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2011年3月4日掲載

映画「あしたのジョー」と遠隔教育

法制度研究グループ
グループリーダー 小向 太郎
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 「日本中が熱狂した魂の傑作漫画」の完全実写映画化「あしたのジョー」をみてきた。原作のイメージがどうこういうのは、野暮というものだろう。昭和のドヤ街をバックにテレビアニメシリーズのテーマが流れれば、ボーカルがなくても尾藤イサオの絶唱が頭のなかで鳴り響く。「立つんだぁジョォォ〜!」と絶叫する香川照之の丹下段平は、怪演としかいいようがない。力石徹役の伊勢谷友介も、30過ぎの体を体脂肪率 4%まで絞り、狂った減量を好演していた。白木葉子役の香理奈も雰囲気が出ていて、キャスティングは全体にとても良い。

 ところで、ジョーといえば「あしたのためにその 1」だ。「ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで、内角を阻い、えぐりこむように打つべし」独房に届けられた葉書のこの短い文言によって、ジョーのジャブは、凄まじい風切り音をたてて、プロボクサー力石の顔面を捉える。遠隔教育の効果が、これだけあざやかに現れる場面は、漫画の世界でもちょっと他にない。

 当然のことだが、これだけですごいパンチが打てるようになるということは、現実にはありえない。当時漫画やアニメでこれを見た少年は誰もが一度はまねしてみたはずだが、風切り音を聞いた者は稀であろう。 「あしたのために」は、優れた身体能力を持った学習者に対して、その闘い方や能力レベルをよく知っている一流のコーチが行うからこそ効果を上げる、ワンポイントアドバイスである。

 教育する側から見ると、知識を教えることとスキルを教えることは、かなり性格が異なる。知識とは基本的に言語化されているものである。知識の習得とは、学習者本人が言語化された知識を自分の脳にインプットすることだ。体系化や言語化の優劣によって吸収しやすさに違いはあるが、教育の基本は情報の提供になる。

 一方、スキルやノウハウの伝授は、一般に(1)教えるスキルの位置づけや意味を説明し、(2)実際のやり方を教え(通常は見本を見せ)、(3)本人に実際にやらせてみて、(4)必要な修正を指示する、というインターラクティブな指導を繰り返すことで行われる。「あしたのために」は、上記インストラクションの前にジャブというパンチの意味・目的を簡潔に記述し、技能の説明に学習者が誤りやすいポイントを盛り込むことで、独学で一連の学習ができるようにしている。

 特に身体技能の教育については、見本を見せたり修正のアドバイスをするために、対面による教育が効果的であると考えられてきた。ただ一つの図解もない「あしたのために」では、一般の学習者を教育することは不可能である。従来は、このことが遠隔教育を行う際のネックになっていたが、情報通信(ICT)技術の発展によって、双方向で十分な情報のやりとりができるようになっている。今後はスキルの分野でも、遠隔教育が活用されることが多くなっていくであろう。

 ところで、遠隔教育には、モチベーションが続きにくいという問題も指摘されている。矢吹丈は、鑑別所という密室で退屈に耐えかねて、一度は破り捨てた「あしたのために」を試し始める。これほど極端ではないにしても、通学・対面による学習コースは、一定の縛りがあるのでむしろ続けやすいという面がある。私のような怠け者から見ると、通常の通信教育で効果を上げる人は超人に思える。自由度が高いというメリットは、ここでは裏目に出かねない。利用促進の鍵は,むしろこちらの工夫にあるのかも知れない。

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