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ICR View
2011年2月7日掲載

技術広報のすすめ
―PSTNマイグレーションに関して―

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 少し前のことになりますが、昨年8月31日、NTTとNTT東日本、NTT西日本の3社連名で「マイグレーションの考え方について」と題する資料が総務省のICTタスクフォースに提出され、公表されました。そこでは、マイグレーション、即ち、既存ネットワークの新しいそれへの移行の考え方が、(1)コアネットワークのPSTNからIP網への計画的移行、(2)ICT利活用促進及び需要喚起によるメタルから光への移行の促進、の2点が分けて述べられていました。

 加えて、同じく11月2日には、NTT東日本とNTT西日本連名で、「PSTNのマイグレーションに関する概括的展望について」が公表され、概ね2020年頃からPSTNからIP網へのマイグレーションを開始し、2025年頃に完了を想定する、と述べられています。

(注)PSTN(Public Switched Telephone Networks)とは、公衆交換電話網、一般の加入電話回線ネットワークのこと。

 NTTグループが公表した、この既存コアネットワークのIP網への移行に関する展望は、世界的に見ると、極めて具体的で挑戦的な姿勢を鮮明にしたものと言えます。世界の主要通信キャリアの中で、運営する固定通信ネットワークについて、IP網への移行に関する取り組みを公にしたものはほとんどありませんし、ましてや、強制的な移行を伴う見通しを具体的な時期を示して提示した通信オペレーターはいません。NTTグループの積極的な取り組みの姿勢は評価されるべきものであるし、今後世界からも大いに注目されてさまざまなインパクトを与えることになると思います。

 しかしながら、日本国内では、ちょうどICTタスクフォースにおける「光の道」議論が佳境に入っていた時であり、コアネットワークのIP網への移行とアクセス網の光化との違いが十分には認識されず、新聞論調はじめ、関係者の評価は必ずしも前向きではなかったことが大変に残念です。どうも、アクセス網の光化を2015年までに完了するという政府の目標と重なってしまって、完了時期の違いに一般の関心が集中してしまった感があります。どうしても、通信業界については当事者の利害得失が前面に語られてしまう風潮があるようです。

 IP網への移行については、通信ネットワーク技術者はもとより、競争事業者をはじめICTに携わる関係者、各種のサービス・プロバイダー、通信サービスのユーザーなど全体として、その効率性、生産性、多様性など期待が大きいものです。例えば、鉄道網で言えば、国内の鉄道軌道の幅をすべて、新幹線基準の標準ゲージに置き換えるようなもので、在来線の狭軌を改めるということに該当するでしょう。そうなると、車両はもとより、駅、トンネル、鉄橋などの施設や鉄道レールのカーブの緩和など、あらゆるものを、JR各社だけでなく、競合する私鉄においても同様の移行措置が必要となり、発生するコスト負担をどうするのか、利用者の不便を抑制し利便をどのように確保するのか、など国家的な大問題となるはずです。

 残念ながら、通信は鉄道と違い、なかなか目に見えず、また、これまでの絶え間ない技術革新に上手に対応して来た歴史から、国民・利用者に慣れがあるようで理解や共感が得にくい環境にある気がしています。通信事業の場合、手動から自動即時へ、アナログからデジタルへ、電話からインターネットへ、と何回も技術革新が進められて来たので、再度、通信事業者や専門家が何とかやってくれるとの意識が強いのではないかと、との懸念を感じています。

 もちろん、まだまだ約10年先のことであり、サービス面で特段今日明日に問題となることはないし、現時点、競争事業者間の関心事項に止まっていることは当然の姿とも言えます。しかし、一方で、IP網への移行は、これまでのネットワークの変化とは違って、その規模、影響度が大きく、かつ、より本質的にはネットワークに関する設計思想そのものかまったく異なるので、さまざまな問題を秘めています。ましてや、最終的には現行の交換機が撤去されて強制的な移行となるので、既存ネットワークで提供されているサービスや事業者間の接続方式、また、課金のあり方など、これまでのネットワーク上で行われているものすべてを洗い出して、継続するもの、廃止するもの、コスト負担の方法を見直すもの、場合によっては料金是正を伴うものなど、あらゆるものを棚卸しする必要があります。既存の公衆交換電話網(PSTN)の基盤開始以来約100年、積りたまった垢を一度きれいにする時でもあります。こうした事情から、各国の通信オペレーターは本件に関して極めて慎重で、いまだ国民的合意を探っている段階であり、具体的な移行計画の発表に到っていないのが実情なのです。

 今回のNTTグループによる公表で危惧したことは、マスコミや有識者の反応が鈍かったことです。通信技術のイノベーションの理解は当然難しいものではありますが、技術の本質、技術の核になるところや経済・社会や日常生活へのインパクトなどについては難しいが故に逆に、常日頃から広報活動によって、多くの人に認識しておいてもらうことが大切です。特に、業界を代表する企業には、業界内の利害得失を越えて、新しい基盤となる技術動向について、積極的に広報活動を展開して、国民・利用者各層の理解を得る努力を期待したいと思います。技術の動向が専門家や利害関係者の間だけで議論されてしまうことの危険性すら感じます。グローバル・スタンダードや標準化が国際競争力の源泉になっている昨今、日本全体として、その分野それぞれのリーディング・カンパニーによる技術広報の取り組みの充実を図る必要があります。マス・メディア向け、有識者向けだけでなく、一般ユーザー(消費者)向けの技術広報にも工夫が必要です。通信業界を代表するNTTグループの場合、各種の展示会や展示施設での広報活動、通信施設や研究所等の見学会、さまざまなイベントでの説明や資料配布などの取り組みが想定されます。また、海外の通信オペレーターとの意見交換や広報面での協力活動など技術広報に関わる施策はいろいろと考えられます。IP網への移行は世界中で未経験の領域であり、かつ、日本は先頭に位置する立場にあるだけに、技術広報を通じて広く国民・利用者の認識を深め、理解を求めておくことが大切です。

 今回のPSTNマイグレーションの考え方の発表の場とタイミングがICTタスクフォースの議論と重なってしまい、アクセス網ではなくコアネットワークの移行、IP化の本質が十分に伝わらなかったのではないかと感じています。日本のコアネットワークを現実に維持運営しているNTTグループにとって、マイグレーションという大きな課題と試練を克服するためには、技術広報に幅広く取り組み、多くの人の認識を得ておくことが、先ず、第一歩だと思います。

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