米国の地域ベル電話会社のSBCとアメリテックが、米国のM&A史上最大の620億ドルの株式交換で合併する(実際はSBCによるアメリテック買収)計画が発表されたことは、日本の新聞でも大きく報道された(日経新聞5月12日朝刊)。日経新聞の記事においても、「競争が損なわれるとの立場からの反対論も強く、買収認可がすんなり下るかは予断を許さない」との記述があったが、当研究所では今回の合併は実現するよりも、しない可能性が高いと考えている。
SBCという会社の現状を説明すると、
- SBCは1997年4月に、ベル電話会社のパシフィック・テレシスを167億ドルで買収し、1998年1月にはコネチカット州で支配的な市内電話会社である、SNETを44億ドルで買収するなど、非常に活発なM&Aにより、急速に規模を拡大しつつある。
- 事実、上記の合併の結果、
- SBCの1997年度の売上高は250億ドルとなり、全米の市内通信市場のシェアの25%を占めるにいたった。
- 合併後の新SBCの管内には、全米の10大都市のうち、7都市が含まれるなど、非常に収益性の高い市場を押さえている。
現在、この巨大なSBCに対抗する勢力として、ナイネックスを買収した新ベル・アトランティック(売上高305億ドル)が存在しているため、両社の勢力は均衡しているが、仮にSBCがアメリテックを買収すると、合計の売上高は410億ドルとなり、SBCだけが1人突出する状況となる。この合併が成立したと仮定した場合のSBCの売上高を、M&Aから取り残されたベルサウス、USウェストの売上高と比較すると、それぞれ、2倍、3.5倍という大差がつくことになる。
このようなSBCによる「1人勝ち」は、市場独占(アメリテック買収後のSBCの市場シェアは40%に達する)に対するアレルギーの強い米国では受け入れがたい状況であると思われる。
また、前FCC委員長のリード・ハント氏は、昨年の6月にAT&Tと合併しようと交渉していたSBCに強い警告を発し、「今後はベル電話会社同士の合併やAT&Tとベル電話会社に合併には非常に厳しい立場を取る」と発言したため、AT&TとSBCの合併計画がご破算になった経緯がある。
ベル電話会社(RHC)5社の1997年業績(1998年1月速報値)
RHC | 売上高 | 純利益 | 固定網加入者数 | セルラー加入者数 |
アメリテック |
160億ドル (+7.2%) |
23.5億ドル (+10.9%) |
2,050万 (+4.3%) |
320万 (+27%) |
ベル・アトランティック |
305億ドル (+4.2%) |
24.5億ドル (-27%) |
3,970万 (+3.7%) |
540万 (+21%) |
ベルサウス |
206億ドル (+8.2%) |
33億ドル (+15.3%) |
2,320万 (+4.8%) |
420万 (+15%) |
SBCコミュニケーションズ |
248.6億ドル (+6.8%) |
14.74億ドル (-55%) |
3,310万 (+5.1%) |
550万 (+24%) |
USウェスト (コミュニケーション・グループ:固定電話) |
103.19億ドル (+2.4%) |
11.77億ドル (-5.8%) |
1,608万 (+4.4%) |
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USウェスト
(メディア・グループ:セルラー、ケーブルTV等) |
12.89億ドル (+5.3%) |
-4.8億ドル (-) |
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237万 (+26%) |
(注)カッコ内は対前年度比の伸び率。
SBCとアメリテックが合併するためには、州委員会、FCC、司法省の認可を獲得する必要があるが、当研究所の考えでは、
- 司法省は反トラストの観点(今回の合併はクレイトン法違反との声が強い)から、合併を認めない公算が強い。
- FCCは合併を認める条件として、新SBCの市内通信市場の完全かつ全面的な競争への開放、あるいは、小売部門と卸売部門の分離など、SBCが受け入れがたい条件を付ける可能性がある。
ということから、今回の計画は実現せずに終わる可能性が少なくないと考えている。
その結果として、当研究所では、以下のようなシナリオが展開し得ると大胆に予測する。
- 〔シナリオ1〕
- SBCとの合併の道を断たれたアメリテックは、同じくM&A競争に乗り遅れているベルサウス(両社の売上高の合計は360億ドル)を合併の相手として選択する。この組み合わせであれば、ベル・アトランティック、SBCに対抗する第3勢力を育成する観点からも、司法省、FCCが認める可能性は高いと思われる。
- 〔シナリオ2〕
- スプリントが長距離電話部門と市内電話部門(市内電話会社としては全米第9位と中規模にとどまっている)を分離して、分離後の長距離電話部門が、より強力な市内通信事業者として、アメリテック、ベルサウス、もしくはGTEと合併する。最も可能性が高いのは、かつて「GTEスプリント」を共に設立したことがあり、長距離通信事業の強化のためにMCIを買収しようとして失敗したGTEであろうか。
いずれにせよ、今後の米国の電気通信市場の動向から、ますます目が離せなくなってきたのは事実である。
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