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2013年9月5日掲載

センサーを利用する個人向けM2M型クラウドサービスの開発の加速を〜スマホのセンサーセントリックな方向への進化「ウェアラブルコンピュ―タ」の意義

(株)情報通信総合研究所
経営研究グループ部長 
市丸 博之

零戦とガラケーの栄光と没落

今年の夏は、零戦の設計者を主人公とした宮崎駿のアニメ「風立ちぬ」の公開を契機にTVや雑誌では零戦特集が多く組まれた。そこでの論調は日本の航空技術史上の輝かしい成果としての零戦である。零戦は低馬力エンジンというハンディを、「技術上の様々な創意工夫の努力」による徹底した機体軽量化により克服し、防弾は犠牲にしつつも速度・武装・航続距離・運動性で当時世界最高水準の性能を実現した(1940年)。零戦が人々の関心を呼ぶのは、長年のデフレからの脱却への期待が高まる中、ものづくり日本、日本製造業の復権への期待の表れであろう。

一方ICT業界では、iモード携帯(いわゆるガラケー)の二つ折型端末で名をはせたNECのスマートフォン(スマホ)からの撤退が伝えられた。またガラケー向けSNSゲームで成長著しかったGREEなどネットゲーム事業者の業績も急速に悪化している。これら事業者の苦境は、サムスンなどと違いスマホへの対応が遅れたことが原因と言われる。

小型ディスプレイというハンディをNW側で解決し携帯独自ながらインターネット利用を世界で初めて実現したiモード携帯(1999年)の、この栄光と没落の歴史は、高馬力エンジンを生かし防弾のみならずほとんどの性能で上回るグラマンF6Fの登場(1943年)でその栄光に終止符が打たれた零戦のそれに重なる。

「形状」から見た「ウェアラブルコンピュータ」のセンサーセントリックな性格

しかしそのスマホも普及が進み、需要の盛況も後2年かとも言われる。そうした中、来年にも一般販売と言われる「グーグル・グラス」や「i Watch」などの「ウェアラブルコンピュータ」が注目を集めている。

この「ウェアラブルコンピュータ」の持つ意義を、軽量化の追求が設計者自ら美しいと評する零戦のスマートな形状を生み出したように「形状は機能に従う」との観点からスマホとの比較で検討してみるならば、 まずスマホでの主に利用される機能はインターネット接続(インターネットセントリック)であり、ゆえにその形状は通話よりもコンテンツ視聴に適した「ディスプレイ」そのもののプレート型となった。そして利用コンテンツ(書籍や映画など)の種類に応じ、スマホはタブレットやスマートTVなどスクリーンサイズを拡大する方向で進化している。

一方「ウェアラブルコンピュータ」の形状はメガネや腕時計など、「ディスプレイをもつ装身具」型で、そのディスプレイはスマホの進化の方向とは逆で、通話に適した受話器型(通話機能セントリック)のガラケー並みに小さくインターネット視聴には使いづらい。このことから「ウェアラブルコンピュータ」の主な利用機能は、「インターネット視聴」よりは、「センサー制御機能(外部接続センサーを含む)」であると判断される(センサーセントリック)。実はスマホOSはバージョンアップの都度、計測できるセンサーの種類を増加させて来ている。その意味で、「ウェアラブルコンピュータ」はスマホのセンサーセントリックな方向への新たな進化形とも言えよう。(注1)

「ウェアラブルコンピュータ」と「完全自動運転車」に共通する意義

「ウェアラブルコンピュータ」は、端的に言えば自動車の「車載」センサーの場合と同様、生体センサーなどを含む各種センサーのウェアラブル(常時「体載」)化により、「体内部を含めた人間の活動の常時自動センシング」を可能にする。これはIoT(Internet of Things)ならぬ人間をいわば「センサーネットワーク端末化」にするものであるが、逆にこの常時センシングデータを利用した各種遠隔サポートなど、従来は建機や医療機器などの機械の遠隔保守サービスが中心だった「M2M型クラウドサービス」を個人向けに拡大・多様化できることを意味する。(注2)

そしてこのことは自動車業界にとって、「究極の安全技術」だけに止まらずハードウェア中心の自動車ビジネスモデルそのものの変革を迫る「完全自動運転車」の意義(「製造業のサービス産業化」)と同様、ICTサービス産業自体の「クラウド産業化」の中期的な流れに繋がるものである。(注3)

「センサー」を利用する「個人向けM2M型クラウドサービス」の開発加速を

グーグルは、今年4月より「グーグル・グラス」のAPIを公開しているが、現在米では毎日のように新アプリのニュースが出ている状況という。

「ウェアラブルコンピュータ」の早期の普及には疑問視する向きも多いが、それが中期的な「ICT産業のクラウド産業化」の流れに沿うものであるならば、日本のICT関連企業は、スマホの轍を踏まないためにも、「ウェアラブルコンピュータ」を契機とした、新たなセンサーデバイスや、センサー利用を前提とするゲームなども含めたアプリや遠隔サポートサービスなど、様々な「個人向けのM2M型クラウドサービス」の開発の更なる努力を怠るべきではない。(注4)

(注1)今年6月グーグルは、グーグル・グラスへのカメラを用いた画像認識アプリの搭載を、プライバシー侵害の危惧から当面禁止すると発表した。この事象はウェアラブルコンピュータのカメラのセンサー的性格をよく表している。

(注2)グーグル・グラスは現在のところインターネット接続はスマホ経由である。また
「グーグル・グラス」ではスマホとは違い、アプリそのものはデバイス側ではなくクラウド側に配置される。
「グーグル・グラス」で採用された仮想の大画面を可能にするヘッドアップディスプレイは、眼精疲労等の問題から今までのところ一般への普及は進んでいない。

(注3)アンドロイドOSでは加速度センサーや地磁気センサーなど10種類以上のセンサーをサポートしている。ただしスマホがこれらセンサーをすべて搭載しているわけではない。一方iOSはiPhone等搭載のセンサーのみサポートしている。この違いは、「世界中の情報を整理し、あらゆる人が入手・利用できるようにする」という目標に向けたデータ収集のため、アンドロイドOSの無償配布により、スマホのみならずあらゆるものに通信機能付きセンサーを搭載するというグーグルの狙い(IoT戦略)がある。グーグルの「完全自動運転車」も「グーグル・グラス」も、このIoT戦略の一環であると考えられる。

(注4)自動車ではその走行制御の他の情報通信システムを含めるとすでに一台あたり150個以上のセンサーが搭載されており、走行に関わる様々な内部機器がマイコン(「組み込みソフトウェア」)チップで自動制御されている。さらに最近ではGPS、カメラやレーダーなど車外環境認識センサーが加わる。これらセンサーからの走行情報はカーナビやスマホによりクラウド(DC)側に通信回線で常時送られ、渋滞情報サービスや(建機や農機では、遠隔保守サービス)に活用されている(「M2M型クラウドサービス」)。またそれらデータは異業種他社に販売されて、運転履歴で料金の決まる損害保険契約など新たな付加価値サービスを生み出している。(「ビックデータ流通」)。
この例に習えば、ウェアラブルコンピュータの場合も例えば生体センサーによる24時間の体調モニタリングが可能であり、車の遠隔保守サービスの場合と同様に、それらデータに基づく健康管理サービスや、さらにそれらデータに基づいて料金の決まる生命保険サービスなどの個人向け「M2M型クラウドサービス」が想定される。

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