トレンド情報-シリーズ[1999年]

[メガコンペティションは今?]
[第20回]C&W(ケーブル・アンド・ワイヤレス)の将来

(1999.3)

 NTT再編成を前にC&WのIDC(国際デジタル通信)買収計画が日本の通信業界を騒がせている。インターネット・通信自由化・移動通信の3大要因が世界の通信地図を塗り替える間、C&Wはグローバル提携の相手を求めて果たせず、いま経営戦略の岐路に立たされている。2月22日に就任した新CEOが近く発表する体制は、恐らくグローバル通信網事業中心の組織となろう。

●日本の通信業界から見たC&W
 NTTは7月1日に実施する「日本電信電話(持株会社)」「NTTコミュニケーションズ」「東日本電信電話」「西日本電信電話」への分割・再編に向け、99年1月25日に4移行本部を発足し、2月16日に再編計画素案を公表した。持株会社・東日本会社・西日本会社・長距離国際会社と冠する移行本部の体制は98年11月20日に発表されているが、長距離国際会社の社名が「NTTコミュニケーションズ」に固まり、売上高1兆3,500億円、従業員数6,500人、傘下に子会社「NTT国際ネットワーク」「NTT国際通信」「NTTアメリカ」「NTTインターナショナル」「NTTワールドエンジニアリングマリン(NTTWE)」「NTTサテライトコミュニケーションズ」を抱える大会社の姿が現れたのは2月である。

 システムインテグレーションの「NTTデータ」、通信サービスの「NTTコミュニケーションズ」「NTT東日本」「NTT西日本」「NTTドコモ」、基盤的サービスの「NTTファシリティーズ」「NTTコミュニケーションウェア」「NTTテレコムエンジニアリング」、研究開発の「サイバーコミュニケーション総合研究所」「情報流通基盤総合研究所」「先端技術総合研究所」などから成る新NTTグループも巨大だが、NTTコミュニケーションズもDDI、KDD、日本テレコムと比べるとかなり巨大である。今や分割・再編の焦点はNTTコミュニケーションズがAT&TやBTとのグローバルな競争に勝ち残るための戦略づくりに変わりつつある。

 と言っても、従来NTT本体による国際通信が禁止されてきたし、先行する国際子会社も日が浅いので、巨大なNTTコミュニケーションズもあまり実態がない。そこで当面の課題はいかにして国際通信設備を確保するかであり、NTTは、例えば98年6月にNTT国際通信とIDCの提携を発表するなど、手を打ってきた。

 一方、IDCは設立時にNTTの技術支援を受けた関係もあり、これまで日本テレコムのITJ(日本国際通信)吸収合併、KDDとTWJ(日本高速通信)の合併などを横目に、最終的にNTTと合併をする構想を温めてきた。通信業界では、IDCの買収金額は約600億円で100対地以上の直通回線を得る費用としては安いものとされてきた。98年末にはC&W、トヨタ自動車、伊藤忠商事のIDC筆頭株主3社の間でNTTから要請があれば株式を譲渡する基本合意が出来たと言われる。NTT宮津社長は99年2月17日の定例記者会見で「IDCとは資本面まで含めた交渉を進めている」と認めた 。

 ところが、C&Wはその前日にロッド・オルセンCEO代行がIDCの一主要株主に「C&WとしてはIDC株を手放す気はない、日本を含むアジアは当社の国際戦略上、最も重要な地域だからだ」と述べたと言われ 、3月11日までにトヨタ、伊藤忠および第4位株主の米エアタッチに各社が保有するIDC株を買い取りたいと申し入れたと言う(日本経済新聞99.3.12.)。業界では、当初はNTTへのIDC株売却価格の釣り上げ策との見方もあったが、買い増しにより3社合計で52.4%、エアタッチ分も加えると&62.8%でC&Wが経営権を握ることが分かると、「真意つかめずIDC漂流」との報道になり(日経産業新聞99.3.18.)、「英C&WのIDC買収計画が始動、合併に消極的なNTTには朗報?」とのタイトルで、「打診はあったが詳しい買い取り条件の提示がまだないので検討のしようがない、正式提案を待っている」「今後データ通信が主流になるなかで国際電話事業主体のIDCと合併するメリットは少ない」と言った話になった(日経ニューメディア99.3.22.)。

 そして「通信大連合、アジアに波及」との見出しでBTとAT&Tが日本テレコムへ資本参加する見通しが明らかになった(日本経済新聞99.3.20)後、「C&Wは3月23日までに1株当たり10万円前後と額面金額のほぼ2倍を提示した模様。約700人の全従業員の雇用維持も明言した。・・・IDCはNTTに対しても、今月末までに株式取得金額などの条件提示を求めている。」と報じられた(日本経済新聞99.3.24.)。日本の通信業界では「BT・AT&T連合の相手が決まったことで、ドミノ倒しのように他の提携も決まる」との見方が強く、IDCをめぐるC&WとNTTの競り合いが注目されている。メガコンペティション時代を迎え、IDCは自社が存在感のある企業として生き残ることを基本戦略としてきたが、その株式買い増し攻勢によって日本の通信業界におけるC&Wの存在感を高めたのである。

●メガコンペティション時代とC&Wの選択
 従来C&Wのアジア太平洋地域戦略の焦点は中国であった。香港返還を控えてHKT(香港テレコム)の株式5.5%を中国電信(チャイナテレコム)に譲ったのも本土進出の手がかりを得るためだった(本シリーズ第2回「C&W中国戦略の行方」参照)。しかしCTHK(チャイナテレコム香港)上場時の民間株式引受団にいれてもらえず、中国がC&Wの本土進出意図を遮ったため、C&Wはテレコム・イタリアとの広汎な国際提携の合意(98年4月)など効率的世界事業経営に転換し、香港への依存度引き下げを指向した(本シリーズ第11回「アジアにおける通信インフラ構築の競争と協力」参照)。

 BTとの提携が実らなかったC&WとAT&Tとの提携に失敗したテレコム・イタリアとの「残り者の連帯」ではあるものの、C&WはAT&T-BT連合、DT/FT/スプリントのグローバル・ワン、MCI WorldComに次ぐメガキャリアー提携を目指した。だが政争からテレコム・イタリアの経営不在が永く続き提携の具体化が進まないため、98年11月にこれも断念して経営戦略を練り直すこととなった。

 ところで、C&Wを取り巻く環境変化は著しい。97年から98年にかけて世界の通信地図を塗り替えた主要な要因は、インターネット・通信自由化・移動通信の三つとされる。インターネットの急速な拡大により、水が低いところに流れるように IPトラフィックが混雑しないルートを瞬間瞬間選んで流れ、世界の通信経済学が変わり始めた。WTOの枠組みによる通信自由化と競争の環境下、より自由でより収益性の高い国・地域を求めて通信事業者や資本が移動するようになった。携帯電話の急速な普及は、場所についての人間感覚を変え、固定していたオフィスや住居をどこに置きどこに寝ても良いような、パーソナルな移動性の展望を生み出した。重要なことは、インターネット/競争/移動無線サービスがもたらす変化のプロセスが不均等で、新事態に傾斜したところ、旧態依然たるところ、まちまちなことである。

 世界がボーダーレスになり物理的地理学が薄れてくると、国に代わってブランドが価値を持つようになり、ブランドが競争の決めてになる。「ナイキ、フォード、コカコ-ラ、レブロンと良く知られたブランドを思い浮かべると、消費者にとってブランドこそ国であり、アイデンティティ、セキュリティ、ステイタス、そして成功への道をもたらす。・・・ニューヨーク大出版部刊行の『世界的ブランド』によると、世界の有名100ブランドに含まれる電話会社はAT&Tだけで、しかもマイクロソフト9位、IBM10位に対しAT&T55位と低い」と言う(cfTelegeography'99 p15)。しかし、世界の良く知られたテレコム・ブランドを考えたとき、AT&T、BT、NTTなどには及ばないものの、C&Wも一応リストアップされそうである。  今金融や自動車の分野で大統合が進行しているが、やがて来る音声・データ・映像の統合IPネットワーク時代には、通信分野でもスケールと品揃えを誇るグローバル・プレーヤーは世界中で数社に止まるであろう。したがって現通信企業は、あくまで総合通信事業を目指すのか、サービスに他の追随を許さない特徴を持ったニッチ・プレーヤーに特化するのか、選択を迫られる。

 このところの報道によれば 、C&Wはグループのすべての子会社(約40社)と提携先の国際網を運営する新しいグローバル事業会社の設立を計画しているようで、グローバル通信のニッチ・プレーヤーを目指すユニークな構想と言える。現行の地域別営業体制を改め、単一企業・単一経営・単一の業務体制でグローバル網と国際設備を扱うとして、HKTを始め対象の国際通信企業の少数株主(C&W関連企業以外)と交渉を進め、98年内にも正式決定するとしてきた。しかし、検討をリードしてきたのはリチャード・ブラウンCEOで、98年12月にブラウンがEDS社長に選ばれてからはロッド・オルセンCEO代行が9年3月末引退までの間推進するとしたが、非常勤取締役がラルフ・ロビンス会長の下に結集し、投資銀行INSベアリングスに依頼してC&Wの構成事業を評価し、BA、BT、DTなどにバラ売りする計画が明るみに出た(本シリーズ第18回「ヨーロッパ電気通信の近況」参照)。このややお家騒動めいた動きは、2月22日にグラハム・ウォーレスCWC CEOがC&W CEOに就任し、グローバル網の展開がC&W戦略の核であるとして、具体的な合併/分割計画には触れないもののC&W解体の業界筋予想を退けたため、止まった 。投資銀行による評価の一つの収穫は、C&Wの時価総額が約255億ドルであるのに対し、グループ会社全体の株式・資産・収益性の評価は約380億ドルに達したことであった。

●C&Wの現状と将来について考える
 98年3月期決算でみたC&Wグループの業績は表1、表2、表3のとおりである。

表1 C&Wグループの業績(単位 百万ポンド)

項目/年次98年3月期97年3月期96年3月期
総収入8,3027,0026,196
売上高7,0016,0505,517
営業利益1,4011,5381,315
税引前利益2,8141,4181,216

表2 C&Wグループの事業別営業収益(単位 百万ポンド)

項目/年次98年3月期97年3月期96年3月期
公衆電気通信   
国際サービス2,9962,8042,560
国内サービス1,8621,5531,412
CATV/MM203  
その他サービス1,3651,165986
その他事業   
機器販売等241240307
ケーブル船等314288222
営業収益合計7,0016,0505,517

表3 C&Wグループ地域別業績(単位 百万ポンド)

 地域別売上高(構成比%)地域別運営利益(構成比%)
地域/年次98年3月期97年3月期96年3月期98年3月期97年3月期96年3月期
香港2,758(38.8)2,665(43.6)2,422(43.5)894(63.8)1,007(65.5)920(70.2)
その他のアジア162(2.3)118(1.9)106(1.9)14(1.0)10(0.7)11(0.8)
英国2246(31.6)1,718(28.1)1,698(30.5)238(17.0)317(20.6)183(14.0)
その他の欧州49(0.7)59(1.0)50(0.9)-15(38)(2.5)35(2.7)
カリブ海諸国809(11.4)603(9.9)548(9.8)278(19.8)194(12.6)179(13.7)
北米708(10.0)621(10.2)477(8.6)-44(41)(2.7)41(3.1)
その他の海外366(5.2)327(5.4)273(4.9)36(2.6)7(0.5)2(0.2)
グループ合計"7,098(100)6,111(100)5,574(100)1,401(100)1,538(100)1,311(100)

 これらの表には示されてないが、98年3月末現在の事業関連キャシュフローは、2,701百万ポンド、約45億ドルであった。C&Wは、表2に見るとおり、国際電気通信サービス中心の企業であり、CATVやマルチメディアサービスはまだ取るに足らない。その上記改革は、これまで香港、英国、カリブ海・北米の3大拠点による連邦経営で来たのを、伸びはじめた米州にMCIから取得したインターネット事業を加えて高度成長を図り、伸び悩む英国の電気通信サービスを汎欧州高速伝送網で補い、低下しつつある香港事業を日本市場本格進出で補おうとするものに見える。グローバル・ニッチ・プレーヤーなる存在があり得るのかは、今後の展開に待たなければならないが、テレコム・イタリアとの提携に金を使う必要がない以上、C&WはNTTとの提携を望むことなあり得ても、IDCをNTTに譲る立場でなかったことは確かである。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1999.3)

このページの最初へ


トップページ
(http://www.icr.co.jp/newsletter/)
トレンド情報-シリーズ[1999年]