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ICR View
2012年7月9日掲載

国益に直結する法制
−企業法制、通信法規制、個人情報保護の取り組み−

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最近、我が国では、経済・社会の変化や技術の進展を受けて、基本的な法制を巡って種々の局面で議論が行われることが多くなっていますが、法の話となるとどうしても内向きの、国内にしか向いていない論理となりがちなことが残念でなりません。特に、ICTを取り巻く法制として、ここでは(1)企業法制、(2)通信法規制、(3)個人情報保護の3点を取り上げてみます。

第一の企業法制のポイントは、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題です。現在、法務省の法制審議会会社法制部会で検討が進められているところですが、基本的姿勢として我が国が早急に解決すべき領域は、公開会社等を対象とした資本市場と直結する株式会社制度の設計・運営という市場経済の中核的担い手の問題であると思っています。単純に、会社は株主のものという私的権利・義務の側面だけで扱うのではなく、資本市場の参加者たる投資家(買い手と売り手)まで含めたコーポレート・ガバナンスを議論しておく必要があると考えます。そうでないと、どの仕組みが企業業績向上に役立つのか、株価に好影響があるのかという経営論の視点からのみで判断されることになります。もちろん、投資家はじめ資本市場に関する法制は、金融商品取引法が取り扱う分野で会社法とは世界を異にするという伝統的考え方が有力なことは承知していますが、このことがどうも世界からみると、日本の企業法制議論を内向きにしているように思えてなりません。日本の国内法が不備なために米国流の域外適用にしてやられてしまう事例が市場で多くみられます。資本市場を通じて投資家は世界とつながっています。コーポレート・ガバナンスこそ、多様性、柔軟性を認めて、公開会社を念頭においた取引所規則などのいわゆるソフトローや業界等の自主規制(ジェントルマンズ・ルール 等)によって、より公正・妥当な適正性を追求していく方向が望ましいと考えます。法に従う適法性だけでは最低・最小のガバナンスでしかないことを銘記すべきです。

ところで、コーポレート・ガバナンスで気になる出来事を1点指摘しておきたいと思います。先日、IPOを果した米国のフェイスブック社や2004年に同じくIPOを行ったグーグル社では、普通株とともに何倍もの議決権を持つ種類株が発行されていて創業者達がその種類株を保有してIPO後も会社の支配権を維持する株式の二重構成を採用していることです。米国では支配株主には誠実に株主権を行使する責任があるという法理が認められているとは言え、やはり、フェイスブック社の場合、かなりの高値(38ドル)の公開価格で160億ドル規模の資金調達が実施されている一方で、世界に9億人以上のユーザー基盤を持っていながらいまだに十分な収益モデル・規模が描き切れていないことなどを併せて考えてみると資本市場からの視点や評価からすると気にかかるところです。

二番目は、日本の通信法規制における非対称規制についてです。このICRViewの場でも、これまで何回か取り上げてきましたので要点のみ簡単に述べますが、我が国の通信法制は、1980年の通信の自由化、電電公社の株式会社化(株式の政府保有義務があり完全民営化は未達成)によって始まり、その後、規制の弾力化・緩和はみられたものの、1999年のNTTの分社化(持株会社体制)を経た今日まで、既に四半世紀が経過しているのですが、支配的事業者規制が強く存在して、NTTグループ内では、地域と長距離通信の区分、固定と移動体通信の分離が規制されてきました。この間、世界の通信市場ではモバイル化が大きく進み、トラフィックの音声からデータへの移行が顕著に起こり、他方、それまでの通信法規制に服さない上位レイヤ・サービスプロバイダー(OTTプレイヤー:Over The Top)の影響力が強くなっています。多くの国々では、地域・長距離の事業区分はなく、また固定と移動体(携帯)の統合が従来の支配的事業者においても認められ進められて、その上でグローバル市場での競争が行われているのに対して、日本国内ではどうしても内向きの利害調整優先の取り扱いとの印象が否めません。これまで行き過ぎるきらいがある程、比較法制研究に熱心だった通信法関係者が最近内向きの見方となっているのがやはり気になります。企業法制のあり方の検討で資本市場に立脚すべきであると同様に、通信法の比較法制検討においても、ICTサービス・産業の先進国と強い競争力を有する国、例えば米国、EU主要国、韓国、中国などを念頭に進められる必要があります。グローバル競争の中、当然に我が国の国益に直結します。特にOTTプレイヤーをどのように取り込んだ法制としていくのか、外向きの議論が大切でしょう。

最後に三点目の個人情報保護については日本の立ち遅れが特に目立ちます。前述のOTTプレイヤーの狙いは、通信会社をビットパイプ(ダムパイプとも評されます。)として利用してグローバル市場で顧客を取り込むことにあります。特に、OTTプレイヤーは現在そのほとんどがグーグル、アマゾン、フェイスブックなど米国勢なので、米国政府の前向きな取り組みが目立っています。ICT産業がスマートフォンを軸に動き出している今日、ネットワークや各種デバイス等で扱われる個人情報を貴重な経営資源ととらえて自国産業の競争力の源泉としようとする動きがグーグル社をはじめ米国で強くみられます。今年3月にグーグル社は、日本やEUの関係政府機関の懸念や反対を押し切る形で、自社のプライバシーポリシーを改定し、従来、検索やメールなど60以上あったサービス上の個人情報を一括して管理しようとしています。つまり、個人情報の集約度を上げて行動ターゲティングの精度を高めようとしているのです。こうなると、世界中の利用者からみると、グーグルのサービスに接すると、すべてが米国のグーグル社の手の内に把握されてしまう懸念があるので、プライバシーの公的保護を求めたくなるのは当然のことです。こうした流れを受けて、今年2月23日、オバマ大統領名で「消費者プライバシー権利章典」草案が公開されました。この内容は、個人情報保護の問題を、名前のとおり消費者のプライバシー保護という事業者の業界内の扱いとして、事後的な拒否の申し出(オプトアウト)をベースに、追跡拒否(Do not track)の考え方を取り入れたもので、米国の競争力を強めるべく産業振興を狙いとしていると思われます。さらに、米国の法制上見られることですが、米国州法で域外適用となるケースも想定されるので個人情報を扱う日本企業には注意が必要です。

他方、今年1月にEU欧州委員会は「EUデータ保護規則」提案を公表して、EUにおける個人情報保護の姿勢強化を打ち出しました。米国とは対象的に、産業振興ではなく欧州の伝統的な理念に基づき人権保護の立場から、個人情報収集の事前同意(オプトイン)をベースに、忘れられる権利(Right to be forgotten)を取り入れることを打ち出しています。このように米欧の対立には厳しいものがあると一見思われるのですが、その一方で公表後の3月19日には既に米国ブライソン商務長官と欧州委員会レディング副委員長との間でプライバシー問題について協力して対応を進めていく方針との共同声明が行われているので、これからの両者の動向が注目されます。この分野の権威である堀部政男一橋大学名誉教授の言葉をお借りすれば、まさに“プライバー外交”(朝日新聞2012年4月1日朝刊記事「国境越える個人情報 守れ」)が展開されています。残念ながら、中国政府には気配りするグーグル社も日本では裁判所の命令にも服さない現実があります。個人情報の保護法制こそ、ルールメーキングとエンフォースメントを同時に進行させるべき領域なので、関係者は比較法検討を駆使して日本の立ち位置を早期に確立しておかないとグローバル競争上、手遅れとなりそうです。今年3月のグーグル社のプライバシーポリシーの一本化に対して、総務省と経済産業省とが連名で文書で申し入れを行う(2月29日)という従来考えられなかった行動がみられました。こうした共同行動がさらに進められ、ICT産業界も足並みを揃えて法制と産業・経済両面から国益に合致した行動をとるべき時です。そうでないとグローバル市場では、ビッグデータ処理やクラウドサービスで生き残ることは困難でしょう。

以上、普遍的なコーポレート・ガバナンスの取り扱いから、ICT産業とサービスに関わる法制までを取り上げてみましたが、いずれの場合も最近は内向きの議論、利害調整の対応が目立ちます。ここは原点に立ち戻ってグローバル市場を見通して外国法を学び、法制比較を広く行って米欧の先を行く理論構築を図り、状況変化に対応して国益を守り進められるようそれぞれの法制整備を確立する時であると思われてなりません。

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