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2012年9月6日掲載

民法(債権法)改正論議と「約款」の法制化
−ネットビジネスとの関係−

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契約法を中心とした民法の抜本改正については、2009年10月に法務大臣から法制審議会に諮問がなされ、同年11月24日に法制審議会民法(債権関係)部会(部会長 鎌田 薫 早稲田大学総長)第1回会議が開催され、現在まで精力的な議論が続けられています。この間、昨年5月には、「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」が公表され、既にパブリックコメント手続きを経て、来年2013年2月の中間試案の取りまとめに向けた審議に入っています。

我が国の民法は、特に第3編債権関係については、一部の部分的な見直しのみで、条文表現を現代語化した以外、明治29年(1896年)制定当時のままです。債権関係の民法改正の目的は、(1)制定以来の社会・経済の変化への対応を図って現代化し、法的インフンとして整備することと、(2)100年余の間に実務が確立したルールを明文化して国民一般に分かりやすいものとすることです。改正分野は契約関係等非常に多岐に渉り、かつ、法律文面の専門性が高いので一般の関心が低く、法学者や弁護士、企業法務関係者など狭い範囲での論議に止まっているのが実情です。ただし、改正対象となる分野は非常に広く企業実務や消費者取引にも影響を与えるものが多いので、ICT分野からもサービスの提供者と利用者(消費者)の両サイドの視点から注意を払っておく必要があります。

今回の改正は、主として判例(裁判実務)上、確立したルールを明文化しようとするものであるだけに実務上変更しなければならないものは多くありません。しかし、少数ではありますが新たなルールの創設やルールの変更を伴う論点もまた、含まれています。なかでも、企業法務上、消費者取引上問題となるのは「約款」の問題です。約款についての規定をおく議論は新しいルールの創設の典型例となっています。

そもそも我が国の民法には、約款に関する規定は存在していません。現代社会において、約款は、鉄道、バス、航空機等の運送約款、各種の保険約款、銀行取引約款、また電気や通信などの公益事業サービスを含めて市民生活上の幅広い取引で利用されています。約款は大量の取引を合理的、効率的に行うための手段として、現代の社会で重要な役割を果しています。他方で、約款となると相手方が内容を知る機会が乏しく、相手方の利益が害されるおそれがあるとの指摘もあります。

ICT分野においても、電気通信事業に関しては電気通信事業法上、提供する役務について約款の主務大臣への届出や認可が義務付けられ、約款そのものの営業所での掲示とインターネットでの公表義務が規定されています。しかし、通信以外の分野、例えばICTを活用した上位レイヤサービスやSNS(ソーシャル・ネットーワーキング・サービス)、クラウドサービスでは必ずしも通信事業とはならず、また、国外からのサービス提供となっていて、こうした業法上の約款規制は及んでいないものが多くなっているのが実情です。利用者(消費者)の立場からは、契約上は消費者契約法上の保護対象ではあるものの、そもそも約款の取り扱いが不透明であることは残念ながら実態でしょう。ICT分野では、いろいろな新サービスが大小数多くの事業者によって提供され、さらに外国の事業者によって運営されるケースも多いことから、約款の扱い、例えば、約款を契約とするための要件(組入要件)や約款を契約締結後に変更することの可否、効果等が明確でないなど、民法上規定が存在しないことに由来する実務上の問題は多数あります。

ICT分野では契約行為も約款の開示(掲示)もインターネット上のクリックひとつでなされる場合が多いので利用者(消費者)からすると契約合意にあたっての約款の取り扱いの透明性が何より重要なことです。外国の事業者との契約取引となるケースが増加している今日、グローバル化を意識した法的インフラとして整備しておく必要があると考えます。電気通信事業法などの業法の規定によって、歴史的に企業実務上約款を契約して安定的に取り扱ってきた業界においては、何を今さら実務面で問題がないのに法制化によって法務コストが発生するだけではないか、との批判があるのも事実です。また、消費者契約法の規制も実務上厳格に裁判などで解釈運用されているので、利用者(消費者)保護上も企業実務からは法制化の要請はなく現状を改める必要はないとの意見は多くあります。

しかし、ICT分野では、最近特に、スマートフォンからの個人情報の漏洩やデータセンターでのデータ消失事故などが頻発しているので、利用者(ここでは消費者だけでなく契約相手方事業者も含めて)保護のために約款の法的扱いを明確にしておく必要性は高まっていると思います。特に個人が利用者(消費者)となるケースが圧倒的に多いスマートフォン経由の契約の場合、個人情報の収集や利用について、ワンクリックで「同意する」を押しただけでよいものか、約款としての開示(掲示)はどこまで必要なのか、それを後から取り消す場合の明示はどうするのか、さらに一度定めた約款をサービスプロバイダ―が変更する場合の措置基準をどうするのか、など現代のスマートフォン時代、クラウド/ビッグデータ時代の約款に関する課題は非常に多く存在しています。

ICT産業では日々、新サービスが生まれ、一方で消えていくダイナミズムが市場の特色となっています。約款による規制が強過ぎると、現在、日本のインカンバントな通信事業者が対象となっている非対称規制(具体的には届出や許可の際の約款上で規制)の場合のように、国内外及び業種による取扱いの差が強く表れて、自由な新サービスが展開されにくくなるケースもあり得るので注意を払う必要があります。ただ、利用者(消費者)の立場からは、個人情報の保護や利用者利便などさらなる業界の健全化が望ましく、約款の法制化を求めたいところです。また、大小さまざまな事業者が取引に参入しやすい環境にあるので、事業者間の契約取引においても約款の取り扱いの明確化が必要ですし、このことがICT産業全体の健全な発展に繋がると考えます。


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