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2010年12月9日掲載

「光の道」構想の最終報告は?

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 総務省のICTタスクフォースは、先月11月30日に最終報告書を取りまとめて公表しました。昨年10月の発足以来、1年余に渉り議論を続け、この間、数回に及ぶ事業者ヒヤリングが行われて、マスコミを賑わす“バトル”が展開されて来ましたが、その結論が示されました。既に、当事者である通信各社からの反応や有識者の論評に見られるとおり、賛否の分かれるところですが、全体としては、無理をしない安定した方向性を打ち出したものと言えるでしょう。
ただ、私は、ここで、この最終報告書が、内在していながら本格的には取り上げられることのなかった、いくつかの問題を指摘して、今後の議論の参考としたいと思います。

 第一は、「光の道」という用語それ自体のもつ影響についてです。超高速ブロードバンド網の整備の必要性に関しては異論はありません。ただ、それを「光の道」という、ある意味では分かり易い標語にした企図はよく理解できますが、それが故に、逆に新たな誤解や方向感のずれを生じたことも否定できません。“光”を強調するあまり、本来、戦略が準拠すべき、技術中立性の重要性が薄れてしまいました。国が戦略を立案するに当たっては、イノベーションの促進を図ることが大義であって、個々の技術や方式の是非について判断を下すものではありません。技術は市場競争の中で選択され、然るが故にイノベーションの進展が見られるのです。国が技術の選択をした場合、それが失敗に帰すリスクは国民が負わねばなりません。国がリスクを取ってくれるのは、民間にとってはリスク回避となり、一見結構なことですが、その技術が成功する保障はありませんので、結局は市場競争を歪めイノベーションにとってはマイナスになります。「光の道」という用語では不十分なのです。ここは光ファイバーだけでなく、既に一定のシェアを持つCATVを始めとして、最近特に、イノベーション著しい電波技術(3G、LTE、WiMax、固定無線、WiFi、無線LANなど)の活用を前面に取り入れる戦略へと弾力化し、用語も工夫すべきだと考えます。無線技術の活用方法を取り入れてこそ、超高速ブロードバンドが整備されるのであり、国際競争力の源泉となるのではないでしょうか。名は体を表わす、です。

 第二は、最終報告書は、議論の中心となって来たNTTの組織問題では、機能分離を取り上げ、さらにオープン化の推進を謳っていますが、逆に、その弊害にも注意を向ける必要があると思います。NTTのアクセス網の機能分離は、他の通信事業者との同等性の確保のため、具体的には、アクセス網及びそれと一体として設置される電気通信設備の総体をボトルネック設備と捉えて、ファイアウォール規制を課すというものです。私は、競争状態にある他の通信事業者との間で、事業活動に関する一定のファイアウォールが必要となることは、金融機関等の他の産業の例を見ても当然のことだと思います。但し、このファイアウォール規制がさらに進んで、指定電気通信事業者に対する利用の同等性確保のための措置としてのオープン化となると、新たな問題が生ずることになります。オープン化は即ち、設備競争に否定的に働くことになるからです。サービス競争面では、オープン化により指定電気通信事業者の設備利用が可能となり前向きな捉え方が可能であっても、設備競争となると、新たに設備を作り、その設備を利用した新サービスを開発しようとする投資意欲を減じ、また、人に先んじて設備を利用して新サービスを興そうとする提携者の存在を危くさせてしまいます。通信市場において設備面で最も影響力のある指定電気通信事業者は投資意欲を減退させるばかりでなく、新たな共同開発を行う提携者からも距離を置くことになります。この結果、設備競争のもつイノベーション促進効果が縮減してしまいます。

 第三の問題は、ICT利活用に対して、最終報告書は項目としては取り上げているものの、多くを語らず具体的な施策の提案に乏しいものとなっていることです。光ファイバーの整備、なかでも特に、NTT組織のあり方議論に時間を費やしたため、本来、本質論として取り上げるべき、ICT利活用についての認識が薄れてしまった感は免れません。

 ICTの利活用で大切なことは、利用者・消費者の声を聴くことと、各種の標準化を進めることです。ここに国の役割があるのです。いまだ、国民はICT利活用による満足度向上に信を置いていません。便利になるという実感が伴わないからです。また、国民番号制の導入も国の役割です。積極的な導入の取り組みと同時に、先進各国の事例にならって個人情報保護機関の創設が必要です。結局、ICTの利活用促進においては、個人情報の利用と保護とが車の両輪であることを認識しておくべきです。併せて、帳票や様式類、データベース等の標準化とシステム間の調整こそ、国の役割であり、政府CIOの配置が求められるところです。

 最後に、我が国通信事業における固定・移動サービスのあり方についてが問題になります。固定通信市場、移動通信市場それぞれにおけるドミナント規制、及び、NTTからのNTTドコモの分社時の取り扱いなどから、NTTグループでは、固定・移動サービスの一体的運用は規制されています。ICTタスクフォースでは、国際競争の議論も対象ではありましたが、今回は大きく取り上げられるに到っていません。既に、欧米の主要通信事業者は、固定と移動サービスを一体的に運営し、国際競争に臨んで来ています。主要な通信事業者間では、相互に法人向けサービスを融通し合う提携関係の構築が始っていますが、日本を代表する通信事業者であるNTTグループにおいては、海外では工夫の余地があっても、日本国内の一体的運営ができないため、提携等に当たり競争力に懸念が生じているのが実情です。また、世界に展開する多国籍企業は、通信会社に対し固定・移動の両サービスを求めるようになって来ています。特に発展・成長著しいアジア地域においては、シンガポール・テレコムや韓国KTなど大手通信会社は固定・移動サービス両方を扱うことで多国籍企業に対する競争力を付けています。大きな時代の変化に合わせて、我が国においても見直しを図るべき段階でしょう。

 今回のICTタスクフォースにおける議論は、超高速ブロードバンド整備の国家戦略上の重要性を認識させ、主要各国のICT戦略を凌駕する目標を取り上げたものとなりましたが、それを実現する政策手段が、結局、NTT組織のあり方の議論となってしまったことが残念でなりません。四半世紀、25年も前に独占に対し市場競争が導入され、独占企業(電電公社)の株式会社化(民営化)が進められた我が国の電気通信産業の構造は、NTTの特殊会社の位置付け故に、同じ様な議論を数年毎に何回も行うという特殊な状況を生み出しています。この間の主要各国の取り組みに倣い、民営化の徹底を進めて、通信会社は全て、政府から離れた完全民間会社の体制とすべき時期ではないでしょうか。国際競争は待ってくれないのですから。

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