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ICR View
2009年5月掲載

ICT産業に見られる米中の覇権主義的行動

 4月25日の日本経済新聞朝刊3面に象徴的な記事が2つ並んで掲載されていましたので、御記憶の方も多いと思います。「中国、ソフト設計図に固執」と「グーグル図書館に困惑」との見出しが左右に並んで掲載されていました。実に興味深い。内容については後述しますが、中国と米国における覇権主義的行動に関する記事が同日同じページに並んで載ったことでより一層、両国の姿勢が浮き出ています。

 中国のソフト設計図に関する前述の記事は「中国政府は5月までにIT(情報技術)セキュリティ製品の技術情報をメーカーに強制開示させる制度の詳細を公開する」と伝えています(注1)。中国独自の認証制度である強制製品認証制度(CCC認証)に基づく措置と言うことです。その趣旨は人の健康や安全、環境などについて製品の安全性を強制的に確認しようとするもので、中国の試験機関で認証を受けることが中国国内販売での条件となっています。

(注1)その後、実施時期を1年延期して来年5月からとすると4月29日に発表がありました

 これは、確かに大義名分のあることですが、中国当局の本音はソースコードの開示を求めることではないかとの懸念が浮上しているとのことです。IT製品ではこの種ノウハウこそ競争力の本質であるだけに日米欧企業が強みを持つ分野に対して中国側の国内需要(購買力)を背景として自分独自の考え方や取り扱い、方式を世界に押し付ける、いわゆる覇権主義的行動の可能性が指摘されています。

 一方、米国に関する内容は、グーグルによる絶版本などのデータベース化において著作権の扱いが本国の米国以外の世界中に及ぶことを報じたものです。著作権の国際条約であるベルヌ条約に基づく書籍著作権の扱いと米国の集団訴訟制度(クラス・アクション)の組み合わせで世界各国の作家達の著作権が影響を受けるということです。日本の作家や出版者にはいくつかの対抗選択肢がありますが、そもそもの問題は他国のサーバー上で著作物が勝手に公開されることであり、それが他国の人達の訴訟結果に拠って左右されてしまうということです。もちろん、グーグル社の事業姿勢には、古書や絶版本をディジタル化して多くの人に閲覧できるようにすることによって、再度文化的価値を復活させよう、また利用者の利便性を向上させようという“善意”に基づくものと一応言えなくもありません。ただし、問題はそこにあります。つまり、善意の他人への押し付けなのです。日本でも、4月には著作権者・著作権継承者・著作権管理者の皆様へ、と題する書類が出版者から発送されていました。当研究所にも該当する研究員がおり期限である5月5日までに選択せざるを得ない立場となりました(注2)。困ったことです。

(注2)4月28日になって期限を4ヵ月延長して9月4日とする決定がされています。

 一見すると当事者の意思表示が可能であり米国政府それ自体でなく一私企業の行動なので、民事的事案の域を出ないのですが、よく考えてみると他国のサーバー上での扱いで条件が他人から設定されてしまうことの是非、国をまたがる場合の著作権の扱いについて国際的に議論する場と機会が整備されていないこと、などの問題があります。善意から始まっていても、逆に他国の文化や市場に悪影響があるかも知れません。相当複雑なエコシステムが組み上がっているだけに、国際的な、国家間はもちろん、さらには権利者と利用者を含めた議論を尽くす必要があると思います。米国流の善意の押し付け、グーグル流の革新が覇権主義につながらないという保証はありません。

 米中を発端とするIT化・ディジタル化の進展を巡る2つの案件は、グローバル化が進む分野では、一国の突出した姿勢や取り決めが世界から見ると覇権主義的行動と取られる可能性があることを示す事例と言えます。この種の事案をグローバルスタンダードに合致させていくために国際的機関で議論を重ねると同時に、当事者間に異論がある場合に紛争を解決する国際的な調停機関の設置を検討すべきでしょう(注3)

(注3)前述の中国の措置に関してはWTOに提訴する選択肢があると報道されています。

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