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2010年7月7日掲載

ユニバーサルサービス政策と市場競争評価の2つの取り組みが必要

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 電気通信サービスがこの20年の間に、独占的な提供から競争的提供に変化してきたことは、各国において共通して見られる現象です。我が国でも電電公社が株式会社となり、一方で競争導入が図られて既に四半世紀、25年が経過しています。独占事業体の株式会社化(株式の民間売却の結果、民営化)と新規参入・競争導入とが政策的に各国ともほぼ同時に起ったことは大変に興味深いことですし、比較制度論という新しい研究分野から見ても重要な研究素材となっています。さらに、政策運営上この民営化プラス競争導入が新しい課題を私達に突き付けたこと、そして現在まで、まだ十分に議論が尽くされておらず各国共通の認識とまでになっていないこと、に注意すべきでしょう。

 即ち、ユニバーサルサービス政策と市場競争評価の2点がそれです。電気通信サービスが独占であった時代はこの2点は政策的には当然過ぎて検討不要の存在と思われていました。つまり、ユニバーサルサービスを実現するために(多分に歴史的、結果的にですが)、独占事業体による提供が認められて来たと考えてよいでしょう。ユニバーサルサービスは市場の否定と大きく結びついた概念でした。しかし、新規参入・競争導入政策の結果、現実に競争が始まってみると、社会のすべての人達が通信ネットワークの最低限のアクセスを「あまねく、公平に」、「妥当な料金で」利用できるようにするというユニバーサルサービスの考え方と経済的な有利不利を条件として経営判断する市場競争とは相入れないものであるが故に、新しい政策課題として、ユニバーサルサービス政策と市場競争評価の両面的な取り組みが重視されるようになって来ました。特に、EU市場全体の競争化と均質化を目指すEUの取り組みは、加盟各国の規制当局とのやり取りを必要としているので政策立案・運営のプロセスやメカニズムにおいて大変参考になるものです。EU市場全体と各国市場の規制や構造からくる違いなどに注意を払う必要はありますが、いまだに日本では、NTTのあり方論に問題が集中してしまって十分な議論が進められていないユニバーサルサービス政策と市場競争評価について他国の経験・実績や検討状況をよく見ておく必要があると思います。

 特に、ユニバーサルサービス政策では、対象が固定電話だけでよいのか、ブロードバンドサービスを含めるのか、モバイルサービスはどうするのか、国家による援助はどうか、など成熟した固定電話サービスの時代が新しいサービスの時代に移ろうとしているだけに問題が複雑です。市場での競争が進められているだけに、イノベーションの観点から技術中立性の確保も必須の条件となるだけに単純ではありません。日本国内の論争に見られるような、NTTを対象とする議論だけでは答は出ませんので、事業の利害関係を超えた中立的な大局的な視点での研究を望むものです。

 また、市場競争評価では、EUのように競争評価の対象市場(サービス)を確定し、定期的に分析・評価をくり返して柔軟に市場支配力の指定や解除を行い、是正措置の取り得る範囲や手段・方法を設定しておく、など競争促進の政策的メカニズムが明確になっている事例は政策研究に相応しいものです。さらに、英、独、仏などEU主要各国の規制当局や政策立案当局の姿勢など参考になるケースも多いので、特定国の特定の政策を取り上げるのではなく、比較制度論的な考察が求められます。
また、ユニバーサルサービス政策と市場競争評価の取り組みにおいて、最近起こっている新しい事象が一層課題を難しいものにしていることに気付かれることでしょう。即ち、(1)市場構造のレイヤー型への移行と、(2)ネットワークのオーバーレイ構造への変化(コンバージェンス化)の2点が進展していることです。レイヤー型市場構造においては、コンテンツ/アプリケーション・レイヤーではオープン化が図られ、ネットワーク・レイヤーではオーバーレイ(コンバージェンス)化が進展し、端末/デバイス・レイヤーではコグニティブ化が導入される時代です。従来、ユニバーサルサービスとされて来た固定電話の音声サービスだけではもはや人々の最低限のアクセスとは言えなくなっていると思います。固定地点におけるアクセスであればモバイルサービスも含まれると解すべきでしょうし、ブロードバンドサービスを対象にして新たなイノベーションを広く享受できるようにしなければならないと思います。そのためにこそ、先ずしなければいけないことは、ユニバーサルサービス政策の見直し、本格的な再構築でしょう。ユニバーサルサービスと言うと、これまではどうしてもNTT(東・西)の赤字部門及び赤字地域対策上必要となるユニバーサルサービス・ファンドの議論に収れんしてしまい、より広い国家レベルの新しいサービスやイノベーションまで含めた検討が十分だった訳ではありません。

 一方、市場競争評価においても政策遂行メカニズムが機能していたとは言えず、市場当事者の利害調整的色合いが強く、また、競争評価体系が方法・体制や学問的考察などまで含めて十分に成熟している段階に至っていないのが実情です。従って、規制政策においては競争評価を参考としつつも、実際上の運用はNTT法やNTT分割時の行政指導など個別の事情に左右されるところがいまだに大きいと感じられます。

 ICT市場構造は、レイヤー型になりネットワークとサービスの分離が進んでいる現状を見ていると、これまでのユニバーサルサービス政策と市場競争評価の2大通信政策が時代に合わなくなっており、さらに、ネットワークがオーバーレイ化していくと市場確定すら難しくなって行くと思われます。今後の議論のポイントとしては、(1)レイヤー型構造を前提にしてネットワークよりむしろサービスに着目したユニバーサルサービス政策はどうあるべきなのか、市場競争評価も単独の独立したサービスだけではなく、(2)ネットワークのオーバーレイ化を前提にしてサービスが他の参加者にとって“レプリカブル”かどうか、など新しい視点が提起されます。

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