トレンド情報-シリーズ[1998年]

[IT業界レポ]
[第1回]ERPと企業基幹業務について

(1998.4)

海外ERPパッケージ開発企業の日本市場参入によって、日本のIT業界の企業システムに対する考え方は大きく影響を受けました。 ERP(Enterprise Resource Planning)パッケージと言う言葉も定着し、現在ではIT業界のリーダー的役割さえ担うほどになりました。

 日本がこれから大きく変わろうとする時代の時代要請として、企業システムの変革を担うERPの登場は、まさに日本的価値基準が世界的価値基準に移行する必然性を象徴しているかのようです。様々な国の多くの企業で、企業業務の標準とは何かと考え尽くされた企業業務システムは、言語を超え、通貨を超え、制度を超え、国家を超え普遍的システムとしてこれからも更に発展統合され進化し続けるでしょう。

 ただ、ERPについては単なるパッケージという考え方もありえます。しかし、ERPパッケージのコンセプト、時代的意味を考えずに単なる業界の流行と考えてしまえば、ERPも今後無限に続くソフト商品サイクルの一商品にすぎなくなります。ERPのテクノロジーや動向だけでなく、社会的意義、歴史的意味という側面も大事にしながらこのレポートを連載したいと考えます。

  1. ERPパッケージの現状について
  2. ERPと企業基幹業務について

1.ERPパッケージの現状について

 現在、日本のコンピューター業界は海外ソフトウエアベンダーの進出でIT( Information Technology )においてシステム構築の「核」となる技術・ノウハウのほとんどを海外企業に独占されています。日本の業界企業全体が、次々と紹介され販売される海外ソフトウエアの単なる販売企業となりつつあります。

 かって、企業基幹業務は、パッケージ化が不可能と考えられていました。その基幹業務がパッケージ化され、積極的に導入を考える時代になりました。ERP( Enterprise Resource Planing )が、ここ数年日本のIT業界に重大な影響を与えたのは事実ですし、冷静にERPの現状を分析したいと思います。

 ERPは、企業にとって今後不可欠なシステムと紹介され、海外での実績を基礎に日本市場で大きく取り上げられました。ハードウェアベンダーもソフトウェアベンダーもERPベンダーもSI企業までキャンペーンをつぎつぎと開催し、宣伝普及に努めました。

 SAPは239社、SSAも200サイト、Baanは50社、JDEは124社People社は昨年12月にやっと最初のユーザーがカットオーバーしました。

 日経コンピューターによれば、システムの導入の検討している848社のうちERPを全面的に導入すると答えたのは5.7%で、部分的に導入(あくまで業務パッケージとして部分的にりようする)が14.9%、導入の予定なしが79.4%でした。

 日本におけるERPの困難は、理解が難しい点にありました。かって企業基幹業務を構築してきた経験を持つSI、ハードウェアベンダーにとって基幹業務の再構築ほど恐ろしい仕事はありませんでした。膨大なプログラムの整理から始まるコンバージョン作業、膨大なデータの再構築とコンバージョン作業、さらに新規プログラムの開発とカットオーバーにどれだけの期間、ノウハウ、人員の投入が必要か分からない作業でした。
 しかし、陳腐化して行くユーザーシステムの再構築というユーザーの要望には従うしかなく顧客のための危険な仕事をし続けて来ました。
 そんな、業界にひとつの可能性を提供したのがERPパッケージでした。
 ERPパッケージであれば基幹業務の再構築をこれまでより危険の少ないものにできるのではないか?
 でも、基幹業務ですから理解するにも膨大な勉強がユーザーにもベンダーにも必要でした。
 さらに、理解を難しくしたのは海外ベンダーのソフトであったため日本の法律制度、商慣習に適合していなかった点です。
 また、ERPと言っても統一的な見解がなく、ERPとは具体的には各ERPベンダーの製品でしかなく、どの製品も違うコンセプトで設計されているため、どの製品がERPと言えるのか、そのことさえも難しい。

 米国生産在庫管理協会( APICS )は「受注から生産、出荷、勘定までにかかわる企業の総資産を管理し、活動計画を立案する会計指向のシステム」と定義しています。また、日経コンピューターでは基本的に定義はないとしながらも、便宜上「データベースを核にして複数の業務モジュールが連携して稼動し、企業内で発生するトランザクション業務を処理できるパッケージ製品」をERPと定義しています。

 もともと、企業の基幹業務自体が業界によって異なり、膨大な基幹業務をすべて包括できるシステムなどありようがないという冷静な理解から出発し、企業基幹業務のどの部分に利用できるかという具体的な視点が必要だとかんがえます。
これまで多くの企業の、多くの基幹業務をゼロから構築してきた経験を持つ日本のSI企業、ハードウェアベンダーは、基幹業務の「核」となる部分にERPを利用し、周辺業務は従来どおり開発すればいいと考えれば、ゼロからの構築のリスクは最小限にできると気づくはずです。

 ERPは企業基幹業務のすべてを包括する機能があるわけでもなく、周辺業務を含む企業全体のシステムには程遠い基本機能しかないということを十分理解し従来の基幹業務開発の手順に従えば問題はそう起きないと思います。
 ただ、これまで基幹業務のゼロからの再構築を経験していないSI企業、ソフトウェアハウスにとって、ERPは命取りになりかねません。
 企業の基幹業務の再構築は、ほとんどの場合周辺業務の再構築をも伴います。
 膨大なERPソフトに加えて、さらに膨大な周辺システムの開発、そして何より顧客企業の現システムの理解が前提になる移行作業は、長年顧客企業の基幹業務開発を担当した企業だけができる仕事です。
 ERPの出現によって、新たな顧客が生まれるわけではありません。
 ERPの登場は、簡単に企業基幹業務を構築できるという状況を作り出したわけでもなく、新たな市場は生まれても新たな顧客が生まれるわけではありません。
 企業システムは、現在のシステムを担当したベンダー、SIが管理しています。
 ERPは、企業システムの開発を担当してきた企業に新たな仕事を発生させただけで、ERPを取り扱うことで新規顧客を獲得しようとすれば、既存の担当企業との熾烈な競争をしなければなりません。長年顧客システムの開発、業務を知り尽くしている既存の担当企業との競争をERPだけで戦うには無理があります。

 海外ソフトウェアベンダーの日本市場における成功の条件があります。
 それは、直接販売をせず間接販売をすること。いわゆる代理店販売に集中することです。直接販売は企業の既存担当企業との競争を意味し、日本中の企業との戦いを始める事になります。顧客を奪われる企業は必死で抵抗します。従って日本において、直接販売で成功した海外ソフトウェアベンダーは1社もありません。いかに、顧客を持つSI、ハードベンダーと代理店契約を結ぶかがまさに成功の秘訣です。

 ERPの現状をまとめると、ERPは万能でもなく、新しい市場を供給するかもしれないが、膨大なカスタマイズ開発がなくなり、結果としては売上が減少して新しい顧客も熾烈な従来の戦いの中でしか獲得できない状況がはっきりしたと思います。

2.ERPと企業基幹業務について

 ERPはこれまでのカスタマイズ基幹業務システムとどこがちがうのでしょう?
 ERPシステムが有意義であるところとはいったい何でしょう?
 ERPベンダーが言うところの
  1. オープンシステムであること
  2. 統合的であること
  3. パッケージであること
  4. 会計的であること
  5. 継続性を保証していること
  6. 経営分析の機能をもつこと
などが上げられます。
 まず、1)のシステムのオープン性ですがダウンサイジングの結果オープンシステムはすべてのシステムで要求されることとなりERPに限った事ではありません。2)の統合性ですが、すべてのデータを伝票レベルまでさかのぼれる大福帳的発想は以前にもありましたし、データの統合性はRDBの登場で確保されました。すでにERPベンダーがオリジナルのRDBから汎用RDBへ移行したのは統合性をRDBの機能で実現するのが容易だからです。従って統合性の確保はERPでなくてもRDB側で実現が可能です。
 では3)のパッケージであることはどうでしょう?これには大きな意義があります。これまで、だれもできないし挑戦もしなかった基幹業務をあるひとつのパッケージとして確立させた功績は非常に大きいと思います。この功績は日本の中でERPパッケージを日本企業が開発しようという動きにつながりました。基幹業務のパッケージ化は不可能ではないことを日本中が認識しました。
 4)の会計的であることは、企業の動きを会計的に集約する意味で企業経営者にとって重要な視点でした。このことは6)の経営分析的であることと同じです。
 会計的であり、経営分析的であることがERPの本質です。従ってERPが誰のためにあるかが問題になります。現行のシステムは社内ユーザーの使い勝手が重要でしたが、ERPは社内ユーザーの使い勝手がよくなるシステムではなく逆に使い勝手が悪くなっても、企業全体の効率を優先させ経営者の経営判断をより容易にするシステムなのです。実際に*「SAPを標準設定で利用すると現場の入力すべきデータは既存システムの3倍程度に増える」という証言もあります。
 ERPは企業資産の効率的活用のために、部門ごとの使い勝手を犠牲にしたシステムであり、なによりも経営者のためのシステムであるところにERPの画期的な意義があります。

 最後に残った5)の継続性の保証は重要です。基幹業務が技術的に陳腐化しないように周辺のテクノロジーに合わせてバージョンアップが可能である事はシステムの維持の視点からきわめて重要です。これにより基幹業務システムの永続性は確保され、企業活動の大きな障害がひとつ解決されたことになります。

 以上のことを考えるとこれまでの既存基幹業務システムが不可能であった部門最適から(現場の使い勝手の悪さを無視して使える企業環境ならば)企業全体の最適システムを可能にし、経営者の立場に立った判断を容易にし、企業活動のシステム的継続性を確保したERPは、画期的なシステムであると言えます。

 それでは、ERPシステムが欧米で大きな実績を上げているのに比べて日本ではまだ大手ERPベンダーが600社ほどの実績なのはなぜでしょう?

(1998年3月)

SAPBaanOracleJDESSAPeople
海外実績7500社2800社4300サイト4200社25000サイト2200社
日本実績239社50社80サイト124社200サイト4社

 欧米では、金融ビックバンをいち早く経験し、多くの企業が倒産合併の企業再編成を経験しました。国家の制度も法律も大幅に変りました。これまでの企業システムを維持する必要性のないほどの変化がありました。多くの企業は基幹業務の再構築を迫られそこに登場したのがERPでした。これまでの企業活動、企業経営を激変させる変化に、ERPは欧米企業にとってまさに必要なソフトウェアでした。

 海外のERP導入実績は、ERPという最短の方法を企業が選択しなければならなかった結果であり、国家経済、制度、社会状況が企業基幹業務の大幅な変更を必要とするだけの大変動の結果なのです。

 日本はどうでしょう?既存企業が合併倒産の企業大編成の状況でしょうか?
 ビックバンで日本企業が大編成の激変に巻き込まれる事をだれも望んでいないのが現状です。大量失業、企業倒産、合併吸収の激動を政府も財界も国民も望んでいない。

できれば旧態依然とした状況を維持したいと考えています。  欧米のERP状況と日本のERP状況の違いはここにあります。
 金融ビックバン以降日本の政府、財界が欧米と同じ大激動時代を望むのか否か。
 ERPが日本で本格的に評価されるのは金融ビックバン以降のことになりそうです。

中嶋 隆

(入稿:1998.3)

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