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ICR View
2012年1月6日掲載

大企業はもっとベンチャー企業の活用を!−イノベーションを通じて成長分野に資源をシフト−

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 新年、明けましておめでとうございます。昨年は、東日本大震災の発生、加えて、福島第一原発の事故と苦しみの多い年でした。今年こそ、復興、そして成長へと、龍(辰)のように昇っていければよいと念じています。本年も、当社情報通信総合研究所を、どうぞ、よろしくお引き立て下さいますよう、お願いいたします。この“ICR View”におきましても、一層、皆様のお役に立てるよう、多面的に話題を取り上げ、私なりの見解を披露して参る所存です。

 今回は、正月、年の初めなので、今年に期待する経済成長の取り組み方について述べたいと思います。
日本経済を取り巻く環境で、最近20年の大きな変化にグローバリゼーションと高齢化があることは言うまでもありません。グローバリゼーションで世界のモノ・カネ・ヒトの取引や移動は大きく進展し、新興国が急速な成長を遂げている一方、日本では、1995年に生産年齢人口がピークに達して以降、65才以上の高齢者人口比率は1995年の15%から2010年には25%にまで上昇してきています。既に、就業者総数は減少傾向となっています。この間、実質GDP成長率は、1970年代・80年代には4〜5%でしたが、1990年代・2000年代には1%前後にまで低下しています。今後、就業者数がより一層減少していくことを考慮すると、GDP全体を成長させるためには、生産性の伸び率をこれまで以上に高める必要があることがわかります。

 それでは、生産性を高めるために何をなすべきなのか、特に、ICT産業ではどうなのか、について考えてみたいと思います。ICT分野では、イノベーションが活発に行われていて、新サービスが盛んに生みだされていることは、米国発のIT企業の隆盛をみればよく理解できることです。そして、米国ではIT関係の新規企業(起業)によって多くの雇用が生み出されていることも知られているところです。また、中国や韓国などのIT新興国でも同様の起業が盛んに行われていて、その影響力が増してきています。

 ところが、我が国では、どうも、IT関係のイノベーションが十分に取り入れられていないように思えてなりません。これは、米国などに比べて、日本のICT大企業に、オープンイノベーションの取り組みが根付いていないからではないかと感じています。私自信の経験でも、イノベーションの創出、新規分野の開拓と雇用の拡大を目指して新規事業開発部門(担当)を設立・設置しても、理念として他社との連携を言っただけでは、具体的な開発やイノベーションとなると、ベンチャーはライバル、競争相手との位置づけにどうしてもなりがちでした。ベンチャーとの取引は、技術評価、人物鑑定、取引情報など、既存組織であるR&D部門や購買部門からみると懸念事項が目立って、一般にはなかなか進まないのが大企業の実情なのです。自社内でのイノベーションを重視してR&D部門を充実してきた、あるいは、大ベンダーとの協調関係によってイノベーションを達成してきたICT大企業においては、ベンチャーは異質で誠に扱いにくい存在と言えます。

 もちろん、よい技術・ノウハウ・製品であれば、M&Aによって、その企業存在ごと買い取って手に入れることは可能なのですが、従来からの自前主義と長期継続取引重視の姿勢から、ベンチャービジネスのM&Aには異質のリスクが伴うので進んでいません。現実に、ICT分野に限らず、日本のベンチャービジネスのExitは、ほぼIPOに限られてしまい、米国でのExitがM&A主流となっているのと対称的な現象となっています(米国ではEixtの90%以上がM&A)。資本市場での取引において、投資家保護の見地から、最近特に、情報開示やガバナンスなどが強く求められるようになっているので、IPOの機会はますます厳しくなり、その準備期間は10年にもなってきている現状では、資金供給面でも、人材供給面でも、ベンチャーにとって苛酷な現実となっています。

 ベンチャーの育成を図り、イノベーションを進め、転職や起業の機会を増して、産業の新陳代謝を推し進める以外に、我が国の労働生産性を高めて、雇用機会を創出する途はないと考えます。ICT分野の大企業は、今こそ、オープンイノベーションに本気になって取り組んで、ベンチャーをライバル視せず、積極的に取り込む勢いを示すべき時です。雇用創出面では、内需に結び付き易いサービス産業こそ、なかでも技術やサービスがイノベーションに適合しやすいICT分野こそ、ベンチャービジネスのM&Aを積極的に行うのに適していると言えます。

 具体的には、(1)オープンイノベーション推進のため、場と部署の設置はもちろん、イベントや個別対応の機会など双方向の交流を盛んにすること、併せて、(2)これこそ最も重要なことですが、大企業側でサービス戦略の方向性を明らかにして、ベンチャー側にそれに沿った開発を促す仕組み作りを図ること、が大切です。こうすると、ベンチャー側からみると、当該企業のサービス戦略に沿った開発に特化できるし、開発目標や開発期間もあらかじめ設定できる利点があります。企業側からは、こうしたベンチャービジネスとの接触が常時可能となり、技術開発段階の把握や技術評価、人物判定、企業内容などM&Aに必要な判断材料が事前に入手できることになります。

 M&Aというと、領域分野や動向把握に手間取るので、どうしても、投資銀行やコンサルティング・ファームの紹介や持ち込みに頼りがちですが、ICT分野には、イノベーションの種が多々あるだけに、大企業自ら、オープンイノベーションの機会と場を作り出し、ベンチャーのExitの方途としてM&Aを活用することを改めて認識すべきです。また、大企業では、オープンイノベーションに注力するため、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設けている事例が多くみられますが、その評価指標が、将来の売却による金融収益に焦点があたっていることが多いようです。これでは、オープンイノベーションのためとは言えず、キャピタルゲイン狙いの投資活動となってしまって、社内にイノベーションを取り込むことを目的とすることにはなり得ません。オープンイノベーションを実践するためには、親企業のサービス戦略に合致したベンチャーを取り込むよう、将来、開発が成功するなら、すべて買取る(M&A)か、開発成果を独占的または優先的に入手する取り組みとすべきです。日本のCVCの目標が中途半端で、なかなか成功と評価できない理由はここにあると思います。

 ベンチャービジネスをM&Aで買収するのは、社内にイノベーションをもたらすためであって、優良資産を増やすためでもなく、優良な新しい購買先を開拓するためでもありません。重要なのは、オープンイノベーションに注力する経営方針と同時に、開発現場を担当する人達にベンチャーをライバル視せず、真剣に外部企業と組む力量、異質を受け入れる度量を身につけさせることです。
今年が、真の意味で、ICT分野においてオープンイノベーション元年になることを期待して止みません。

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