トレンド情報-シリーズ[1998年]

[InfoCom Law Report] [第5回] インターネット・コンテンツ規制を巡る各省庁の動向

(1998.8)

 NTTデータ通信株式会社システム科学研究所と情報通信総合研究所では、1996年度から「インターネット・プロバイダーのコンテンツ責任」について調査研究を行っている。各年度の成果については情報通信総合研究所発行のInfoCom Review(Vol. 11、Vol. 15)に 掲載しているのでご参照いただきたい。
 この調査研究においては、現状のプロバイダー責任に対する分析を行うと同時に、我が国の省庁によるインターネット・コンテンツに関連する規制整備の状況とそれによるプロバイダー責任への影響について検討を行った。本稿は、その結果をまとめたものである。


●通産省関連
 通産省は、 1996年の2月には「電子ネットワーク事業における倫理問題に係る自主ガイドラインについて」という文書を出し、それを受けて通産省の外郭団体である電子ネットワーク協議会が「電子ネットワーク運営における倫理綱領」と「パソコン通信を利用する方へのルール&マナー集」を発表している。これに対しては規制の押しつけであるとして反対運動が起こっている。抗議声明を発表し賛同者の署名を集めるホームページが作られており、そのほかにも反対意見を表明するページがある。反対意見としては、内容規制・検閲の危険や、適用に歯止めがないこと、多様な価値観への配慮がないこと等が挙げられているが、特にユーザや事業者といった関係者に何の相談もなくこのような規定が作られたことに対する反発が大きい。

 最近では、通産省の関連団体である電子商取引実証推進協議会(ECOM)が1998年5月11日に「民間部門における電子商取引に係る個人情報の保護に関するガイドライン」、12日に「電子公証システム」に関するガイドライン、14日に「電子商取引におけるセキュリティガイドライン(システム管理者がセキュリティシステムを自己評価するための指針)」を発表している。

 この他、日本情報処理開発協会(JIPDEC)は1998年4月から、一定の保護基準を 満たした企業を認定、企業は特別なマークを商用利用できる「プライバシーマーク制度」を開始している。プロバイダーであってもこの基準を満たせば認定を得ることができる。

 現在のところ、自主規制やガイドラインにとどまっており、プロバイダーの法的責任に大きな影響を与えるものはない。

●郵政省関連
 郵政省では、インターネット上を流れるわいせつな画像やひぼう・中傷など青少年に有害な情報 の流通ルールを検討するために「電気通信サービスにおける情報流通ル ールに関する研究会(座長、堀部政男・中央大法学部教授)」を開催して検討をしてきた。1997年12月25日には報告書「イン ターネット上の情報流通ルールについて」(案)を公表している。報告書でなされた主な提言は次の通りである。

*プロバイダーの責任
「法律によりプロバイダーの責任を規定することについては、なお慎重に検討すべきであり、当面は、プロバイダーの自主的対応に期待していくことが適当である」とした。

*プロバイダーによる情報削除や契約解除
「公然性を有する通信」を1対1を想定した従来の「通信」と区別し、プロバイダーが有害だと判断した情報について「発信者への注意喚起、削除、利用停止及び契約解除等の措置」の法的根拠について、「電気通信事業法上、可能であると考えられる」として、現行法の解釈によって対応可能だとした。

*会員情報の開示
有害な情報の発信者の実名や住所などの個人情報を被害者救済の観点から開示すべき手続きの制定を求めたほか、開示すべきかどうかを判断する第3者機関の設置の検討を提言した。
 この報告書では、ネット上の有害情報に対する法規制については「なお慎重に検討すべ き」との表現で報告書に盛り込まなかった。しかし、有害情報発信するユーザーの身元情 報を一定の要件に基づいてプロバイダーが開示する手続きの制定や、開示が適切かどうか を判断する第3者機関の設置の検討を提言しており、郵政省はこれ受けて「情報通信の不 適正利用と苦情対応の在り方に関する研究会(仮称)」(座長・堀部政男中央大教授)を 設置して具体化策を検討中である。もし、会員情報に対する守秘義務が緩和されれば、現 行では難しい問題のある被害者からの情報開示請求への対応が容易になり、プロバイダー としては苦情対応がしやすくなるといえる。

 また、郵政省の外郭団体である社団法人テレコムサービス協会は、この報告書を受けて、1998年1月に「インターネット接続サービス等に係る事業者の対応に関するガイドライン」を策定している。

 このガイドラインでは、青少年保護対策としてわいせつ画像などの有害情報へのアクセスを制限する青少年専用IDの発行を求めるとともに、迷惑メールや、なりすましメールなど匿名性の高い情報を発信した会員に対しては、利用制限などの措置をすべきであるとした。発信者情報の公表は「通信の秘密」として引き続き、プロバイダーの守秘義務とされた。あくまで自主規制のガイドラインであるため会員に対しても強い拘束力はないが、いわゆる有害情報に対するプロバイダーのコミットを求めている点が特徴的である。発信者情報の開示については、郵政省の結論を待つという立場を取っており、従来の考え方を維持している。

 その他、「通信・放送の融合と展開を考える懇談会」では、1998年5月に「情報通信の多面的展開とサイバー社会 -通信・放送の融合を越えて-」という報告書を公表し、全般的な議論の整理を行っている。

 また、外郭団体である日本データ通信協会は、インターネット接続プロバイダーからの会員の個人情報流出を防止するため、同協会の審査基準をパスしたプロバイダーに「適」マークともいえる「個人情報保護マーク」の交付する事を決めており、登録を1998年5月30日から開始している。

●警察庁関連
 従来、インターネットを利用したわいせつな画像やCD-ROM販売などのいわゆる「無店舗型営業」は、現行の 「風俗営業等の規則及び業務の適正化に関する法律」(風営法)の規制の対象外となっていた。警察庁では、インターネットを利用した営業が増加しているのを背景に、風俗営業法の改正を検討してきた。1998年3月に公表された骨子案によれば、アダルト映像提供業者、アダルトビデオ販売に都道府県公安委員会への届け出を義務づけ、18歳未満に対する販売と雇用が禁止されることになる。この法案に対しては、表現の自由を不当に制限する恐れがあるとして日弁連等からの反対があったが、1998年4月30日の衆院本会議で可決、成立している。

 プロバイダーに対してはホー ムページを設けたアダルト画像の提供業者がわいせつ画像を発信しないよう契約や運 営上の努力を求めているが、努力にとどめ違反した場合の罰則や処分は設けないとされている。ただし、会員による風営法違反があった場合にどのような責任が問われるようになるかについては、不明な点も多い。少なくともコンテンツに対する取締り強化に繋がることは間違いがない。

 この他にも、警察庁の外郭団体である社会安全研究財団は「情報セキュリティビジョン策定委員会」を設置してインターネットなどコンピューターネットワークを利用した犯罪対策を検討してきたが、1998年2月26日にコンピューターへの不正アクセス禁止を盛り込んだ「ネットワーク犯罪防止法(仮称)」の整備を求めた報告書をまとめ公表している。

●法務省関連
 法務省は、組織的犯罪対策立法としていわゆる「通信傍受法」が検討されている。1996年10月、法務大臣から法制審議会に「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備に関する諮問第42号」がなされたのを受けて、法制審議会は『組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要項骨子』を作成している。この骨子には、令状による通信の傍受を可能とする刑事訴訟法の改正を含んでいる。これが「通信傍受法」や「盗聴法」と呼ばれるものである。

 この骨子をもとにした関連刑事法の改正法案が1998年の通常国会に提出されたが、可決にはいたらず継続審議の対象となっている。この法案が可決されれば、「重大犯罪」に関わる通信の傍受を傍受令状を条件に認め、通信事業者には捜査に対する協力義務が課せられることになる。具体的には、強制捜査が増加し協力義務が課せられるため捜査協力の負担は増えることが予想される。当然、プロバイダーについてもこれらの負担は増加するであろう。

●その他
 インターネット上を流通するいわゆる児童ポルノ画像対策を検討してきた「与党児童買春問題等プロジェクトチーム」は、1998年3月に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童への保護等に関する法律案要綱(案)」(児童ポルノ処罰法案)を発表し、5月に国会に提出している。

 この法案が成立すれば、ネットワーク上の情報発信に新たな構成要件が付け加えられることになるので、この行為に関連してプロバイダーの責任も問われる可能性が出てくる。

 以上のように、インターネット上のコンテンツに対する規制は強化される傾向にある。欧米諸国でも、「オフラインで違法なものは、オンラインでも違法である(欧州委員会「『インターネット上の違法・有害なコンテント』に関する欧州委員会の報告」1996年10月16日)序文)」という考え方から、ネットワーク上で行われる違法行為を処罰の対象とする法整備が進められている。我が国の場合、ネットワーク外に対する規制も合わせて強化する方向で議論されている(風営法改正や児童ポルノ処罰法案)点が諸外国と比べても特徴的であるといえる。

(通信事業研究部 法・制度研究室 主任研究員 小向太郎)
e-mail:komukai@icr.co.jp
(NTTデータ通信株式会社 システム科学研究所 主任研究員 刀川眞)

(入稿:1998.7)

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