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2011年3月4日掲載

再分配機能の強化とICTの役割

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 今回は、週刊東洋経済2011年2月5日号の冒頭コーナー、「経済を見る眼」にとても興味深い提言が掲載されていましたので、私なりの感想を述べたいと思います。それは、東京大学名誉教授 神野直彦氏の提言ですが、“再分配機能を強化する方法とは”と題する寄稿の中で、

  1. 所得再分配政策には垂直的再分配と水平的再分配とがあるが、「再分配のパラドックス」は水平的再分配のほうが貧困や格差を解消することを教えている。
  2. 社会保障の給付には選別主義と普遍主義とがあるが、「再分配のパラドックス」は選別主義よりも国民を幅広く対象とする普遍主義が優位なことを示している。

との2点を強調して述べています。そして「日本が貧困と格差を克服する道は、普遍主義に基づく社会保障、言い換えれば水平的再分配を強化することである。」と結論づけています。

 私は、この提言に大きな感動を覚えました。この種の問題に勉強不足の私にとって、経済政策上の再分配機能について、これまで深く考えてみたことはありませんでしたが、改めて最近の内外における政治の動き、グローバル資本主義の傾向を見ていると、なるほどと思わせる指摘と感じ入りました。神野直彦氏の論点を私なりに理解し整理してみると次のようになるのではないか、と思います。

 これからの社会保障、特に貧困と格差が進む大きな流れ、即ち、効率化を求める国際競争経済をベースとした社会で必要とされる社会保障の方向性を示したものと大いに感銘を受けました。

 そこで思い到ったことは、ICTの利活用にもこの点が必要である、むしろ、これまではこの視点が不十分なためICTの利活用が進まなかったのではないかということです。神野直彦氏も、“福祉、医療、教育という対人社会サービスを、所得で差別することなく、ユニバーサルに提供することである”と指摘しておられるとおり、ICTがその途を拓く有力な手段となり得るのではないかと思います。

 FTTHのインフラ整備率は約92%、利用率が約33%というのも、実際の利活用が進まないためとしばしば指摘されており、先進諸国と比べてインフラ整備は進んでいるものの、利活用、特に教育、行政、医療等の分野、つまり公的・準公的分野での遅れが目立っています。これからのICT利活用の推進にあたっては、普遍主義をベースとした対人社会サービスに力点を置くことが必要なのではないか。これまでのICTのサービス開発も端末開発も、個人や企業のホームユース、オフィスユースに的を絞っていたのが実態です。もちろん、これまでも、らくらくホン(NTTドコモ)、簡単ケータイ(KDDI)、かんたん携帯(ソフトモバイル)などシニア層向けの携帯電話機やサービスの開発・普及等のいくつかの事例は見られますが、全体としては、ユニバーサル・デザインの考え方に基づいて格差の克服に貢献するという姿勢が十分だったとは言い難いのではないでしょうか。バラマキではなく、社会の構成員を差別しない立場で対人社会サービスを提供するためにICTが貢献する途は大きいと思います。

 各種のユニバーサル・デザインの開発、高齢者やハンディキャップを持つ人達の利用の普及活動、医療や福祉の現場での情報整備・流通の推進、最近の高機能端末によるヘルスケアサービスの促進、教育現場における価値創造に向けたチャレンジなどICT産業界の果す役割には大きなものがあります。具体的には、医療・ヘルスケアに関する医療機関向けのクラウドサービスやヘルスケア・デバイスとの連携によるM2Mソリューションの提供、また、教育分野では、NTTグループが拠出するLLPによる教育現場でのICTの実証実験や「デジタル教科書教材協議会」の発足など、さまざまな動きが見られます。しかしながら、どのような機器やデバイス、ソフトウェアが開発されても、やはり対人サービスはICT分野の重要な柱であり、インターネットがもたらしたソーシャル化という変化のなかでも大きな要素となるものです。現在の日本が抱える国家的な政策課題のなかでも特に懸念される、次世代への負担の付け回しを止め、現世代がどうやって貧困と格差を克服するのかを考える時、ICT分野の果すべき役割の重大さとその可能性の大きさに戦慄すら覚えるところです。

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