トレンド情報-シリーズ[1997年]

[InfoCom Law Report] (第2回) 米国連邦最高裁、通信品位法に違憲判決

(1997.8)

 さる6月26日、米国連邦最高裁判所は、通信品位法(Communications Decency Act of 1996)が言論の自由を保障する憲法第1修正に違反するとの判断を示した。
  昨年2月に連邦通信法改正の一環として成立した通信品位法は、コンピュータ・ネットワーク上の猥褻表現あるいは下品な表現の規制を目的としている。この法律の特徴は、18歳未満の未成年者に対するコンピュータ・ネットワーク上の「下品な(indecent)」及び「明らかに不快な(patently offensive)」通信を規制していることにある。米国では、「下品な」表現は第1修正の保護の対象となることが判例(Sable Communicationsv. FCC, 492 U.S. 115(1989) )で確認されているため、通信品位法による表現規制に危機感を抱いた市民団体などが第1修正違反等を主張して複数の違憲訴訟を起こしていた。今回の連邦最高裁判決は、そうした違憲訴訟のひとつとして注目されていたACLU(アメリカ自由人権協会)対リノ訴訟に対する司法の最終判断である。

1.本件訴訟の争点
 ACLUなど20団体で構成される原告団は、昨年2月8日ペンシルベニア州東部地区連邦地方裁判所に対し、通信品位法のなかの「下品な」及び「明らかに不快な」通信を規制する二つの条項の執行を禁止する一方的緊急差止命令を求める訴えを提起した。二つの条項とは、通信品位法第223条(a)及び第223条(d)であり、原告側が問題にしているのは具体的には、第223条(a)(1)(B)、第223条(a)(2)、第223条(d)(1)、第223条(d)(2)である。

 原告側は、これらの条項における表現規制が言論の自由を保障する第1修正と、法の適正な過程を保障する第5修正に違反すると主張した。ここで明確にしておかなければならないのは、原告が違憲であると主張しているのは通信品位法の「下品な(indecent)」及び「明らかに不快な(patently offensive)」通信を規制する部分であって、「猥褻な(obscene)」通信を規制する部分ではないということである。原告側は、通信品位法の猥褻表現規制およびチャイルド・ポルノ規制については争わないことを明言している。なぜならば米国では、猥褻な表現については第1修正の保護が及ばないという判例(Roth v. United States, 354 U.S. 476(1957)及びMiller v. California, 413 U.S. 15(1973))があるし、すでに刑法典のなかに猥褻物およびチャイルド・ポルノを取り締まる条項が存在するからである。

 したがって、「インターネット上の猥褻情報を規制する通信品位法に違憲判決が下された」という、わが国における昨年来の通信品位法をめぐる新聞報道は、正確さを欠いている。昨年2月の原告側の提訴から、今回の連邦最高裁判決までの新聞報道を調べてみると、全国紙4紙とも示し合わせたように不正確な記事を掲載している。こうした記事を読んだ読者は、通信品位法の猥褻規制条項に対して違憲判決が下されたと誤解するに違いない。これでは読者をミスリードする誤報であると言われても仕方あるまい。不正確な報道の原因は、恐らく「下品な(indecent)」という言葉を「猥褻な」と誤訳してしまっていることにあると思われる。また、米国の判例では、「下品な(indecent)」な表現は第1修正によって保護されるが、「猥褻な(obscene)」な表現は第1修正の保護を受けないという基本的認識のないままに、記事が書かれているためでもであろう。


2.連邦地裁の決定及び判決
 この訴えを受けて、昨年2月15日、ペンシルベニア州東部地区連邦地方裁判所は、通信品位法第223条(a)(1)(B)における「下品な」通信を規制する条項についてのみ一方的緊急差止命令を下した。さらに昨年6月11日には、同連邦地方裁判所の三人合議法廷が、通信品位法第223条(a)(1)(B)、第223条(a)(2)、第223条(d)(1)、第223条(d)(2)は文面上違憲であると判断し、これらの条項の執行に対して暫定的差止命令を下した(929 F. Supp. 824)。同法廷の三人の裁判官の意見は、次にように要約される。

(1)スロヴィター(Sloviter)首席裁判官の意見
<1>合憲性審査基準について
 言論規制が合憲とされるのは、厳格な審査を経て、やむにやまれぬ政府の利益によって正当化され、しかも極めて限定的にその利益が達成される場合に限られる。
 インターネット・コミュニケーションは、ユニークなものであり、その性質はパシフィカ事件(FCC v. Pacifica Foundation, 438 U.S. 726(1978))の争点だった「放送」よりも、セーブル事件(Sable Communications v. FCC, 492 U.S. 115(1989))で争点となった「電話コミュニケーション」に類似している。なぜならば、インターネット・ユーザーは、電話の場合と同じように、特定のオンライン情報を検索するためには、積極的かつ計画的に行動しなくてはならないからである。インターネット上では、自分の望まない情報を検索してしまうこともあるが、ユーザーは常にその内容についての何らかの警告を受けており、放送の場合にみられるような不意討ちや強襲といった要素はかなり弱められている。それ故に、低年齢の児童が手当たり次第にウェブをサーフして、その結果「下品な」あるいは「明らかに不快な」情報に遭遇する可能性はほとんどない。
 「放送」が争点となったパシフィカ事件やレッドライオン事件(Red Lion Broadcasting Co. v. FCC, 395 U.S. 367(1969))においては、厳格な審査基準が緩和されたが、本件訴訟でそのような緩和措置を採用する理由は見当たらない。

<2>政府の利益の性格及び通信品位法の範囲
 通信品位法の「下品な」あるいは「明らかに不快な」通信を規制する条項の対象となる情報のなかには、成人に限らず年齢の高い未成年者にとっても貴重な文学的、芸術的、教育的価値を含んでいるものもある。未成年者がオンライン上の「下品な」あるいは「明らかに不快な」情報にアクセスすることを防ぐという政府の利益がいかに大きくとも、必要以上に広範な規制が実施され、それが成人向けの自由な表現をくじくようなことになれば、第1修正によって保護される権利に踏み込むことになる。
 通信品位法の規制は第1修正の完全な保護を受けるべき言論に及んでいると結論する。

(2)バックウォルター(Buckwalter)裁判官の意見
 通信品位法第223条(a)(1)(B)の「下品な」という言葉並びに同法第223条(d)(1)の「明らかに不快な」及び「文脈上(in context)」という言葉は、漠然としていて第1修正と第5修正に違反している。  通信品位法は、憲法で保護されている言論を刑事罰を伴って規制しようとするため、第1修正のみならず、第5修正にも関係している。

(3)ダルゼル(Dalzell)裁判官の意見
 通信品位法は違憲であり、かつ第1修正は、議会が憲法で保護されているインターネット上の言論を規制することを否定する。
 今までつくられてきたなかで最も参加しやすいマス・スピーチ形式として、インターネットは、政府の規制から最も手厚い保護を受けるに値する。

 政府側はこの判決を不服として、通信品位法第561条に定められた迅速審理規程に基づき、連邦最高裁に直接上訴した。


3.連邦最高裁判決
 連邦最高裁は、さる6月26日、通信品位法の「下品な伝送」及び「明らかに不快な表示」についての条項は、第1修正によって保護される言論の自由を奪うものであると判断し、連邦地裁判決を支持した。判決の要旨は、以下のとおりである。

(1)過去の判例と通信品位法の合憲性
 政府側は、本件訴訟と類似性のある過去の三つの判例を拠りどころとして通信品位法の合憲性を主張したが、本判決は悉くこれを退けている。

<ギンズバーグ対ニューヨーク事件(Ginsberg v. New York, 390 U.S. 629(1968))>
 本件訴訟において連邦最高裁は、成人にとっては猥褻とは言えなくても17歳未満の未成年者にとっては猥褻であると思われるマテリアルの販売を禁じたニューヨーク州法が合憲であると認めている。このニューヨーク州法の場合は、以下の4点において通信品位法より限定的である。まず第1に、ギンズバーグ事件では、未成年者には猥褻物の販売を禁止しているものの、自らの子供たちに雑誌を買い与えたい親にまで販売を禁止しているわけではない。しかるに通信品位法においては、親の同意等についてはふれられていない。第2に、ニューヨーク州法は、商業的取引に限って適用されるのに対して、通信品位法ではそのような制限はない。第3に、ニューヨーク州法は、「未成年者に有害なマテリアル」の定義に、未成年者にとって埋め合わせとなるような社会的重要性の欠落を盛り込んでいる。これに対して通信品位法は、同法第223条(a)(1)で使われている「下品」という言葉の定義を明らかにしていないし、第223条(d)における「明らかに不快な」情報の定義に、真面目な文学的、芸術的、政治的、科学的価値の欠落を盛り込むことを怠っている。第4に、ニューヨーク州法は、未成年者を17歳未満と定義しているのに対し、通信品位法では、18歳未満のすべての者としていて、成人に最も近い人々を含めている。

<FCC対パシフィカ財団事件(FCC v. Pacifica Foundation, 438 U.S. 726(1978))>
 本件は、子供がオーディエンスとなりうる午後の時間帯に放送された、「下品な」言葉を反復的に使うラジオ番組に対するFCC(連邦通信委員会)の規制が合憲であると判断された事件である。この場合も通信品位法との重大な相違が存在する。まず第1に、通信品位法の広範な無条件の禁止は、特定の時間に限定されていないし、ラジオ局に対するFCCの関係に匹敵するような、インターネットと関連の深い機関の評価によるものでもない。第2に、通信品位法とは違って、FCCの規制は刑罰を伴わない。第3に、FCCの規制は、聴取者が予期せぬ番組内容に遭遇する可能性があるために、歴史的に最も限定的な第1修正による保護を受けてきたラジオというメディアに対して適用されたものであるが、インターネットにはそれに匹敵する歴史がない。連邦地裁判決もふれているように、インターネット上で偶然に下品な情報に遭遇する危険性は、かなり少ない。なぜなら特定のマテリアルにアクセスするためには、一連の能動的な手順を踏むことが必要となるからである。

<レントン対プレイタイム・シアター事件(Renton v. Playtime Theatres, Inc., 475 U.S. 41(1986) )>
 これは連邦最高裁が、住宅区域内における成人映画上映館の営業を禁止したゾーニング条例を合憲と判断した事件である。この条例の標的は、映画館で上映されるフィルムの内容ではなく、こうした映画館が助長してきた犯罪及び財産価値の低下といった二次的影響である。政府によれば、通信品位法はインターネット上にいわば「サイバー・ゾーニング」を構成するために合憲であるという。しかし、通信品位法は、サイバースペースの世界全体に適用されるのである。そして通信品位法の目的は、「下品な」及び「明らかに不快な」表現の二次的影響ではなく、そうした表現の一次的影響から子供たちを守ることにある。それ故に通信品位法は、言論に対する内容ベースの包括的規制であり、時間、場所、方法による規制形式としては検討され得ない。

 以上のように、これら3つの判例は連邦最高裁の裁判官をして通信品位法の合憲性を支持せしめるには至らなかった。

(2)放送メディア規制との関連
 過去の連邦最高裁判例においては、放送メディアに対する規制の特別な正当化がみられる。例えば、レッドライオン事件では、政府の広範な放送メディア規制の歴史が連邦最高裁の拠りどころとなっている。同様にTBS事件(Turner Broadcasting System, Inc. v. FCC, 512 U.S. 622(1994))では、周波数の希少性、セーブル事件(Sable Communications of Cal., Inc. v. FCC, 492 U.S. 115,128(1989))では侵略的な特性が、それぞれ放送メディア規制の根拠となっている。しかし、こうした要因はサイバースペースには存在しない。したがって、こうした判例は、インターネットというメディアに適用されるべき合憲性審査基準を提供するものではない。

(3)通信品位法の不明瞭性
 通信品位法が漠然としているために第5修正違反であるか否かにかかわらず、同法の適用範囲に関する多くの不明瞭性は、第1修正に関連する疑問につながる。例えば、「下品な」及び「明らかに不快な」という定義されていない言葉は、情報発信者の間に、これら二つの基準はいかに相互に関係しているのか、あるいはこれらは何を意味するのかという疑問を引き起こすであろう。したがって、通信品位法の適用範囲の曖昧さは、憲法上保護されるメッセージを発信しようとする者までも間違いなく沈黙させてしまうことになる。こうした危険性は、法規が過度の広範性をもつべきではないという主張の裏付けとなるのである。

(4)成人に対する言論の保障
 未成年者が潜在的に有害な情報にアクセスすることを防ぐために、通信品位法は結果的に、成人が送受信する憲法上の権利を有する大量の情報を規制することになる。連邦最高裁はすでに、ギンズバーグ事件やパシフィカ事件において、有害情報から子供たちを守るという政府の利益を繰り返し認めてきた。しかし、かかる利益は、成人向け言論に対する不必要に広範な抑圧を正当化するものではない。


4.クリントン大統領の対応
 クリントン大統領は、連邦最高裁の判決が下された6月26日、次のようなコメントを発表した。  「インターネット上には子供たちにとって明らかに不適切な情報が存在する。私は親として、自らの子供たちが不適切な情報にアクセスすることに関心をもつ親の気持ちが理解できる。我々がインターネットを教育のための有効な資源として活用するのであれば、子供たちにとってインターネットを安全なものにするための道具を、親や教師に与える必要がある。したがって、近いうちに、産業界のリーダーや、教師、親、図書館司書を代表するグループと会合を持つことになろう。我々は、インターネット問題を解決するためにテレビにおけるVチップのような装置を開発しなければならない。そしてそれが米国における言論の自由の価値と調和した児童保護を実現するであろう。」
 このように、大統領は、通信品位法に対する違憲判決が下された直後に児童保護を目的とする装置を開発する方針を表明している。この装置については、7月16日に正式発表があり、インターネット上の不適切な情報を親の判断でアクセス不可能にすることのできるEチップというシステムであることが判明した。

(情報通信総合研究所 客員研究員、千葉工業大学工学部助教授 鈴木 雄一)
e-mail:suzuki-y@icr.co.jp

(入稿:1997.8)

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