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ICR View
2010年5月17日掲載

国民読書年と電子図書館

マーケティング・ソリューション研究グループ
グループリーダー 清水 博
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 2008年6月の衆参両院全会一致による「国民読書年に関する決議案」で今年2010年は国民読書年となっている。2007年10月に設立された財団法人文字・活字文化推進機構(会長 福原義春 資生堂名誉会長、副会長 阿刀田高 日本ペンクラブ会長・作家)が2008年11月に国民読書年推進会議(座長 安藤忠雄 東京大学名誉教授・建築家)を発足させて、今年に入って「国民読書年宣言の集い(1月)」や「国民読書年フォーラム(2月、4月)」などの記念事業を展開しているが、あまり認知されていないように思う。


 そもそも国レベルで読書活動が議論の対象となったのは、OECDが2000年に実施したPISA読解力調査で「楽しむための読書をしない」と分析された15歳の割合がOECD加盟国中で日本がもっとも高く唯一50%超だったことに端を発する。その後2001年12月に「子供の読書活動の推進に関する法律」が公布施行され、翌2002年に制定された「子供の読書活動の推進に関する基本的な計画」に基づき、読書に親しむ機会の提供、図書資料などの整備・充実、関係機関・民間団体等の連携・協力、普及・啓発活動などが展開されてきた。さらに2008年3月には第二次「子供の読書活動の推進に関する基本的な計画」が制定され活動は継続したが、2009年の政権交代により内閣府の行政刷新会議ワーキンググループによる「事業仕分け」の検討の対象とされた。2001年度から独立行政法人国立青少年教育振興機構が中心となって、子供の読書活動を支援する団体への助成等を行うための「子供ゆめ基金」は、2010年度概算要求で21.43億円を計上したが、「霞ヶ関の思い込みによる無駄な取り組み」、「国は基本的方針(グランドデザイン)を示す仕事だけでよく、国がわざわざ実施する必要はない」などの理由から廃止と評価され、積立金100億円が2010年度予算で国庫に返納された。あわせて2007年度から年間約1.5億円をかけてきた文部科学省の「子どもの読書応援プロジェクト」も3年で事業が廃止された。2001年の「子供の読書活動の推進に関する法律」は、子供の健やかな成長に資すること、人生をより深く生きる力を身に付けることを目的として制定されており、高邁な理想である一方抽象的でもあり、2001年には読書は楽しむためとされていたものが、2008年には国語力、読解力を高める手段と変化するなど推進すべき読書活動の目的自体が定まっていないことと、財源の確保についても国と地方と民間との役割分担が明確でないことなどが、「事業の趣旨は否定しない」ものの「仕分け」られた要因と考えられる。子供の読書活動の推進は結局学校図書館への図書資料の配備を中心に続けられており、読まれない図書が学校の限られた場所を占拠していくことになれば憂慮すべき事態となる。


 しかし一方政府は、2005年7月には「文字・活字文化振興法」が制定され、国語を日本文化の基盤と位置づけ、文字・活字文化を振興するために、「子供の読書活動の推進」という課題を「学校教育における言語力の涵養に資する環境の整備充実」へと拡張し、学校図書館や公立図書館の図書館資料の充実や情報化の推進などの読書環境整備を進めるとの方向性を打ち出した。 また、2008年6月には「図書館法」が改正され、図書館が収集すべき図書館資料に、「電磁的記録(人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録)」が初めて含められることとなり、2010年4月11日から施行されたばかりである。 このほぼ同期間に米国ではグーグルが2004年から2005年にかけて世界中の図書館と連携し、主に著作権の切れた蔵書をスキャンして検索データベースに登録する作業を始めていた。これら無償で入手したデータベースを活用しグーグルブック検索サービスとして無償サービスとして提供していたが、集団訴訟を起こされたものの最近和解に至り、早ければ2010年6月下旬にも「グーグル・エディションズ」として電子書籍販売ビジネスに参入することを同社幹部が明らかにしている。これに対し日本では米国の一企業がビジネスベースですべての書籍のデジタルアーカイブ化を進めていることに強い危機感を抱き、書籍という人類の知的遺産を何百年という視野で保存し、後世に伝え、広く一般に、原則無償で提供することが使命である国立国会図書館では、日本人の知的財産を守り、英語全盛の現在の世界で、日本独自の文化を国際的に発信し世界に伝えることによって、ネット社会に日本語文化圏の領域を確保する活動に取り組み始めている。1948年創立の国立国会図書館では納本制度を通じて収集された約3600万点の国内出版物の網羅的コレクションのデジタルアーカイブ化に着手した。電子図書館コンテンツとして、「近代デジタルライブラリー」では、明治・大正期に出版された資料をスキャニングした画像を提供しており、公開範囲は著作権の保護期間が満了しているもの、または著作権者の許諾が得られた資料に限るが、文化的、歴史的価値は極めて高いとされ2010年05月14日現在で約15万6千冊が収録されている。この他に、歴史的な貴重書や錦絵の画像を公開する「貴重書画像データベース」、インターネット上の情報を文化遺産として保存する「WARP(インターネット情報選択的蓄積事業)」にもあわせて取り組んでいる。同じ漢字文化圏に属する日中韓3国の国立図書館連携の電子図書館プロジェクトも始動し、「中日韓デジタル図書館推進協議会(CJKDLI)」(仮称)を設立し、1〜2年以内に各館が電子化した書籍をインターネットで検索し読めるようにするサービスを目指す。日本の「近代デジタルライブラリー」、中国国家図書館が電子化した現代の中国語図書のほか甲骨文字の文献など72万点、韓国国立中央図書館がネットで公開している約21万点などが対象となる模様だ。また、同様のサービスとしては、欧州連合(EU)加盟国の図書館などが参加する「ヨーロピアーナ」(700万点以上)があるなど、世界的にも電子図書館化の流れは急速だ。


 最近話題沸騰の電子書籍端末についても、iPadが5月28日から日本でも売り出され、先行するキンドルも2010年末には日本語版の発売が噂されており、ビジネスベースでの電子書籍出版が本格的に始動しており、公立図書館でのデジタルアーカイブ化が進展することにより、グローバルレベルで読書スタイルが大きく変革していくことは間違いなさそうだ。電子書籍で使用されている電磁的記録が「人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録」である以上、半永久的に資料を保存することが使命である主要な公立図書館では紙の本を残す必要はあるだろうが、税金で紙の本を子供たちの身近に届けることなしに、ITリテラシーの高い子供や若者に対しての「読書活動の推進」は可能なのではないか。

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