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2010年8月20日掲載

映画『ノルウェイの森』と電子書籍

法制度研究グループ
グループリーダー 小向 太郎
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 『ノルウェイの森』が映画化される。12月に公開予定だそうだ。原作は、累計1,000万部を超えるともいわれる超ベストセラーである。自分はそれほど熱心な村上春樹の読者ではないが、新刊が出ればだいたい読んでいる。『ノルウェイの森』も発売直後に買ったはずだ。映画化の話を聞いた家人が読みたいと言うので、書棚を探してみた。しかし、村上春樹の単行本は一冊も見つからなかった。置く場所に窮して人にあげたり処分したりしてしまったのだろう。そういえば、『1Q84』もBook3まで読んだが、既に手元にない。

 『ノルウェイの森』は、自分も読み返してみたくたくなったので、文庫版を購入して読んだ。20年ぶりぐらいに読むワタナベと直子は新鮮だった。『バベル』での熱演が印象的だった菊池凛子がどんな直子になるのかも楽しみだ。

 ところで、こんなふうに何度も買い直している小説が結構ある。これがデジタルデータだったら置く場所にも困らず、いつでも好きなときに読み直せるのにと思う。本業の研究に関する書籍は別として、楽しみのための本はとても全ては取っておけない。特に都市部では、本を保存しているスペースを確保するにはコストがかかる。よほどの資産家でなければ、読書好きで書籍の保存スペースに悩まない人はいない。自分の蔵書が、場所をとらずに、見たいときにすぐにアクセスできるデジタル情報に置き換わればというのは、読書家の夢であろう。読み返したくなるたびに買い直す必要もなくなるし、デジタル情報ならではの検索性や、情報が増えてもボリュームが増えないということには、あらがいがたい魅力がある。特に、事典・辞書・白書・年表といった参照用の図書は、電子書籍が主流になっていくはずである。既に我が国では電子辞書が巨大な市場を形成している。

 KindleやiPadの登場で、電子書籍が注目を集めている。「これからは電子書籍だ」と言われるのは今回が初めてではないが、何度目かの電子書籍元年を迎え今度こそはものになるのではないかという期待も大きいようだ。一方で、紙の本に比べるとまだまだ扱いにくいと言う声も根強い。軽くて読みやすく、電源が不要で、落とそうが踏みつけようが壊れない。特に日本には、文庫や新書という安くて携帯に便利な素晴らしい出版文化がある。

 電子デバイスにおけるインターフェースの進歩は侮り難いものがあり、最近の電子書籍は相当に読みやすい。しかし、紙の書籍の優位性は簡単には揺るがないだろう。米国ではKindleをリゾートに持って行く人が多いそうだが、私は、ビーチ・リゾートで寝転がって読むのなら、ジャグジーにつかりながらでも読めてビールをこぼしても壊れない紙の本がよい。

 また、読者から電子書籍の対価をどのように得るかということも課題である。印刷やデリバリーにかかる費用は削減できるが、電子デバイスで読みやすいような工夫やデータの複製を制限する機能も必要だろう。電子書籍化にもそれなりにコストはかかる。しかし、残念ながら電子データそのものにお金を払うことに抵抗がある人も多い。AmazonやAppleは大健闘しているが、それでも電子書籍に関するビジネスモデルはいまだ試行錯誤の状況である。

 電子書籍のインパクトを語る際に、既存の出版物の時代が終わりを告げるかのような見方が示されることがある。しかし、現在のところはまだ、読者のニーズを考えれば、場面に応じて両方が提供されることが望ましい。従来の書籍と電子書籍が両立できるようなビジネスモデルをきちんと確立していかないと、我が国の出版事業全体がシュリンクしてしまう恐れさえある。だからといって、電子書籍化に消極的であり続けることは、そろそろ危険である。

 出版不況が伝えられて久しいが、業界には是非我が国の出版が衰退しないように、変化への対応を頑張って頂きたい。
個人的にも、保存用に電子書籍が便利に使えるようになる日が待ち遠しい。それまでは、業界への寄付だと割り切って、何度も同じ本を買い続けよう。

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