための組織論では知が生み出すイノベーションは説明できない。知の創造プロセスを通じて新しい組織論を野中教授は創ろうとしました。知の創造プロセスを通じて新しい組織論を野中教授は目指しました。
 野中教授のいう知の創造は「共同化」(Socialization)「表出化」(Externallization)「連結化」(Combination)「内面化」(Internalization)という4つのプロセスによって生成されます。
 まず、「共同化」は暗黙知から暗黙知を創ることに始まります。経験を共有することによる個人の暗黙知から暗黙知を獲得することです。「表出化」は暗黙知から形式知を創ることです。限られた範囲の人々の間でしか共有できない暗黙知を第三者にも分かるように言葉に変換していき、暗黙知を明確なコンセプトとして表現するプロセスです。第3のプロセスは「連結化」です。「連結化」は「表出化」のプロセスによってグループレベルの集団知となった形式知を連結して、組織レベルの形式知に変換するプロセスのことです。最後のプロセスが「内面化」です。「内面化」は形式知を真に身についた個人のノウハウにまで高めるために、形式知を個人の暗黙知に「内面化」させるプロセスです。
 これら4つの変換プロセスで個人が持つ暗黙知は集団や組織に共有・正当化され、「知の結晶化」が起こり暗黙知が拡大していく。これを表わしたのがSECIモデルであり、知識スパイラルの自己超越モデルです。

 野中教授はさらに知の創造プロセスは「場」が必要だともいっています。つまり内面化された意味情報が知識となるには、組織的に知識が共有・創造されるための、共有された文脈(Shared Context)としての「場」が必要だというのです。知の創造プロセスには個人と個人との関係、個人と環境との関係、つまり文脈としての「場」が必要です。
 野中教授は知の創造プロセスを「場」と対応させて「共同化」の場は「創出場」、「表出化」の場は「対話場」、「連結化」の場は「システム場」、「内面化」の場は「実践場」と説明しています。野中教授は知の創造プロセスを説明するだけでなく、プロセスが進行する環境である「場」についても説明しているのです。

 野中教授は知の創造プロセスを「暗黙知」と「形式知」というキーワードで説明しました。目指したことは、「自己を超越するプロセス」としての組織論でした。知の創造プロセスは暗黙知の共同化より始まります。組織における個人の暗黙知は組織の中での創造プロセスのスパイラル過程でほんとうに創造され続けるのでしょうか?組織における個人の暗黙知は組織内に限らず時代の進歩に対応した組織の中での個人の学びがなければ、永遠に時代遅れの創造プロセスを繰り返しはしないでしょうか?組織における個人は、知の創造を繰り返していくだけの豊かな情報や知識を本当に得ているのでしょうか?組織が素晴らしい才能の個人の集団であることが、この知の創造プロセスの前提になってはいないでしょうか?欧米企業は、知の創造プロセスを個人の人生の選択を重視した組織における自己教育に置いていると考えます。Dun&Bradstreetは180年を超す社歴があります。マーケティング情報のニールセン、格付けのムーディーズ、企業戦略情報のガートナー、医療情報のIMSなど多くの企業を生み出してきました。ダンそれ自体は世界的な企業財務情報のダンレポートを供給する会社です。ダンは社員の教育に一人あたり明確な教育予算があります。望む人間は自己投資としての教育費を支給され、会社に貢献するしないにかかわらず仕事をしながら勉強できます。ダンの企業調査員から勉強してリンカーン大統領やグラント大統領など5人の大統領と多くの政治家、財界人をDun&Bradstreetは育ててきました。企業における組織知などと言うものではなく民族知、人類知の創造です。野中教授の知の創造プロセスは上手く利用すれば有効でしょう。ただ、日本における企業教育の環境は、民族知や人類知どころか組織知さえ生み出せない。組織の中で無限に学んで行くという覚悟で人生を生きている個人がどれほどいるのか?人生を豊かにして行くための野心と努力を無限に積み重ね、日本一、世界一の地位に挑戦するという個人が日本企業にどれだけいるというのか?企業は野心が無く、生き残れればいいと考え、個人は楽をして人生をおくりたいと考える。資本主義社会でありながら、競争を抑制し努力を十分に評価しなかった日本企業は自らの競争精神さえ失ってしまいました。野中教授の知識創造企業は個人の知の創造プロセスを確立できなければ、組織知などと言うものは生み出せはしないでしょう。ナレッジマネジメントと多くの企業は言いますが、ナレッジの源泉たる組織における個人のありようは悲惨です。ナレッジマネジメントをいう企業の方々にもう一度言いたいことがあります。あなたは企業組織に有効なナレッジを持っていますか?継続してそんなナレッジを生み出し続けるための努力をしていますか?そして有効なナレッジを形式知とできる仕組みや風土、評価基準がありますか?知識創造は、組織における知の創造プロセスだけでは不可能なのです。知の創造は、個人の豊かな学びの中でしか生まれません。企業において仕事を一生懸命すればいいとは考えていませんか?仕事を一生懸命することはあたりまえで、さらにどんな努力をしているかです。もう一度質問します。あなたの企業に、ある分野で日本一、世界一を目指す人材がどれだけいますか?それこそがナレッジマネジメントの始まりです。

中嶋 隆

(入稿:1999.11)

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