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内外価格差の家計支出への影響

(1998.3)


  1. はじめに
  2. 内外価格差の状況
  3. 内外価格差による支出への影響額の算出
  4. 内外価格差による支出への影響額の分析
  5. まとめ
  6. あとがき

1.はじめに

 戦後日本経済は急速な発展を遂げ、国民の生活水準も戦前から比べれば確かに着実に向上してきたが、生活の豊かさを欧米諸国と比べたとき、日本の経済力から見ると豊かさが実感できないという意見も強いことが国民生活白書でも述べられている。ドル建ての一人当たり国民所得(為替レート)は1995年には米国の1.3倍で主要国の中ではスイスなどに続き高い水準を維持しているものの、購買力平価換算では逆転し、主要国の中では低い水準になってしまう。為替レートでは所得の高い日本が、実際の生活では豊かさを実感できない主な原因として他国に比べ物価が高いという内外価格差があげられている。

 内外価格差については電気通信利用料金において自由化が進んでいる米国と日本との比較がよく報じられ、他にも土地、住宅、食料品、各種サービス等あらゆる分野に存在しており、「物価レポート」(経済企画庁物価局)等で個々の品目や費目毎に調査されている。

 これに対し例えば、通話料金、タクシー料金、電力料等個々の品目毎に内外価格差を論じて、規制緩和、円高差益の還元、構造改革等価格差を縮小する努力が各方面でなされてきた。「物価レポート‘97」(経済企画庁物価局)によれば、ニューヨークと東京の内外価格差は、総合で1995年の1.59倍から1996年には1.33倍と縮小した。しかし、総合では縮小したものの、実際にそれだけ生活が豊かになったのかという実感には程遠いのではないか。

 そこで、内外価格差と生活の実感とを近づけるためには、内外価格差によって一般家庭の家計にどの程度の影響があるかといういわば消費者としての視点から評価することより、生活の実感として捕らえることができるのではないかと考え、分析することとした。ここでは内外価格差によって家計にどの程度の支出増があるのかという消費者としての視点から整理し、品目、費目別に内外価格差の重要度を明らかにする。

 内外価格差による消費支出増が大きな項目は、もし内外価格差が縮小すればより効果的に支出減につながり、家計に大きな余裕ができる。そのぶんよりよい学校教育や医療が受けられ、いい服、いい車、広い住宅が手に入り、国内の旅行も気軽に楽しめ、より豊かな生活につなげることが可能になる。

 もっとも、これら消費支出が抑えられ、より良い品(サービス)が手に入ることにより得られる生活の豊かさは、物質的な豊かさが中心となっている。生活の豊かさは物質的な豊かさだけでなく、むしろ家庭、文化、安全、環境といったことから論じられるべきものであると筆者も考えるところである。しかし、ここでは統計的に具体的に金額として比較することを主眼とし、主観を排するよう努めたい。


2.内外価格差の状況

 内外価格差の状況は「物価レポート‘97」(経済企画庁物価局)をはじめ、各省庁から報告されている。これらのデータはその時々の為替レートによって算出されているため、1998年2月末現在の為替レートによって再計算したものを表1に示す。
(厳密には為替レートが変化すれば、いずれ物価も変化するが、ここでは簡易的に内外価格差を為替レートにスライドさせて現在の内外価格差とする)


3.内外価格差による支出への影響額の算出

 見かけ上内外価格差が小さくてもたくさん消費している場合は支出への影響が大きく、逆に内外価格差が大きくてもほとんど消費していない場合は支出への影響は小さい。このように消費者の立場から正当に内外価格差を評価するための指標として、内外価格差の絶対値だけでなく、内外価格差により消費者が余分に支出している金額を算出する。

 まず、品目iに年間ai 円支出している場合、もし、内外価格差αi 倍がなかったならばbi 円ですんでいるはずだとすると、その関係は、次式で表される

  ai=αii

 従って、この品目iの内外価格差により消費者が余分に支出している金額 Xi 円は、次のようになる。

  Xi=ai−bi

   =ai-aii

    =ai(1-1/αi

 各品目別の家計支出の状況は「家計調査年報(1996)」(経済企画庁)のデータを利用した。支出はマイホームを持つ持ち家世帯(住宅ローン返済世帯)か借家世帯(民営借家)かで支出割合が大きく異なる部分があるため、このデータがある勤労者世帯の持ち家世帯と借家世帯別にとりあげた。各支出項目別の支出と、@で求めた内外価格差による支出増を表2にまとめた。内外価格差のデータのある品目が全支出品目の一部しかないために、ここでは極力両者を整合させながら、内外価格差が不明なものは不明として整理している。また、持ち家世帯のマイホームに対する支出としては、「土地家屋借金返済」の支出項目を利用した。


4.内外価格差による支出への影響額の分析

 表2では支出の中で内外価格差が判明している支出の割合は勤労者全世帯平均で金額的には50.2%にとどまった。これは、非消費支出(租税)、その他の消費支出(こづかい、交際費)、自動車等関係費等の内外価格差が不明であることが影響している。今回の分析ではこれらの分野については分析の対象外としている。

 まず、総額を見てみると、勤労者平均では内外価格差による負担額は年間650,454円にのぼり、これは内外価格差が判明している支出の22.9%を占める。これは持ち家世帯ではもっと深刻で内外価格差による負担額は年間1,297,344円にのぼり、これは内外価格差が判明している支出の34.0%を占める。

 どの項目が影響を与えているかを見るために、内外価格差のランキングを表3、家計支出への影響額のランキングを表4(持ち家世帯)、表5(借家世帯)、表6(借家世帯)に示していく。

◆◇◆

(1)内外価格差の倍率での分析
 表3の内外価格差の倍率だけで議論すると、マイホーム取得に伴う支出項目に相当する「土地家屋借金返済」が一番大きく5.65倍と2位の「給排水工事費」2.75倍の倍以上差があり大きな問題であることがわかる。続いて「語学月謝」、「ガソリン」という順にならんでいる。購買力平価が145円(1996年)程度であることから、万一為替レートが145円程度になれば内外価格差が消滅してしまうのが、現在約1.15倍の内外価格差であることを考慮すると、16位の「交通」1.16倍以上のものは全て内外価格差解消のための取り組みが必要であると言えよう。

◆◇◆

(2)支出への影響額での分析1 −土地家屋借金返済(勤労者持ち家世帯)

−マイホームで年間100万円近くの負担増−
 現在、内外価格差が、実際にどの程度支出の負担になっているかを金額でみると、表4の持ち家世帯では、土地家屋借金返済が、内外価格差が5.65倍と大きな上に支出も多いために974,037円と実に全体の75%を占めており、内外価格差の倍率以上に極めて大きな負担であるかがうかがえる。他の項目すべての内外価格差を解消してもなお75%の負担が残るという状態である。
 なお、土地家屋借金返済支出には金利によるもの等も含まれていることにも留意する必要がある。
 2位の食料品以下は(4)勤労者全世帯でまとめて分析する。

◆◇◆

(3)支出への影響額での分析2 −家賃地代(借家世帯)

−家賃で年間約23万円の負担増−
表5の借家世帯(民営借家)では、家賃地代が、234,204円と全体の47%と半分近くを占めており、これが大きな負担であることがうかがえる。2位の食料品で約1/4、残りの3位以下で1/4を占めている。
 2位の食料品以下は(4)勤労者全世帯でまとめて分析する。

◆◇◆

(4)支出への影響額での分析3
  −土地家屋借金返済、家賃地代以外の分析(勤労者全世帯)

−食料品で年間約15万円の負担増−
 土地家屋借金と家賃地代以外のものについては持ち家世帯と借家世帯では支出割合に大きな差はみられないので勤労者世帯全体の平均で分析する。内外価格差のデータには、食品の中でも米、牛乳といった細かい品目のデータもある。支出のデータでは細かな品目のデータは全世帯のものしかない。しかし、勤労者世帯と全世帯の支出データと若干の差はあるもののここで分析するにあたってはあまり問題にはならない程度なので、もう少し細かな品目についても全世帯のデータを用いながら、それぞれ分析を追加してみる。

  • 2位 食料品
     内外価格差の順位は14位だが、食料品は毎日のものだけに支出への影響はとても多くなる。内外価格差による支出増の23.2%を占めており、3位の被服及び履物と比べ倍程度の開きがある。
     食料品について品目個々に内外価格差が判明している主なものを参考として表7に示す。内外価格差が判明していない食品の支出が681,267円と81.3%を占めるが、内外価格差が判明している主なものだけで内外価格差による支出増の41.8%を占めている。
    (全世帯の支出データのため支出金額は勤労者世帯と若干の相違があるが、支出割合はあまり変わらない)

    食品で1位 米
    米だけでも30,102円と食品の支出増の18.3%を占める。金額的には全体で6位であるガソリンと同程度である。

    食品で2位 ビール
    ビールは酒類の中では6割近くの支出を占める(以下清酒、焼酎、ウィスキー、ワインの順)。支出増の金額的には全体で9位の上下水道と同程度である。
     食料品で内外価格差によって1万円以上の支出増がある品目はこの2品である。
     この他の肉類、魚介類、その他の野菜、菓子類、調理食品についてはここでは内外価格差のデータがない。

  • 3位 被服及び履き物
     内外価格差の順位は12位とそれほど突出してはいないが、75,221円で支出増の3位という結果が出た。

  • 5位 エネルギー
     内外価格差の順位は11位とそれほど突出してはいないが、61,115円で支出増の4位 という結果が出た。
     エネルギーについて主なもので内外価格差が判明しているものを表8に示す。
    (全世帯の支出データのため支出金額は勤労者世帯と若干の相違があるが、支出割合はあまり変わらない)

     ガスの方が支出は少ないが、内外価格差による支出増は電力の3倍ほどあり、ガスだけで6位のガソリンと同程度の支出増がある。
     電力は内外価格差による支出増は11,983円と新聞による支出増と同程度である。
     ガス、電力共に為替レート変動を料金に反映させる制度ができてはいるが、この制度は円高になって内外価格差が拡大してからできたものであり、元々の料金が高いと言わざるをえない。
     さらに電力料金にはこの他に原子力発電の廃棄物処理負担費用が含まれていないなど隠れた問題がある。

  • 6位 ガソリン
     内外価格差では4位のガソリンは支出増額でも6位の33,453円という結果が出た。ここ10数年来あまり値上がりしていないのだが、まだまだ米国に比べたら内外価格差は大きく、支出に与える影響も多い。7位の国内パック旅行との間には倍近い開きがある。

  • 7位 国内パック旅行
     内外価格差6位、支出増額7位という結果が出た。

  • 8位 外食
     内外価格差では17位の1.11とあまり差はないが、支出増額としては17,338円で7位にランクされた。年間で1万5千円以上の負担ということは、内外価格差がなければ、家族であと1,2回外食に行けることになるだろう。

  • 9位 上下水道
     内外価格差では13位、支出増額としては14,147円で8位にランクされた。

  • 10位 交通
     13,484円の支出増という結果が出たが、諸外国では電車、バスには国、公共体から補助が出ている場合がほとんどである。この点を考えると、交通費として日本では余分に支払っていると分析したものも、米国では税金で(それ以上を?)支払っている可能性もある。

  • 11位 映画・演劇等入場料
     13,154円の支出増という結果で文化/教養に関わりの深い項目では新聞と並んで最も負担が大きい。

  • 12位 新聞
     新聞は一部の地方新聞で大手新聞と価格差をつけているものがあるものの、米国に比べれば約1.5倍もの価格であり、年間12,273円の支出増を読者に支払わせていることになる。金額的には電力、ビールといったものと同程度の問題であるにもかかわらず、あまり内外価格差縮小について問題になっていないといえよう。

     以上、12位までが内外価格差によって年間1万円以上の支出増を消費者が負担しているものである。

     逆に日本の価格の方が安く、内外価格差により1万円以上消費者が利益を得ているものは、「保険医療」、「教育」、「通信」の3つである。このうち「保険医療」、「教育」は医療制度、税金による補填がなされていることに留意する必要がある。「通信」は過去内外価格差問題でよく取り上げられていたが、すでに逆転している。

  • 5.まとめ
    −国民全体ではガソリンや米は約9,000億円の負担−

     円安傾向だからといっても、まだまだ内外価格差のある品目は多く、今後も内外価格差を縮小していくことが望まれる。
     支出内訳に利用した「家計調査年表」の調査対象世帯数は約3,000万世帯(2人以上の普通世帯)である。例えば、6位のガソリンや同程度の米による年間約3万円以上の支出増というのは、国民全体では、

      3万円×3,000万(世帯)=9,000億円   (2人以上の普通世帯のみで試算)

    もの支出増ということになる。少し前に6,850億円の公的資金投入で話題になった住専関連の問題よりはるかに大きな影響を、米、ガソリン各々で毎年与えていることになる。

     内外価格差による支出増額で12位程度の新聞や同額程度の電力でさえ、全世帯平均で年間約1万2千円程度の支出増というのは、国民全体では3,600億円もの額になるのであり、これら影響の大きさを考えると、円安傾向だからといっても、まだまだ内外価格差のあって家計支出に影響の多いものは、今後も内外価格差を縮小していくことが望まれる。


    6.あとがき
    −内外価格差、為替レートの最新動向で消費者の立場から
     フェアで厳しいチェックを−

     通信については過去内外価格差があった時代からすでに現在の為替レートでは逆に日本の方が年間1万5千円程度負担減で家計が助かっているという時代に突入した。通信業界は通信自由化後のこの10数年間、事業者間の競争、規制の緩和に加え、詳細なコスト構造等各種の情報公開、業界の監視ともいうべき役割を果たしたともいえる新聞をはじめとする報道機関、また、有識者/消費者が参加する審議会といったあらゆる方策と為替レートの変動の相乗効果によって、情報通信の先進国米国に価格面で追いついたと言えよう。今後は今のモバイル、インターネットが急進している時代の世界の通信を価格面でもさらに先導していく役割に変わってきたのではないか。もっとも、平成9年の「家計調査報告速報」によれば、携帯電話をはじめ価格はさらに安くなったが、携帯電話等が使えるようになった分支出は増加している。価格は安く、便利になってたくさん使って生活が豊かになったといってもよいだろう。

     1998.2.28の東京新聞は番号案内料金が1回30円から50円に大幅値上げすることを一面トップの大見出しで報じ、経済紙面でも大見出しで解説している。消費者としてはもちろん何でも値上げは困る。これを冷静に内外価格差と支出への負担増で考えると次のようになる。
     番号案内利用回数は1世帯あたり平均年間6.6回、値上げの支出への影響額は年間132円となる。米国ニューヨークでの番号案内利用料金は1回45セント、57円(1998.2末の為替レート)で米国の方がむしろ高い。(厳密には米国では番号案内ができなくても料金を取られるが、月2回までは無料等制度が異なる)
     新聞は、消費者に年間1万円以上の負担増を強いながら、話題にすらならず、番号案内値上げによる年間132円の負担増の方だけが新聞のトップ記事になるようなる現状である。報道機関からの消費者の立場に立ったフェアな問題提起がより一層望まれるといえよう。

    (産業システム研究部 岡部 健司)
    e-mail:okabe@icr.co.jp

    (入稿:1998.3)

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