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2011年7月4日掲載

地方自治体の行政サービス、なぜICT利活用は進まない?

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 当社情報通信総合研究所では、地方自治体の住民向け電子行政サービスの利用実態について「パブリックセクターにおけるICT利活用の阻害要因・促進効果に関する調査・研究」を実施し、報告書を取りまとめて5月31日に報道発表を行っています。

(参考)当社ホームページ 5月31日付けプレスリリース
「なぜ、電子行政サービスの利用は広がらないのか〜行政の意識や住民の利用実態・今後の利用動向を踏えて〜」

 詳しくは、このプレスリリースをご覧頂ければ幸いですが、要は、(1)電子市(区町村)役所であっても電子自治体とはなっていないこと、(2)自治体側担当者と実際の利用者(住民)との間には利用方法などについて大きな認識ギャップが存在すること、の2点に集約できます。

 また、今月の「日経コミュニケーション誌(7月号)」に本件の調査・研究を担当した、当社社会公共システム研究グループ主任研究員の國井昭男氏が、“進まない電子自治体の利活用 実態とのギャップを埋める方策を”と題する寄稿を載せていますので、是非、ご参照下さい。とても興味深い分析と提言がなされています。

 しかし、ここではその内容に直接触れることは避けて、全体として、なぜ利活用が進まないのか、制度や仕組み、当事者の意識や価値観などさらに根源的な部分に焦点を当ててみたいと思います。

 第一に、電子市(区町村)役所であっても電子自治体となっていない、とはどういうことなのか、そもそも地方自治体の電子化はどうなっているのかを考えてみたい。当社情報通信総合研究所の社会公共システム研究グループの市区町村等自治体向けのICT関連コンサルティング実績・経験は多方面に及んでいますが、その内容と分野は主として、行政情報システムの全体最適化プランの作成に関するものであり、住民向けの公共サービスや住民からの意見・要望を収集するデータベースなどのサービスプランに関するものは比較的最近になってから見られるようになりました。なかでも、後者のように地域住民からの声を収集・集約して地方自治体の行政に反映していこうとする電子化・情報化はまだ始まったばかりと言えます。つまり、電子化・情報化は、まず自治体内部の事務処理の機械化から始まりましたが、内部では部門毎に独立していて必ずしも統一が図られずに進展して来ている状況となっていることが分かります。

 住民向けの公共サービスである電子行政サービスは数字で見る限り既にかなり多くの地方自治体で取り入れられており、自治体が取り扱う手続きのオンライン利用状況は総手続き件数の約36%(2009年度)に達しています。この数字を見るとオンライン行政サービスの利用が進んでいるようにみえますが、実態は少し違っているというのが今回の調査結果から分かります。それが、二番目に指摘した自治体側と住民利用者の間にまたがる大きな溝=認識ギャップを生み出す要因となっているようです。

 今回の調査では、実際にオンラインで住民に利用されている行政サービスは、行政側が推進しているオンライン導入化率とは違って図書館の貸し出し予約、各種施設の利用予約、粗大ごみ収集の申込み、の順で利用されていて、その一方で、諸証明手続きや各種異動申請・届出の利用率が極めて低いことが浮きぼりになっています。つまり、日常的に必要となる行政サービスはオンラインで利用されているものの、本来、自治体行政側が期待している電子申請などには使われていないというギャップが存在しています。この結果、自治体側が想定している、庁務時間外に、主として若者が利用できて利便が向上するという目論見ははずれて、庁務時間中に40−50才台の中年層の利用が多いという状況となっているのですが、自治体側はその実態を必ずしも十分に把握しているとは思えません。ここにも大きな認識ギャップが生じています。

 どうしてこうしたギャップが生じてしまうのか考えてみたい。第一は、オンラインで行政手続きが完了しないこと、即ち、本人確認や窓口での手数料支払い、窓口での書類交付が必要となっていることがあげられます。その点、前述の図書貸し出し予約や施設予約、粗大ゴミ収集予約はオンラインで一応手続きが完了するので利用が進みます。つまり、各種証明手続きや申請・届出は窓口対面が原則でオンラインは例外的に取り扱うとの仕組みが出来上がっていて、逆にオンラインを原則とするモデルとはなっていません。

 次いで第二は、地方自治体の行政に携わる人達の意識・価値観に“公平性・平等”についての考え方が非常に強く根付いているためと見受けられます。住民全員が等しく利用できない施策は公平性に反するので行政の本旨に合致しないという判断になり、一部から実行に移す、まずは取り急ぎ実施してみて後から修正して良いものに仕上げていくという意識にはなれないという倫理観・使命感があるように思われます。実際こうした行政サイドの倫理観・使命感は大切にすべきものですが、電子化、ICTの利活用という新しい試みを進めていくためには、少し柔軟な姿勢も必要になります。住民全員がICTになじんでいる訳でもなく、全員がPCや携帯電話を所持していることもありませんが、その一方でICT利活用の要望はますます進みますし、ICTの利活用によって行政サービスの満足度向上が図られ、また経費削減が可能となる利点があります。

 こうした地方自治体の板ばさみ状態を乗り越えるには、何かのブレイクスルーが求められていると思います。これまで日本の地方行政は中央集権の色彩が濃く国の行政に関わるところは地方には権限がなく国の意向に従わざるを得ないとされてきましたが、その一方で、電子行政サービスのように地方自治体で取り組める施策は自治体毎に基本的考え方やシステムの取り組み方法が違っていて、住民との認識の差を生み出してきたとも言えます。

 現在、政府レベルで税と年金に関する国民共通番号の導入議論が進行していますが、この機会に併せて、地方自治体の電子行政サービスについて、この国民IDを活用してオンライン化することと原則とすることを政策課題として法制化することを目指すべきであると考えます。隣国の韓国の(成功)事例がその効果を示しています。そうなれば、手数料の支払い方法や窓口交付のあり方も国レベルの議論として解決可能な課題となるはずです。

 今回の調査・研究結果では、電子行政サービスを本格的に利活用する上での阻害要因は、国レベルの法制度の制約や問題以上に、予算上の制約や庁内検討体制の欠如という地方自治体内部の事情や、さらにはそもそも住民のニーズを把握できないという根本的な事情があることが分かりました。地方自治体が個別にバラバラに取り組む段階は過ぎて、国レベルで原則オンラインとするための最適化プランに挑戦する機会であると感じています。

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