ホーム > ICR View 2012 >
ICR View
2012年5月7日掲載

ICTサービス通商原則の公表
−日米と米EUとの違いは?−

[tweet]

本年1月27日、総務省・外務省・経済産業省は「日米ICTサービス通商原則の公表」を同時発表しました。これは、2010年11月の日米首脳会談において発表された「新たなイニシアティブに関するファクトシート」で立ち上げられた「日米経済調和対話」の枠組みにおいて、米国との間で、規制の透明性の確保やICTサービス分野の貿易促進の考え方を共有し、共同して他国にその内容を働きかけるべく検討してきた通商原則を策定したものです。また、検討にあたっては、2011年4月に公表された「米EU ICTサービス通商原則」を参考としたとコメントがついています。なお、この通商原則は、日米2国間で共有する貿易促進に係る理念を文書化したもので、法的拘束力はないと発表されています。

この日米ICT通商原則は以下の12項目からなり、先の米EUのそれ(10項目)と対比してほぼ同様の内容となっていることが分かります。

項目 米EUの
該当項目
項目 米EUの
該当項目
1.透明性 1 7.外国所有 5

2.国境を越える情報流通

3 8.電波のスペクトルの利用 6
3.オープンネットワーク、
ネットワークのアクセス
及びその利用
2 9.デジタル・プロダクト 該当なし
4.相互接続 9 10.規制当局 7
5.ネットワーク構成要素の細分化 該当なし 11.許可及び免許 8
6.現地における基盤
及び現地における拠点
4 12.国際協力 10

以上の比較から言えるのは、該当項目のない2項目を除いて日米EUの3者間ではICTサービスの貿易促進に関して、ほとんど一致した理念を共有しているということです。この水準がグローバルレベルのICTサービス通商原則であると言えます。

“ICTサービス分野における貿易の促進に係る考え方を共有し、共同して他国にその内容を働きかける”(1月27日の報道発表)場合、これら10項目は日米EU3者間に理念上異論はない訳です。内容的にみて、それぞれの政府が取り組むべき、国際的な情報流通の促進、外資規制や現地インフラと拠点使用の制約廃止など自由貿易原則に則った前向きの取り組み(グローバル化)となっています。

ただ、ここで注目されるのは、米EU間のICTサービス通商原則には見られない、項番5と項番9の2点についてです。

項番5は、「ネットワーク構成要素の細分化」とありますが、英文では、Unbundling of Network Elements となっており、主要なサービス提供者(major suppliers)に対して、アンバンドルベースでネットワーク構成要素へのアクセスを提供することを、規制機関を通じて要求する権限を政府が保有すべきであるというものです。つまり、政府の規制機関の権限を、アンバンド規制について明文化した内容となっていて、項番10においてICTサービス分野を監督する規制当局が効果的にその機能を果すために十分な法的権限及び適当な資源(Sufficient legal authority and adequate resources)を確保すべきであるとすることに加えての対象を絞った内容となっています。この項目が米EU間では存在しないことの背景は分かりませんが、一般的にアンバンドル規制を巡っては、特に、ブロードバンドのそれについては世界各国で政策動向が違っているだけに注目点でしょう。ブロードバンドのアンバンドルを強く推進する日本ですが、米国ではブロードバンドについては、非差別性の条件はあってもアンバンドルを求めていないし、欧州各国においてもブロードバンドのアンバンドル規制は一般的な政策とはなっていません。

この項番5は、日本側からの提案を米国が承認したものと言われており、規制当局においては日本の進んだ規制を米国や第三国にも適用させたい考えと思われます。ポイントは、まさにこの点にあります。既に、ICT分野の上位レイヤサービスでは、米国企業が圧倒的な強さを有している実態にあるなか、今回の通商原則においても、項番9「ディジタル・プロダクト」の項目が米EU間にはなく、日米間の通商原則にだけ取り入れられていることにも現れているように、場所や国籍にとらわれず自由で公平にディジタル・プロダクトを取り扱うことには異論はないものの、さらなる米国の影響力強化を想定すると大きな懸念が残ります。

現実に、日米間において、日本では、接続規制の片務性や事前規制となる禁止行為規定が支配的事業者に対して非対称的に義務づけられている現状にあるだけに、日本側の規制廃止・解消の方向ではなく、逆にアンバンドルに関する日本の規制を他国に適用させるために自ら規制の弾力化、柔軟化の途を狭める方向を示すことには大きなリスクを伴っているように思えてなりません。

一方、EU内は参加各国の規制当局の温度差があって一本化した取り組みがとれず、また、規制権限もEUと参加国との間で十分に調和がとれている訳でもないので、規制当局の具体的な施策とその権限には種々の問題が存在し足並みがそろっているとは思われません。従って、米EU間のICTサービス通商原則では合意が困難な事象も数多く存在することは容易に想像されます。しかし、その一方で、グローバル化においてEUの主張が世界から注目を集めているのもまた事実です。したたかなEU陣営は参加各国の状況が異なりEU内の意見統一が難しいことを奇貨として、自らの主張を通すことも辞さない姿勢のように見受けられます。ICT上位レイヤサービスやクラウドサービスで米国企業が自国政府まで巻き込んで世界を席巻しつつある状況下、個人情報の保護の取り組みにおいて欧州委員会が直接、グーグル社のプライバシーポリシーに対し要求を突き付けたり、また、政府間においても米国政府との間でプライバシー問題について、協力して対応を進めていく方針を確認し共同声明を発表しています(米国商務長官と欧州委員会担当委員との共同声明、2012年3月19日公表)。ICT分野の政策については、こうしたEUの柔軟、かつ、多元的な価値に基づく主張は米国勢による単独支配の現実を踏まえると参考になるところが大きいと思います。

最後に、日本のICT分野、特に通信分野における規制は、主に日本国内での競争関係に集中していて、外国からの参入や外国でのサービスに移行している現実を十分に取り入れたものとなっていないようです。それが、接続や禁止行為規制を巡る外国との規制格差が依然残されている現状に現れていると感じます。

各種の事業規制において、今後はグローバル・スタンダード一本槍ではなく、米国型、EU型、中国型などを意識して、それに加えて日本型を国益を踏まえて主張し交渉し合意していく必要があります。リーマンショック以降、米国流の強欲な市場主義経済だけではなく、多元的な価値に基づくグローバリズムを追求する方向に世界はあります。今回のICTサービス通商原則のように理念を共有する際にこそ、米国と欧州との違いを十分認識して、したたかに、かつ柔軟に日本のICTサービスの発展を図る政策的取り組みがより一層進展することを期待しています。

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。