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ICR View
2013年6月12日掲載

モバイルファーストのすすめ

(株)情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

ICT産業分野において、モバイル通信サービスの進展は著しく、既に回線の契約数では固定通信サービスを大きく上回っています。これは最近、大きな伸びを示しているブロードバンドにおいても同様の現象で、モバイルのLTE(最近では4Gと呼ばれることが多い)が固定の光ファイバー契約数を上回って普及しています。利用者の立場からは、光ファイバーを含めて固定通信サービスは家族皆で使うもの、オフィス全員で使うものであるのに対し、モバイル通信サービスは、家族用であれビジネス用であれ、あくまで各自個人が使うものという違いがあります。この結果、モバイル通信サービスの人口普及率は全世界で100%近くにまで達するようになっています。

通信事業者の事業活動は当然、モバイル通信サービスが中心となっており、電波(周波数)免許が複数の企業に与えられて、各国では厳しい市場競争下でモバイル通信事業が展開されています。一方、モバイル通信サービスの普及と通信速度や品質の向上を受けて、SNS事業者をはじめとする、いわゆるOTTプレイヤーも、モバイル対応を強化する動きが活発化していますし、既存のインターネット・ポータル提供事業者もまた、モバイルを強化しています。企業向けのソリューション・プロバイダーも、エンタープライズ・モビリティと称して、企業のモバイル化を支援するソリューションを提供するようになっています。エンタープライズ・モビリティの分野では、IBMとアクセンチュアの活動が目立っており、特にIBMは「IBM MobileFirst」を発表して、モバイル・ソリューションのポートフォリオに取り組んでいます。毎度ながら、課題の先取り、時宣を得た問題設定、そして身のこなしの早さは見事なものです。米国では、こうした動きを受けて、通信事業者のAT&Tやベライゾンも今後の戦略のひとつにこのエンタープライズ・モビリティを取り上げています。モバイルを中心としたサービスや業務システムの潮流に注目です。

ここで通信事業者のモバイル通信サービスを巡るこれまでの動きや変遷をみてみると、必ずしも一義的にモバイルファーストとは言えないようです。元々、各国で独占的に通信事業を営んできた、いわゆるインカンバントな通信事業者は、当然、固定通信サービスから発展してきましたので、イノベーションや経済情勢の変化、競争原理の推進などから、民営化・競争化が1980年代に各国で国策として進められて競争市場の一員となりました。ちょうどその頃、無線通信のセルラー方式が開発され普及し始めていましたので市場競争導入の流れから、電波(周波数)免許が4〜5社に与えられて、モバイル通信サービスはそもそも初めから競争下で拡大してきた歴史をもっています。その時に、インカンバントな通信事業者も電波免許を得てモバイル通信サービスに参入しましたが、多くの先進国では通信サービスに市場競争の導入を図る規制当局の政策によって、固定通信事業から分離した子会社の形態が取られました。欧米や韓国・日本など通信先進国では、こうしたモバイル通信事業の分離子会社が急速に成長・拡大し、固定通信事業中心の親会社を凌駕する規模になったことは周知のとおりです。この分離子会社は、親会社から離れて次第に独自性を身に付けるようになって、フランステレコムのオレンジ、スペインのテレフォニカモビレス、AT&Tモバイル、韓国のKTフリーテル、そしてNTTドコモがその例です。これらの上場子会社もその後の固定とモバイルのサービス融合、一体運営の流れ、規制環境の変化などから、時を経て再度統合されて今日に至っていますが、我が国のNTTドコモだけが例外で分離されたままですし、かつ、サービスの融合や一体的な運営が事実上規制されたままです。

通信事業への競争導入を目指した政策当局は、まず固定通信サービスにおける設備競争を図ってきましたが、設備建設の困難性からあまり進展せず、時代とともに回線や設備の開放、接続による競争導入に力点が移行していきました。この間に、前述のようにモバイル通信市場では十分な設備競争が進められていましたので、規制当局には固定通信サービスとモバイル通信サービスとの競争の意識が目芽えて、モバイル分野の分離子会社化が進められたものと考えられます。しかし、冒頭のように市場では既にモバイル通信契約者が圧倒的に多く、個人化とモビリティの性質上、市場としてはモバイル側に軍配が挙がっています。従って、先進各国では、今度は逆にモバイル子会社の統合が進められて、新しい融合下における競争が見られるようになった訳です。ここにモバイルファースト/エンタープライズ・モビリティの本質があるのです、

モバイル通信サービスでは無線技術の進歩が速いので、イノベーションが進み、競争市場の革新性から既に通信速度や通信品質面で固定の光ファイバーに追い付こうとしています。その上、スマートフォンやタブレット、センサーといった新しい形のデバイスが数多く登場し、様々なソリューションを生み出しつつあります。それをソリューション・プロバイダーがサービス化して、新しい事業領域としているのです。まさに、モバイルファーストが時代の流れだと感じます。

ところが、1980年代には民営化・競争化に向けて時代に先懸けて取り組んだ規制当局が、こうした大きな時代の変化に取り残されてしまっているのではないかと懸念しています。EUでは相変わらず、回線の接続料が中心的話題ですし、光ファイバーによるブロードバンド化に力点を置いた政策が多く見られます。日本でも、ブロードバンド化の議論となると、どうしても光の道が取り上げられて、無線中心・光の道で補完(支援)といった大きな構造転換が議論されることはあまりありません。ブロードバンドだけではなく、基盤的な面でも、全国にあまねく公平かつ安定的に提供する責務が定められているのは、NTT東西会社の電話サービスとされています。契約者が毎年300万規模で減少し続けていて、契約数全体がモバイル通信契約の4分の1以下になっている固定電話(加入電話+ISDN)が国民利用者のためのユニバーサルサービスと規定されているのです。構造改革としても成長戦略としても検討が求められます。
現実には、国民利用者個人としてはモバイル通信サービスをたよりにしているのは明らかです。実際の普及を考えれば当然です。こうなると少なくとも人のいるどの家でも、どのオフィス・事業所でもモバイル通信サービスが利用できることが、やはり最重要課題だと思います。その上で、さらにモバイル・ブロードバンドの取り組みが進められることが必要です。

モバイル通信サービスのエリアカバーを全国津々浦々に確保するためには、無線基地局を確実に全国に展開することが要求されます。モバイルファーストの考え方に立てば、キーワードは光の道ではなく、無線の道/モバイルの道となります。基地局アンテナの建設と運用をいかに効率的に展開するか、低コストに活用できるか、これこそ日本の通信インフラの国際競争力向上につながるものでしょう。基地局アンテナの設置・運営を低コストで効率よく進める方策は、共用アンテナを進めることではないでしょうか。これこそ国策をもって進めることを検討してはどうかと考えます。700−900MHz帯のプラチナバンドの免許と活用が話題になったところですが、通信トラフィックの増大は映像サービスの進展により、今後より一層急速に進んでいきます。電波(無線周波数)は有限の資源であり、まだ利用されていないさらに高い周波数帯に利用対象が広がっていくことになります。周波数が高くなればそれだけ電波の到達距離は短くなり、届きにくくなりますので、基地局アンテナはモバイル通信会社が現在保有しているものでは足りなくなります。さらに継続して基地局アンテナを設置・建設し続ける必要があります。

共用する基地局アンテナの建設にあたって、土地利用の規制緩和、共用アンテナの固定資産税の減免、共用アンテナの投資減税、共用アンテナの建設・運用機関の創設など、新しい成長戦略をモバイルファーストに則って進めることを望みたい。少なくとも、固定側の光ファイバーのエリアカバー確保とモバイル側のLTEのエリアカバー展開とが政策的に、事業的に協調して進められることを期待したい。各種の法制度、政策運営、事業者の体制なども根本からモバイルファーストで見直してみる必要がありそうです。

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