トレンド情報-シリーズ[1997年]

[米国インターネットの内側]
[第5回]出口を探すコンテンツ・ビジネス(2)

(1997.12)
1.これからのシナリオ
 日本におけるインターネット出版の今後の行方は、次の2つの流れになるだろうと予測している。1つは、しばらく儲けは諦めて、インターネットを立ち読みの場と位置づけてしまうものだ。つまり、世の中の変化に取り残されないために金は投資するが、それ自体からのリターンは積極的には期待しない。これは、しばらく有料化などを考えずに、いつかビッグビジネスになるタイミングを見計ろうとする多くのアメリカや日本の出版社にあてはまるものである。

   立ち読みの出来ない本屋は儲からない。お客から嫌われてしまう。そこでインターネット上で出版物をどんどんタダで提供して、読んでもらう。もちろん、インターネット上で、雑誌や本をすべて読み切る読者は決して多くはないから、気に入れば本体を買ってもらう。これを格調高くECのシナジー効果と呼ぶ学者もいるが、わかりやすく言えば一種の過剰サービス競争とも販売促進競争とも呼べるかもしれない。

 この流れは、残念ながら数年は主流として続かざるを得ないだろう。というのは、ユーザは情報料を支払いたがらないからだ。日本のユーザにコンテンツ有料化について調査すると、その74%が「情報料を支払いたくない」という意志を表している。アメリカの同様の調査でも65%のユーザが「No」と答えている。また、アメリカの場合、電子マネーが可能にするマイクロペイメント(少額決済)や、サブスクリプション型のサービスにも、各々10%程度のユーザしか同意していない。

 これでは、マイクロペイメントのシステムやセキュリティの高い決済システムができあがるのを待ったとしても、結局、それを利用する人は非常に少ないことを意味している。むろん、ユーザのデスクトップに情報を配信するプッシュ技術を利用したとしても、それは情報の有料化には直接結びつかない。つまり、技術の進歩だけを待っていただけでは、インターネット出版は商売として成り立たないことがはっきりしてきた。

 では、インターネット出版はすべて永遠に「立ち読み大サービス」なのか。そんなことはない。重要なのは、技術や見せかけの問題ではない。あくまでも中身の問題である。「タダが常識」を打ち破ろうとするそのもう一つの流れがアメリカで始まっている。

2.アメリカで売れはじめる色、金
 規模が小さいが、アメリカで有料のインターネット出版のいくつかが売上を上げはじめている。そのコンテンツには、はっきりとした特徴がある。色と金といった人間、社会の欲望を最大化させるための情報である。

 昨年のアメリカのインターネット出版市場は、まともな統計にならないほど小さな規模だった。現在最大の有料加入数をほこるウォールストリートジャーナルのケースでは、多く見積もっても約300〜400万ドル程度の売上だったと推定される。その他の大手有料コンテンツとして、ビジネスニュースのクリッピングサービスであるニュースページ・ドット・コムやNYタイムズなどが代表的だが、それらのページを合わせても、ウォールストリートジャーナルほどの売上をあげてはいなかった。

 一方、インターネット出版市場で最大のビジネスとなったのは、アダルトサイトである。ある業界専門誌は、現在1万サイトあるアダルトコンテンツ市場を、クレジットカード決済を利用して年間10億ドル規模になっていると推定している。さらに、この市場は、電子マネーやビデオストリーミング(インターネット上の動画)の利用でも先進的市場と言われ、最新技術におけるデファクト・スタンダードを決定する市場とも見られている。アダルトサイトの運営でダニーズ・ハード・ドライブは、ECの成功者の中に名を連ねている。同社は現在月額9.95ドルの料金で1万3,000人の加入者がいると言われている。

 さらに、株式の取引に関する情報提供など、ユーザにダイレクトなメリットをもたらす情報も比較的上手く行きはじめている。コンテンツビジネスで最も成功していると評価の高いクウォート・ドット・コムなどの個人投資に関するホームページなどではコンテンツの有料化が進んでいる。ザ・ストリート・ドット・コムでは、情報不足な個人投資家向けに「普通のメディアとは異なる切り口で」編集したマーケット情報が、投資家にアピールしているという。つまり、一攫千金を狙っている個人にターゲットを当て、従来のメディアから差別化されたタイムリーな情報はユーザにとって魅力的に写っている。これはアメリカ経済が個人投資ブームになっている背景もあるが、人々はギャンブル性の高い情報には投資することを惜しんでいない。

 つまりこれらから学べることは、単に人間の根源的な欲望を扱う情報が向いているというではなく、従来のメディアとは差別化された情報をユーザが要求していることだ。

 だが、単純に紙で提供している情報をそのままウェッブ上に移し、例え料金を安めに設定したとしても、ウェッブ上の情報を有料で買うユーザは少ない。むしろインターネットでは、紙より金を払ってもらえないと言ってもいい。よほどの付加価値がないかぎり、ユーザはインターネットの情報をタダだと考えてしまっている。検索ツールが付いている、バックナンバーが見られると言った程度ではタダが常識になっている。

 一方、ターゲットをしぼり従来とまったく違った切り口による情報には、ユーザは金を惜しまない。インターネット上の有料コンテンツにとって必要なのは、個性と独創性と新しさである。紙による出版よりもリスクが少ないというホームページの特性を生すなら、コンテンツプロバイダーは紙の出版物を単にディジタル化するだけではなく、ホームページを既存の枠組みにとらわれない大胆な「実験劇場」として利用すべきではないだろうか。例えば、テレビでいえば、NHKのBS放送は既成の時間枠を越えた大胆な企画と新しいコンテンツによって、わずか2チャンネルで1000千万以上の有料加入世帯を獲得したことを思い出す必要があるだろう。

 本来、「欲望する機械」である人間が、資本主義の枠内でその欲望を最大化させるために情報化社会を必要としてきた経緯を考えるなら、大衆の欲望を最大化させるインターネットコンテンツが商売になり始めているという事実は当然の現象と言えるかもしれない。もとを正せば軍事や大学研究・教育から産声をあげたインターネットが、商用化というプロセスを経て欲望充足のための最適な道具になることは、ある意味でアメリカニズムの実像と情報メディア社会の欲望の構造を象徴している。

(産業システム研究部 吉沢 寛保)
e-mail:yosizawa@icr.co.jp

(入稿:1997.11)

このページの最初へ


トップページ
(http://www.icr.co.jp/newsletter/)
トレンド情報-シリーズ[1997年]