トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第14回]IP革命が世界の通信産業を変えるか

(1998.9)

 この1年企業ユーザのインターネット利用は進み、世界的なキャリアーのISP事業展開がますます盛んになってきた。今やネットワーク領域にIP革命と呼ぶべき変化が始まり、伝統的な電気通信事業者はIP網と回線網の融合への対応を迫られている。

●インターネット市場の進化 この1年間の動き
 本シリーズ第5回で「キャリアーとISPのインターネット戦略」を紹介してから1年経った。この1年のインターネット・ホスト数の伸びは世界で約1700万、日本で約40万に達し、インターネット利用はますます盛んである。
 特に企業向け市場の伸び、ビジネスコミュニケーションにおけるインターネット技術の普及が目覚ましい。背景として、タイ・バーツの管理フロート制移行(97.7.2.)からロシア・ルーブル切り下げ(98.8.17.)に至る1年の間、アジアに始まる金融・経済危機が中南米、ヨーロッパに波及して、遂には例外的の繁栄を享受する米国をも巻き込んできた。米国のニューエコノミーはもともと先端情報技術がもたらす新収益とコストダウン効果を主柱としており、経営合理化の手段として、広くはEC(エレクトロニック・コマース)、専門的にはECR(エフィシャント・コンシューマー・レスポンス)、SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)、データウェアハウスなどの経営技法が注目されている。これらはインターネット/イントラネット/エクストラネットを抜きにしては機能できないので、ビジネス・ソリューション型のインターネット利用の重要性が急速に高まったのである。

 またこの間インターネット電話が発展し、企業通信網への組み込みと公衆インターネットの2セグメントとも市場性が高まった。PC間通話「インターネットフォン」ソフトが売り出されてから3年目、品質向上努力にも拘わらずなお続いていた「安かろう悪かろう」の評価が98年に変わったのである。企業通信網への組み込みは大企業のATM専用線やフレームリレー(FR)サービスによる全ディジタル網で内線電話のIPデータ化を加えることで、IPパケットで音声を伝送するVoIP(voice over IP)技術に発展した。統合伝送の経済性で音声品質が確保され、従来からのCTI(コンピュータ/電話統合)の完成である。公衆インターネットは中小企業や個人向けで、米国の場合インターネットに電話会社に対するアクセス・チャージ支払い義務がないため、ISPや新興通信企業が両端はローカル電話網やインターネットアクセス網、中間は電話網をバイパスするIPネットワークの相互接続により、超低廉な長距離通話を提供する形で発展した。
 このようなイインターネットの急成長に伴いISPが増大し、米国は1年間で倍増の約5000、日本でも3000近くまでになり、通信事業者もISP買収、アクセス事業進出、IPネットワーク構築など前回に述べた各種の戦略展開を加速してきた。

●IP革命というネットワーク構造の変化
 今世界の電気通信産業は一世紀前の電話交換網(PSTN)誕生に匹敵するネットワークの新段階に直面している。70年代後半通信自由化を象徴するVANとして生まれたパケット交換網は最近まで小さな存在だったが、インターネットが進化するディジタル化時代を迎え、パケット・ベースのネットワーク=IP網は既存電話網を脅かす革命的存在となっている。今日電話トラフィックは主として電話交換網を流れ、データトラフィックはインターネットに集まりつつあり、電話交換網とIP網は相互接続している。ビジネス・ソリューション型利用も公衆インターネットも成長すれば、近い将来データトラフィックのヴォリュームが電話交換トラフィックを超える時が来よう。ITUの「ネットワークの挑戦」(97.9.17.)は(1)現行インターネットの継続的発展、(2)公衆インターネットとプライベート・インターネットの二本立て、(3)インターネットの崩壊、(4)インターネットと公衆通信網の融合、(5)高機能次世代網の登場の5つシナリオを提示したが、どうやらインターネットの進化に伴い電話交換網とIP網は融合し、やがてはほとんど全てのアプリケーションがIP網を流れることになりそうである。

 IP革命を主導するネットワーキング機能には、(1)ローカル・アクセス:xDSLやCATVなどでノードとユーザを物理的に結ぶ、(2)IPアクセス:ISP、ネットワークとユーザを機能的に結ぶ、(3)IP基幹網:全国的、世界的IP網、(4)物理的設備提供:長距離通信に波長多重分割(WDM)、高密度波長多重分割(DWDM)などの光伝送路を提供、(5)ネットワーク・アクセス・ポイント(NAP):IP基幹網とIPアクセス・プロバイダーの接続点の提供、などの5セグメントがある。

 担い手をみると、ローカル・アクセスは米国でも既存事業者の独占が続いて来た領域で、CATVのインターネット接続もこれからである。IPアクセスは前述のように成長の最も激しい領域で、これからも新規参入と統合・大規模化が平行しよう。 IP基幹網はこの1~2年のM&Aで構図ができた。主な業者については米国最大手のUUNetは96年8月にWorldComに買収(20億ドル)された。WorldComは97年9月のAOLのCompuServ買収に参加し13億ドルで企業向けサービス部門とANS Networksを手に入れた。MCIの買収(470億ドル)に関しては、独禁部門の指示でMCIがインターネット事業をC&Wに売却(17.5億ドル)したものの、合併後のMCI WorldComはなお世界最大のインターネット事業を運営するキャリアーである。世界初のISPのPSI Netは独立を保って来たが、98年2月に光ファイバ使用権と引き換えに新興キャリアーIXC Communicationsに株式の20%を譲渡した。なお、PSI Netは98年9月に日本のISPリムネットを買収した。

 物理的設備提供では既存事業者は別として、米国のQwest CommunicationsやLevel 3 Communicationsを始めとする光ファイバ投資の新興企業=IPネットワーク事業者が注目される。Qwest は88年に設立されたUnion Pacific鉄道の子会社で、AT&TのNo.3だったナッチオがCEOになった97年1月以来1.5Tbpsの超高速光ファイバ網建設、全米均一7.5セント/分のインターネット電話サービスなど積極策を展開。98年3月に準大手長距離通信事業者LCIを買収(44億ドル)し、西欧最大のISPであるEUNet Internationalを買収(1.53億ドル)を買収した。

Level 3は85年に建設会社Peter Kiewit Son's(PKS)の子会社として設立されたKiewit Diversified Groupが改称したもので、エンド・ツー・エンドのIPベース光ファイバ網構築を計画中。Qwestと同様、通信事業者に伝送容量を提供するキャリアーズ・キャリアー= 0種事業者であり、中小企業にマルチメディア通信サービスを提供する第1種事業者であるなど多面的である。このほかCATV事業者出身のIXC Commmunications、95年にWilTelをWorldComに売却したWilliams Networksの再参入なども活躍中である。

●既存事業者のIP革命対応戦略
 新興IPネットワーク事業者が華々しく登場しても既存通信事業者に対するユーザの信頼は概して揺らいでない。最近米国の調査会社インプットが米英仏独4カ国の大企業150社について調べた結果では、ビジネス・ソリューション型インターネットの提供者としてもAT&T、BT、FT、DTが上位に並んだ。ただし、顧客向けウェブのホスト周りやエレクトロニック・コマース(EC)のアプリケーションなどではキャリアーに対する満足度は低いという。ことインターネットに関するサービスやアプリケーションではISPや専門ソフト業者の方が経験を積んでいるからであろう。日進月歩のビジネス・アプリケーションについて大企業の情報通信担当はアウトソースするより自分で管理したがるので、通信サービスの性能さえ優れていれば問題はない。ところで、その通信に問題はないのか。

 IP革命が世界の電気通信産業の特性を変えようとしている時、既存事業者のIP革命対応戦略で最も問題なのは、IPをめぐる基本的考え方=パラダイムの転換である。既存事業者の企業風土では、ネットワークインフラは稀少なもの、電話がトラフィックの大部分で、高機能回線交換網が命運を決する、キャリアーがネットワークの進化をコントロールしなければならないと信じられている。一方、IP中心の新興企業は、ネットワークインフラの豊饒を信じ、音声を含むが音声に限らぬ各種データがネットワークを流れることが分かり、パケット・ルーティング/回線交換両技術の役割を理解し、グローバル・ネットワークの発展に影響を及ぼすプレーヤーは多種多様であると認識する。このパラダイムの違いにより、IP中心企業はいかにして困難を克服するかに焦点を当て、既存事業者は変革の困難を強調する。実際に米国では、RBOCは従来型の投資を続けてきたが、QwestやLevel 3などの革命者はIP中心投資を実行した。既存事業者でもSprintは98年6月にATMによるIPネットワーク「ION」の建設計画を発表した。データトラフィックが急成長しテラビット伝送路やギガビットルーターが実現しても、ATMはマルチメディアの扱いや品質管理能力に優れている。各事業者の環境は、国情、顧客状況、ネットワークインフラ、規制の制約、競争、財務状況などにより異なる。 変革の時代に全事業者に当てはまる単一の戦略などはない。既存事業者に必須な検討要素は基本的に(1)市場展開への期待、(2)精力的な実験、(3)戦略の組み合わせ条件であろうが、最も大切なことは基本的な発想の転換であろう。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1998.9)

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