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2011年2月10日掲載

電子書籍で変わるか公共図書館
−公共図書館を利用していますか−

マーケティング・ソリューション研究G
グループリーダー 田中 和彦
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様々な公共図書館

 私は、自宅、勤務先の近くの複数の公共図書館を利用しているが、蔵書・資料の充実度や館内の雰囲気など実に様々だと感じている。

 例えば、音楽CDを借りることが多いのだが、ある区立図書館ではかなり希少と思われるものまで用意されているが、ある市立図書館では、CDは少なく、見つけたタイトルがカセットテープで、更に新着案内を見てもカセットテープだったりする。貸し出しの管理もバーコードが一般的であるが、RF-IDチップとアンテナが音楽CDにまで取り付けられている図書館もある。館員の方も、別の図書館でも同じロゴのユニフォームなので調べて見たら図書館専門のアウトソーシング会社の社員だった、ということもあった。

 公共図書館は、日本図書館協会「日本の図書館」(2009年版)によれば、設置率が、都道府県立100%、市区立98.4%、町村立53.1%で、ある地域に公共図書館が有るか、無いか、また、蔵書・資料の充実度などは、設置している自治体や関係者の意向や取組みにもよると思うが、やはり財政的な事情によるところが大きいのであろう。蔵書の全体は分からないが利用者の実感として財政的に余裕があると思われる地域の図書館の方が蔵書・資料が充実していると感じる。

「電子書籍元年」

 ところで、昨年は、何回目かの「電子書籍元年」と言われ本当に元年なのかは後世の評価を待つ必要があるかも知れないが、アマゾンのKindle、アップルのiPadに続き、SharpからはGalapagos端末機が、各社からAndroid端末機が発売されているし、本年1月にアメリカのラスベガスで開催されたCES(Consumer Electronics Show)でもタブレット端末機は大きなトピックスであった。通勤電車の車内を見渡せば、携帯電話やポータブルゲーム機を操作している人々が多いが、新しい物好きというよりは読書好きと思われる中年の女性が熱心に電子ブックで読書しているのを見かけるにつけて、今度は本物かも知れないと思っている。

 出版物の相当数が電子書籍として出版されるようになれば、公共図書館でも電子書籍を貸し出すこととなろう。

電子書籍で公共図書館に利点が

 公共図書館が電子書籍を貸し出すことには大きな利点が見込まれる。

 第一に、管理運用コストが激減するであろう。予約、貸し出し、返却受け入れなどの作業を対面に依らず、インターネット経由で行えば、人手が不要となろう。もちろんどんな書籍を購入するか等の作業が必要であるが、管理運用に関する手間は大幅に省けるだろう。

 物理的な紙の書籍という制約が無くなるので、保管スペースや保管コストも削減されるし、図書館を市区町村単位等で設置する必要も無くなる。例えば、日本で一カ所でも良いのではないだろうか。もっと言えば、地球で一つでも良いかも知れない。誰が誰のために設置、運営するのかという疑問も沸くが、財政状態に依らない遍く公平なサービスが提供出来るだろう。

一方、課題も

 一方、課題も多い。最大の課題は著作者、出版者にとって望まれないコピーや配布を防止しつつ、適切で快適、便利な閲覧、読書を実現するために必要なDRM(Digital Right Management)システムをどう公共図書館のシステムに組み込むか、である。DRMは、将来は共通化されることが期待されるが、当面は提供者、プラットフォーム毎に異なったシステムによって電子書籍が提供されるであろう。

 提供者のDRMか、図書館のDRMか、それらを併用するか、など、電子書籍のデータ形式(フォーマット)の問題や利用可能な端末機器種別の問題と合わせ、システム的に非常に大きな課題である。

 この点、現行の紙の書籍は、物理的な実体を管理するので問題が少ないと言える。つまり、書籍は電子化によって物理的な実体を失うので、システム的には複雑化すると言わざるを得ない。図書館の管理運営に関して新たな負担になる可能性がある。新しいシステムの導入がそれまでには無かった管理運営の難しさをもたらすことは、一般的に起きる現象である。

 ある公共図書館で、利用者が新着図書情報を自動的に収集しようと、その図書館のシステムに一定時間毎にアクセスし、そのシステムの設計上の不備のためトラブルが発生した。この利用者は、アクセス行為がインターネット経由の攻撃と見なされ逮捕された事件があった。

 電子書籍を公共図書館が貸し出す時代には、さらに複雑な状況が発生する可能性もあるが、既に公共図書館による電子書籍への取り組みは始まっている。

既に始まっている電子書籍への取り組み

 国立国会図書館では、2002年10月より所蔵する明治・大正・昭和前期刊行図書のデジタル画像を収録する「近代デジタルライブラリー」を提供している。現在の収録数は約39万冊、そのうちの約17.2万冊をインターネット提供している。また2010年6月には、納本制度審議会より「オンライン資料の収集に関する制度の在り方について」という答申により、今後、インターネットなど経由で提供される電子書籍・雑誌に関しても、紙の書籍・雑誌と同様に国会図書館が収集する方向が示されている。

 東京都千代田区図書館では、2007年11月より、出版社とのパートナーシップにより「千代田Web図書館」を開設し、現在、4600タイトルを収録している。千代田区内の在住・在勤・在学者であればオンラインで閲覧することが出来る。

公共図書館についての議論や新しい読書スタイルが

 電子書籍の普及、一般化は、公共図書館の意義や意味を見直す、在り方を議論する好機ではないだろうか。

 作家の中には著書が売れなくなるという理由で、図書館を嫌う方もいるが、広く一般的に電子書籍を公共図書館が貸し出すようになったら、どう思うだろうか。

 音楽のダウンロード販売によって音楽CDの売り上げが落ち、音楽CD販売店の閉店のニュースも聞かれる。一方、通勤・通学時に、音楽を楽しむライフスタイルは、カセットテープやMDの音楽プレーヤーの頃より、もっと盛んになっていると感じるのは私だけであろうか。

 例えば千冊に及ぶ大量の書籍を携帯したり、どこに居ても自分だけの本棚を利用出来たり、また、見やすく大きさや明るさを調節出来る読書環境が、新しい読書スタイルをもたらすのではないだろうか。

 公共図書館が電子書籍を貸し出すということは、新しい読書スタイルにおいて、リアルな世界とバーチャルな世界の役割を見直すことにもなるのではないだろうか。

 昨今の電子書籍の動向がエポックメーキングとなるのかどうか、大いに注目したい。

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