トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第16回]メガコンペティションの政策環境の変化

(1998.11)

 米国の1996年通信法、EUの通信市場開放、WTOの基本サービス自由化で、世界の通信政策の動きは一段落したかに見えるが、実は嵐の前の静けさではないのか。米国・EU・日本の通信政策の違いをどう見るか、ITUミネアポリス総会で何が変わったかについて紹介し、われわれは何をなすべきかについて考える。

●グローバル化の枠組みを再考する
 近着のテレコミュニケーションズ・ポリシー1998年第8号に「電気通信事業者の提携の将来」と言うコメントが載っている。著者ジョゼフ・モンルイ(Joseph Monlouis)はフランス・テレコムの課長さんのようだが、同質化と均整と題して最近のグローバル・アライアンスに理論物理学の法則を当てはめた序論から、米国の電気通信グローバル化:新世界の不協和音、ヨーロッパの電気通信グローバル化、日本の電気通信グローバル化と題した比較論が面白い。

 なんでも理論物理学では、空間と時間の等方性から角運動量保存の法則が導かれ、空間や時間の起原の不存在から運動量/エネルギー保存の法則が演繹されるそうで、彼はそれを生のまま現代社会に当てはめて「社会経済の同質化」法則とし、世界中の社会構造、文化や経済などの生活様式は同じ方向に融合するとの仮説をつくる。それに基づく説明は以下のとおりである。
 「社会経済の同質化の法則で見ると、1984年AT&T分割は、AT&Tのユニバーサルサービスの世界がMCIの登場で破壊されたが、電気通信産業は産業界のマーケティング/管理手法に学んで革新し、産業界は料金値下げや新製品・サービスの利益を得る形で、均衡が回復された。しかし電気通信グローバル化とグローバル同質化を同期させることには失敗した。1996年通信法は米国電気通信業界の利害の精緻な妥協の産物だが、ケーブル・メディアやデータ処理・娯楽余暇産業との境界をうまく乗り越えられない限り、社会経済の同質化のインパクトはない。

 米国と違って、もともとドイツを西側世界に迎え入れるためにできたECの延長であるEUでは、電気通信の同質化は全体経済の同質化の副産物であり、加盟国の調整に配慮して時間はかかったが、たゆまぬ努力で1987年のグリーンペーパーから1998年1月の全面的自由化まで来た。1997年12月の情報通信産業界の融合化に関するグリーンペーパーはCATV、電気通信、テレビに対し共通の規制の枠組みを設けるもので、米国の1996年通信法を超えている。しかし、サービス産業は米国より弱体である。

 日本の通信自由化は1972年に始まり、1986年に前進したもののかなり時間がかかっており、排他主義によるとする見方があるが、そうではない。日本はアメリカ型ではなくヨーロッパ型で、非規制化は米国に遅れ、サービス産業は弱体である。日本は同質的な社会を西洋化することに成功し、電気通信の同質化は経済全体の同質化の副産物である。今金融・経済の危機に陥っているが、新しい社会経済のパラダイムを模索しているのだろう。

 彼のグローバル化の枠組みは、電気通信企業のグローバルな進出が社会的、経済的な同質化に裏付けられていれば、積極的にM&Aを展開すべきであり、そうでない場合は自重してあいまいな提携は避けた方が良いというものである。

●21世紀に向けたITUの目標
 ITUの第15回全権委員会議(総会と通称)が、1998年10月12日から11月9日まで米国ミネアポリスに157加盟国が参集して開催された。開会日のスピーチでゴア米国副大統領は「皆さんに4年前GII(グローバル情報ハイウェイ)を呼び掛けたが、今日は未だかつてない革命を始めて下さったことに感謝し、グローバル・ネットワークが人々を助ける働きをするよう改めてお願いします」と述べ、以下の「相互依存の宣言」と言うべき新しい挑戦目標を提起し、2000年問題にも触れた。

  1. 2005年までに地球上の誰もが歩行距離で基本電気通信サービスを利用できるよう世界の各界がアクセスの改善を図ること。
  2. すべての人が誰とでも話せるようリアルタイムディジタル翻訳技術で言語障壁に橋をかけること。これでビジネスコストが減少し国際協力が増進しよう。
  3. 教育、保健、農業資源および持続的発展を改善するグローバル知識ネットワークを創出し、安全を保障すること。特に教育界はこのもっとも緊急な社会経済的ニーズに向け、実務家、専門家、NPOの連係を図ること。
  4. 通信技術がアイデアの自由な流通を保護し、民主主義と言論の自由を支えること。GIIが世界の情報流通と民主主義を増進することを確実にすること。
  5. すべての小規模ベンチャーが世界市場を直接相手にして商品を宣伝、マーケティング、販売できるネットワークを創出すること。このネットワークによって企業家は利潤を増やし続け、世界市場の価格情報を提供し、ビジネスツールを開発し、グローバルな市場の多様性を増進し、雇用を増大する。

 第15回総会は京都総会に続く、憲章と協約の分離大機構再編成などのITU改革後の重要会議であり、事務総長・同代理等の選出、パレスティナ代表権問題、財政問題、国際計算料金制度改革、ドメイン・ネーム・システム(DNS)問題などさまざまな課題に取り組んだが、最大の課題は民間セクターの参加であった。
 従来から民間セクターは政府間国際機構であるITUへオブザーバーとして参加してきたが、電気通信への市場原理の導入がWTOのサービス貿易協定で確立されたのに伴い、ITUの各種委員会にさまざまな資格で参加している民間セクターの権利と義務を整理し単一の代表とすることが懸案になっていた。結論によっては憲章の改正を必要とするため、総会の初めに2000年までにITU組織・管理を再検討する専門委員会が提案された。会期を通じて議論が継続した結果、最終議定書で民間セクターがより大きな役割を果たす改革の方向が確認された。

 改革の主要点は、(1)企業、団体などすべての産業界メンバーが平等な資格を持つことの確認、(2)開発/標準化部門のワーキング・グループへの会議・集会の権限委譲、(3)民間セクターメンバーがITU諸会議に質問・勧告するための手続、(4)研究委員会の準会員資格、(5)民間セクターが当該政府の承認を得てITU事務局へ直接照会できる手続、(6)ITU諸活動の透明性を確保する新しい報告プロセスである。8年勤めたペッカ・タリアンネITU事務総長は「本件によってミネアポリス総会は民間セクターの今後の発展の基準となる」と述べた。

 役員人事では激しい選挙戦の末、日本人の内海郵政省審議官が次期事務総長に、ブラジル人のブロア米州電気通信委員会(CITEL)事務局長が事務総長代理に、それぞれ選出され、中国人の趙標準化局長も含めヨーロッパ勢が完敗した。
 永年の懸案の財政問題は、ITU事務局サービス有料制に途上国代表が大反撃するなどもつれ、次期会期に継続された。国際計算料金制度改革も暗礁に乗り上げ、会期末に着信料保証の途上国提案も議論されたが、決着しなかった。この問題はITU第3研究委員会で結論がでないと、ITUは権限を失い、WTOがサービス貿易協定に基づいて結論をだすことになる。DNS問題は、98年6月に米国政府がDNS管理に対する主張を引っ込め、98年9月にITUがインターネット・プロトコルを公認しIETFと協力して標準化を進めることになったと言う新環境での、微妙な主導権争いである。
 一口に言って、電気通信にかかる国際交流・交渉・外交は技術的で、政治的で、複雑になる一方である。

●われわれは何をなすべきか

 近代日本始まって以来の大転換期とされる今、よくグローバルスタンダードと言う言葉を耳にする。それは金融に関してはアングロサクソン・スタンダードであり、アジア金融危機とヘッジファンドLTCMに対する米国のスタンスはダブル・スタンダードと言わざるを得ない。日本がいつまでも米国の傘の下で楽に生きてはいけない以上、情報通信関係者は情報、通信、放送、出版などあらゆるメディア、サービス、コンテンツなど諸分野のグローバルスタンダードについて現実認識を持つ必要がある。

 米国1996年通信法が隙間だらけなのは、ホームズ判事の「アイデアの市場」以来の言論の自由の積み上げと三権分立の米国システムへの信仰があり、海外に対しては米国基準が通る、通すと決めてかかっているからである。その点前記EUの情報通信産業界の融合化に関するグリーンペーパーは、米国のように素朴な市場原理任せではなく、規制対象を(1)伝送設備、通信・放送サービス提供、市場参入条件、(2)相互接続・アクセス等インフラ運用条件、(3)コンテンツ関連、公共政策関連事項の3層に分け、(1)(2)の経済的規制と(3)の社会的規制を別にして組み立て、しかし双方に競争法を適用すると言った綿密な枠組みを打ち出そうとしており、われわれの参考になる。

 現代日本は、「新しい中世」と言うべき権力多元化のOECD諸国と、国民国家を柱に近代化に走る大多数の開発途上国と、混沌としたLLDCなどの、原理の異なる国々と交わる必要があり、希望的願望や思考停止状態で生存していくことはできない。冷徹な現実認識に基づき、たとえばエレクトロニック・コマース長期戦略を立てるときに日本人のプライバシー観の独自生を認識する、放送ディジタル化に関し国際競争力のレベルを確認しセカンド・ランナーで行くなら行くなど、戦略的思考に基づいてコミットして行かなければならない。グローバル化が進めば、市場の判断が最高で国家戦略などなくても予定調和に達するなど夢想していけないのである。そしてもっとも大切なことは、政策は政府のすることと考えず、企業や消費者としての政策、また個人としての識見を持たなければならない。通信事業についてはすでに外資系の日本アクセスが見えてきた。NTTを始め各社の企業戦略が問われる日は近い。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1998.11)

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