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2013年4月16日掲載

映画「プラチナデータ」とビッグデータ

(株)情報通信総合研究所
法制度研究グループ部長
小向 太郎

東野圭吾の近未来小説「プラチナデータ」が映画化された。原作に付けられた帯には、映画とのコラボレーションで書き始めたものが一度は挫折して、映像化を考えずに小説として仕上げたと書かれている。本作は、それをあらためて映画化したものということになるらしい。

警察庁主任分析官の神楽龍平は、国民の遺伝子情報から犯人を特定するDNA捜査システムが社会のためになると信じて、強力に導入を推進してきた。解析に使うプログラムを開発した蓼科早樹が殺され、現場に残された髪の毛をDNA解析すると、神楽自身のものであると表示される。自分の無実を証明できない神楽は、逃亡者となりDNAシステムを巡る謎を追いかけていく。

二宮和也演じる神楽は、国民の不安を根拠のないものと一笑に付し、犯人の血縁者が捜査の過程で差別される危険さえ、「そのことの何が悪いのか(東野圭吾『プラチナデータ』幻冬舎文庫、2012 55ページ)」と切って捨てる。DNAで全てが決まるという信念と、自分が進めてきたシステムに対する自信からでた言葉である。しかし、ブラックボックスに運命を委ねることの恐ろしさを、彼自身が体験することになってしまう。足利事件を思い起こすまでもなく、一般の人には中身の分かりにくい科学的手法を、客観的な評価を十分行わずに盲信するのは危険である。

ところで、殺人の被害者になる蓼科早樹は、膨大な数のDNA情報を完全に暗号化したまま高速かつ正確に処理する手法を編み出した天才数学者である。その役割は、最近注目されるデータサイエンティストを想起させる。「これからの10年におけるセクシーな職業は統計家(グーグル社チーフ・エコノミストのハル・ヴァリン氏)」という言葉とともに、ビッグデータの推進役として紹介される職業だ。

従来からある統計解析手法を用いたデータ分析が、ビッグデータと呼ばれて最近注目されている理由は二つある。一つは、処理能力の向上である。コンピュータのハードウェア能力が飛躍的に高まり、並列分散処理やオープンソースによる処理手法が確立したことで、従来は不可能だった膨大なデータ処理が可能になった。二つ目は、データ収集が容易になったことである。例えば、スマートフォンにはGPSをはじめとする各種センサーが内蔵され多くの情報を自動的に収集できるし、SNSでは利用者が意識せずに大量の情報を発信している。膨大なデータが半ば自動的に収集できるようになったのである。そして、収集と解析が容易になったことで、例えば、サンプル調査ではなく全数調査が実施できる場合もあるだろう。

収集できるようになった大量の情報には、利用者個人に関する情報も含まれる。こうした情報を本人の意思に反するような形で使うことは、プライバシーや個人情報保護の観点から問題となるだけでなく、利用者からの反発を受ける場合も多いであろう。危険なデータ集積はDNA情報だけで起こるものではない。

また、ビッグデータが役に立つ例としては、都市計画における統計情報を利用した交通の効率化や防災対策、医療分野における診療情報や行動履歴を利用した医療最適化や創薬への活用が挙げられることが多い。これらの分野は、比較的目的や有用性が分かりやすい。しかし、最近の取り上げられ方を見ると、一部にビッグデータの活用で何でも分かるような誤解があるようにも思える。特に、企業が使う場合には何が分かると企業にとって有益かということを明確にする必要がある。

企業によっては、自社のビジネスにとってデータ解析が決定的に重要となる業種がある。流通業界におけるPOSデータなどはその典型であろう。しかし、こうした企業は、ビッグデータが注目される以前から、徹底的にデータを活用してきている。そしてビッグデータによって可能になる全数調査は、有意な結果を得るために必ずしも必要ではないという指摘もある(西内啓『統計学が最強の学問である』ダイヤモンド社、2013)。

新たに得られるデータを分析する際にも、どんな解析結果を導き出せば経営課題の解決になるのかを提示できるものでなければ意味がない。20年以上前の話になるが、経営情報システム(MIS;Management Information Systems)や戦略情報システム (SIS、Strategic uses of Information Systems)が注目されたときも、このような視点を持って情報を活用した企業だけが効果を上げた。どのようなデータも、データ自体が自動的に役に立ってくれることはない。ビッグデータも、もちろん例外ではないはずである。

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