トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第9回]マルチメディア時代の衛星産業を考える

(1998.4)

通信自由化の先端を行く私設国際通信衛星システムの発展により、マルチメディア通信の将来が拓かれる見通しが出てきた。欧米に遅れた日本の衛星産業はVバンド衛星の開発競争に参加して、GIIに貢献すべきである。
  • 私設国際通信衛星システムの成長
      国際商業通信衛星システムは、1960年代の創業以来、インテルサットやインマルサットのような政府間国際機構として開発・建設・運営が行われてきた。
     ところが、1980年代に入って米国の民間企業により私設国際通信衛星システムの参入が試みられ、自由化/市場原理の導入とインテルサット等との国際的調整が難航したが、88年にパンナムサット1号がサービス提供を開始した。以来、世界各地域に私設国際通信衛星システムの参入が相次ぐこととなった。

     現在では、固定通信専用のシステムとして、パラパ(インドネシアPT Satelit Palapa社)、パンナムサット(米国HughesSatellite&Communicationsの70%子会社)、アストラ(ルクセンブルグSES欧州衛星会社)、アジアサット(香港、AsiaSat Telecomss、オーストラリアNews Corp.の子会社)、アップスター(香港APT Satellite社、中国+華僑資本)、オライオン(米国Orion Atlantic社、ベンチャー+衛星メーカー出資)などが、政府ベース衛星とともに競争を展開している。

     移動体用システムとしては、従来からのGEO(静止軌道方式)のエムサット(米国American Satellite Corp./カナダTelesat Mobile Inc.、衛星通信事業者)やオムニスター(米国Omni-TRACS、ベンチャー企業)に加え、Little LEO(データやページング向け1GHz以下通信用低軌道方式)のオーブコム(米国Orbital Comms、ベンチャー企業)、Big LEO(携帯電話向け1GHz以上通信用低軌道方式)のイリジウム(米国Iridium、半導体企業モトローラが主導するグローバル合弁企業)、グローバルスター(米国宇宙企業Loral Space Systemsと移動通信企業Qualcommの合弁)、オデッセー(米国宇宙企業TRWとカナダの国際通信企業Teleglobeの合弁)計画が進行中である。

     国内通信衛星システムがかつての高速・広帯域通信のスターの座を失い、放送系に特化して通信システムとしては光ファイバの補完的役割に甘んじるようになってからも、国際通信分野では衛星通信システムの栄光の場がある。それを担う私設国際通信衛星システムは、産業規模は小さいものの、注目される。

  • 衛星通信システム「Ka帯からV帯へ」
      最近、マルチメディア通信への展望が通信専門家の目を衛星に向けてきた。
    従来、衛星通信は(1)広域性(軌道上に3個のを配置すれば全世界をカバーできる)、(2)同報性(同時に多地点で受信できる)、(3)広帯域性(広い伝送帯域の通信が可能)、(4)回線設定の柔軟性(地球局さえ置けば必要な時必要な所で通信できる)などの特性があり、高速・大容量の通信と放送に適するとされてきた。それに(5)地球局小型化(衛星を高出力、大型化すれば小型地球局でマルチメディアの高速ディジタル信号が送受信できる)、(6)多重信号に対する柔軟性(無線搬送波の使用で多重信号の扱いが柔軟にできる)が加わるとマルチメディア通信に最適と言うのである。特に、市場が立ち上がってマス需要が存在している時・地域のインフラは光ファイバ通信有利であるが、市場形成過程で需要が広域に散在している場合は衛星通信が求められる。また、マルチメディア通信で扱う情報は、電話で扱う音声信号のように本質的に双方向性を持つものではなく、片方向に流れることを基本にしており、または方向によって通信要求条件が違い、双方向通信でも非対称なものが多い。多様な個別通信と同報通信の組み合わせを効率的に実現するのは衛星通信と考えられるようになったのである。

     衛星通信システム新型モデルの口火を切ったのは、米国のコーリング・コミュニケーションズ社が93年1月に発表したLEO840機によるグローバルな高度衛星通信システムであった。これを移動無線事業家のC.マッコーとPCビジョナリーW.ゲイツが94年3月に引き継いでTeledesic Corp.を設立、97年3月にFCCから暫定免許を得て、翌4月にボーイング社にシステム構築を委託した段階で、軌道面12に衛星各(24+予備3)で衛星総数288+予備36、軌道高度1,300~1,400km、衛星重量1,300kg、Kaバンド200MHzを使用などの諸元が決まった。総予算は約90億ドルで、Teledesic社への出資構成は現在、C.マッコーとW.ゲイツがそれぞれ約1/3、ボーイングとAT&T Wirelessが各10%、残りがベンチャー企業となっている。

     テレデシックに対抗して97年6月にFCCに申請したのが、モトローラ社のセレストリ(Celestri)計画で、高度1,400kmを周回する高速データLEO63機と放送サービスGEO3機の複合システムで、Kaバンド4.5Gbpsの衛星間通信回線(Inter Satellite Link)で衛星を結び、最大伝送容量は80Gbpsである。

     これらMega LEOと呼ばれる提案に触発され、97年9月にはKaバンド以上に広帯域通信を求めて、次表の通り多数のVバンド衛星申請がFCCに殺到した。Vバンド とは40GHz以上およそ60GHzまでの帯域を呼ぶ俗称で、KaもVも正確には同じEHF 帯(Extra High Frequency,:極高帯域、30-300GHz)に属する。

    企業名システム名衛星種別(衛星数S開始年計画額億ドル
    Denali TelecomPentriadHEO13N.A.19
    GlobalstarGS 0非静止80
    34
    HughesExpresswayGEO14免許後52カ月40
    HughesSpaceCastGEO6N.A.17
    HughesStarLynx非静止4+2 0N.A.29
    PanAmSatV-StreamGEO12N.A.35
    Leo One USAV-Band paylordLEO48N.A.29
    Lockheed MartinQ/V BandGEO9N.A.48
    LoralCyberPathGEO10N.A.12
    MotorolaM-Star非静止72200062
    Orbital SciencesOrbLinkMEO720029
    Spectrum AstroAsterGEO25N.A.24
    TeledesicVBS非静止72N.A.18
    TRWGESN非静止4+15200?34

     ヒューズ社は94年からKaバンド衛星スペースウエイ(Spaceway)を計画中(当初GEO2機、次にLEO102機に変更、さらにLEO300機に再変更)で、今回は子会社を含め4システムも申請しているが、アプリケーション別にシステムが違い、複数の開発計画が並行するのはコンピュータ業界と同じとする。Expressway はV帯とKu帯中継器を積み、大都市と過疎地のアクセス網向けに588,000の2Mbps双方向回線を提供する。Spacecastは企業内ビデオ・ショッピング・電子新聞・専門番組等のディジタル放送/マルチキャスト向け衛星で、StarLynxは移動体向け広帯域データサービス衛星で33cmアンテナで2Mbps、67cmアンテナで8Mbps伝送を行うと言う。
     いずれの申請計画とも一応の目的を掲げているが、内容は機上処理」(On Board Processing)、スポットビーム・アンテナ、衛星間通信回線(ISL)、周波数再使用・高出力などの新技術を強調している。本音は周波数獲得であり、実現までには大幅な変更が予想される。

  • 日本の衛星産業の位置と役割
     長期展望について世界のキャリアーの今の関心事は、基幹網としてのIPネットワークの将来とアクセス網競合技術の選択である。

     ITUの「ネットワークの挑戦」はインターネットの将来に関し(1)今の行き方で成長、(2)イントラネット等の比重が増え個別網の集合体に、(3)利用急増・即時性増大に追いつけず崩壊、(4)公衆電気通信網と融合、(5)公衆網とともに次世代情報インフラに吸収される、の五つのシナリオを提起したが、現状では(2)と(5)の方向が有力である。企業通信網でインターネット技術が支配的になり、インターネット電話が急成長すれば、当面、企業内通信・企業間通信と長距離の企業ー個人通信・個人間通信はIPネットワークに統合される。ローカル通信は光ファイバ通信、xDSL 、ディジタル・ケーブルテレビ、LMDS ! 等高速無線などの競争に委ねられると言う見方である。こうした見通しの根底にあるのは、パケット通信への信頼(X-25網の実績と技術の柔軟性)とATM通信の非効率性への不安(固定長とヘッダーで25%のロス)である。エンド・ツー・エンドのATMスイッチングに将来性はなく、ビデオ・オン・デマンドの需要の疑問もあり、今やB-ISDNビジョンは消えつつある。
     と言っても、非対称なマルチメディア情報の流れについては例外であり、少数の送信点から多数のユーザに向けた高速・広帯域の伝送には、現在のところATM技術を用いた高速ディジタル衛星回線が最適である。上述の米国のテレデシックやセレストリ、またフランスのアルカテル中心のスカイブリッジの視野には衛星インターネットが含まれており、Vバンド衛星申請ブームはその延長上にある。

      そこで日本の衛星産業の位置と役割が問われる。敗戦日本の宇宙衛星産業は、長らく発達が抑えられ、電子工業も衛星に関しては、主として米国の技術・機器導入に依存して次第に国産化率を上げる方法で進んできた。民間衛星通信事業は、通信自由化が日米貿易・技術摩擦のただ中で行われたこともあって、合弁事業中心に立ち上げられた。そのため、多年に亘り商業衛星通信の発展を主導してきた米国、通信インフラ開発を一元化し地域統合の軸を生かしてきた西欧に比べ、日本の宇宙衛星産業は弱体なところがある。

     しかし、戦後50年を経て過去を断ち切り、日本は新しい通信ビジョンを創り出し、日本のためアジアのため衛星産業を再構築する時が近付いている。GIIへの貢献は、まず、東・東南アジア地域のマルチメディア開発に役立つ地域衛星を日本の主導と負担で打ち上げる戦略から着手すべきであろう。

     ディジタル放送や各種の映像アプリケーションの通信インフラに関し、衛星・ケーブルテレビ・地上波の自由競争に委ねた米国に対し、欧州は、2000年の普及率予測で衛星50%以上、地上波30%、ケーブルテレビ15%と衛星に傾いている。われわれも、衛星放送のみ執着せず、真剣に衛星通信アプリケーション開発のリスクをとってはどうだろうか。

  • (関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

    (入稿:1998.4)

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