トレンド情報-シリーズ[1997年]

[InfoCom Law Report] (第3回) ECをめぐる綱引き
−ここ数カ月の各国の動きと思惑−

(1997.9)

ここ2カ月の間に、電子商取引に関する重要な動きが相次いで起こった。具体的には、
  • 電子商取引に関する米国大統領声明の発表
  • 米国の暗号技術輸出自由化法案の審議
  • インターネット利用に関する欧州閣僚会議の開催.....が主要な動きである。
 以下、順にこれらの動きとその関連性を見ていく。
  1. 米国大統領声明「国際電子商取引の枠組み」
  2. 米国の暗号政策の動き
  3. 欧州閣僚会議「グローバル・インフォメーション・ネットワーク会議」
  4. 大統領声明の狙いは・・・?
  5. 結語
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1.米国大統領声明「国際電子商取引の枠組み」
 去る7月1日、クリントン大統領によって「国際電子商取引の枠組み(A Framework For Global Elrctronic Commerce)」と題する声明が発表された。この声明は、次の5つの原則をその骨子としている。
  1. 電子商取引の民間主導
  2. 余計な規制を行わない
  3. 政府介入が必要な場合、それは電子商取引についての、可測性を備えた最小限で明確な法制を整えることに寄与するものでなければならない
  4. インターネットの今までにない独自な性質を認める
  5. インターネットを通じての電子商取引を世界的に推し進める
 最大の目玉は非関税措置、そしてインターネット内に終始する新たなビジネスについての非課税措置が採られ、電子商取引空間を「フリー・ゾーン」とすることである。更に、この米国製の枠組みを世界的に広めていくとして、WTOを通じての提案も行われた。
 この声明の狙いは、電子商取引分野の覇権の獲得であるという見方が一般的に行なわれている。それは、
  1. インターネットの分野は既に米国企業が主導権を掌握しており、米国の競争力が突出している最先端分野であるので、新産業のルールをも自らに有利な方向に導こうとする意図が見え隠れする
  2. 声明に於いて、WIPO(世界知的財産権機構)での著作権保護の枠組みを確立することも述べられていることから、現在のソフト大国という地位の一層の確立を図って優位性を更に絶対的なものにする為の先手を打ってきたと取れる
等の理由から出てきた見解であろう。更に、この見解を決定的にするような重要な動きが起こっている。

2.米国の暗号政策の動き
 電子商取引には暗号技術が必需品である。従って、この技術の最先端を行く国が電子商取引の分野で有利になることは否めない。この電子商取引分野の主導権を左右する重要技術の輸出を、米政府は国防上の理由からかなり厳しく制限してきた。この政府の姿勢は、関連業界からかなりの批判を受けてきた。しかし、この状況を一転させる事件が起こった。
 昨年の夏、NTTの子会社である当時のNTTエレクトロニクス・テクノロジー(NEL 現在は、7月1日よりNTTエレクトロニクスと改名)製の暗号チップが米国に輸出され、上院で問題となった。ことの発端は、ニューヨーク・タイムズの96年6月4日付けの、「日本製チップ、米国輸出規制を台無しに(Japanese Chips May Scramble U. S. Ban )」という記事であった。この記事は、かなり恣意的と思われる誤記が多々あり、米国のある種の典型的通商政策のヴァリエーションのようにも思える。こんなところからも、「米国覇権説」が囁かれるのかも知れない。
 いずれにせよ、この事件以降に米国の暗号技術の輸出規制は緩和の方向に 向かったと言われる。現に下院では、ボブ・グッドラッテ議員とゾーイ・ロフグレン議員が共同提案した「暗号によるセキュリティーと自由法案(Security And Freedom through Encryption[SAFE]Act/H.R.695)」が前回の会期末までに多数の支持を得た。しかしながら、レイバー・デー明けの週から始まった下院の審議では、その通過が危うくなりつつある。この法案は、米政府による暗号技術輸出規制、ならびに暗号鍵の条件付発行の義務づけを撤廃することを目的としたものである。これに対して、8月26日にはサンフランシスコ連邦地裁が、現在の政府の輸出規制は違憲との判決を下している。アメリカ政府の暗号規制政策の動向にはこれから当分は目が離せない状況にあるといってよい。

3.欧州閣僚会議「グローバル・インフォメーション・ネットワーク会議」
 このような米国主導の流れに、米国に対抗意識を持っている欧州が警戒心を表明する。8月6日よりドイツの首都ボンで、インターネットの振興に関する初の国際閣僚会議「グローバル・インフォメーション・ネットワーク会議」が開催された。欧州委員会がこの会議をお膳立てしていることから、その開催自体が米国への牽制ともとれる。しかし、会議で採択された「ボン宣言」では、民間主導と非課税という、米大統領声明と同基調の内容が謳われている。ただ、各論では各国にばらつきがある為、今後詳細を詰めていくことになる。しかしながら欧州勢は、
  1. 日米にインターネット分野で水をあけられている為、より一層の格差の広がりを懸念している
  2. 二桁にのぼる失業対策の切り札として、インターネット関連産業を位置付けている
為に、米国への対抗意識はより具体的な形で現れてくると思われる。現に、フランスのジョスパン首相がインターネットの促進を呼び掛けて、国民意識の向上を図った。またドイツでは、7月4日に「マルチメディア法(正式には、情報・通信サービス法 Informations- und Kommunikationsdienste-Gesetz [IuKDG] 」が成立。3つの新法と6つの法律改正から成るこの新法は、8月1日から発効している(著作権法の改正だけは、98年1月より施行される)。電子ネット利用で後れを取っている分、先駆的な法を整備することで、その後れを縮めることを意図したものである。

4.大統領声明の狙いは・・・?
 以上、大まかにここ2カ月間の流れを追ってきた。やはり「米国覇権説」はもっともらしく思えるし、事実、意図したことの1つではあろう。ただ、現時点ではあまりに米国が優位なので、差し迫った主導権への色気は出していないといったところではないか。
 問題なのは、声明に言うユートピア実現のそもそもの前提がアヤフヤなことである。つまり、「電子商取引は本当に普及するのか」という問題が片付いていない。「電子商取引は2000年には数百億ドルに達する」という見解は予測でしかないし、現時点では2億ドル程度の取引量でしかない。米国内でもこの問題に対しては懐疑心が強く、大統領声明の真の意図は、この電子商取引普及の最大の障壁を払拭することで、国内感情をまとめることにあったのではなかろうか。というのも、内容的には新しいことは何もない上に、この声明は電子商取引推進の急先鋒である通信産業の突き上げによって実現されたものだからである。また、今回の政策は先に不発に終わった医療制度改革の責任者であった、アイラ・マガジナー大統領補佐官らがまとめたものである。このことから、電子商取引の振興策を新たな政策の目玉とする一種のプロパガンダと見ることも出来よう。とは言え、内外に与える「インパクト」としては成功したように思える。

5.結語
 以上、最近2カ月間のECをめぐる主な動きを見てきた。必ずしも法とは言わない事柄が多いが、社会にはめる最大の外枠である法の内側には、様々なレヴェルの法の前段階とも言える制度とその作り方がある。
 法はどうしても即座に現実に対応出来ない。故に、声明という機動力に富んだ方法を用いて、「民間主導」というある種の制度を引いたそのやり方は巧い。しかし、遠回りせずにダイレクトに法そのものを使うことも出来る。その最たる例が、先のドイツで成立したマルチメディア法であろう。
 法というと、どうしても“個人の権利に資するもの”というイメージがあるが、「法(ほう)」というベールに隠された法の手段性たる「法(のり)」の部分と、それから得られる可測性に焦点を当て、情報としての法の利用を賢く行う必要があろう。

関連サイト

(通信事業研究部 法・制度研究室 風間 法子)
e-mail:kazama@icr.co.jp

(入稿:1997.9)

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