トレンド情報-シリーズ[1999年]

[経営とIT]
[第3回]ハマーとチャンピーのBPR

(1999.9)


今回でトレンド情報「経営とIT」も三回目になります。
ハマーとチャンピーのBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の話の前に気になるトピックを今回も触れたいと思います。この頃新聞雑誌の論調が変ってきたことはすでに話題にしましたが、日本経済新聞の新連載「企業新世紀 新産業離陸の条件」はこれまでになくインパクトの大きい記事と思い取り上げます。

すでに、読まれている方も多いと思いますが内容が衝撃的です。ソニーがTVチューナー技術の新技術開発を承認しなかったために、半導体技術者3名がIBMの支援の受けて独立し、新会社を起こすような出来事が進行している現実やIBMやインテルがベンチャーとともに事業を展開するために、世界的ベンチャー企業育成に資金を投下している事実は、日本における時代の変化ということの認識をはるかに超えています。

また、大学院MBAコースの在学生や修了者、大学教授とのネットワークの中で新たな起業が進行していること、産学の協力による新たな価値創造の仕組みが動き始めていることなど、日経新聞の連載は豊富な事例で紹介しています。経営者の多くが社内の階段を上り社内の知識は蓄積できるが、それ以外の世界的共通語とも言えるグローバルに通用する経営手法を十分に勉強できなかったとする論調は説得力があります。

ERPやSCMばかりでなく会計分野でもキャッシュフローやEVAなど多くのキーワードが経営に必要とされますが、これらのコンセプトやソフトウェアを生み出すベンダーやコンサルティング企業のアカデミックとの関係は非常に密接で相互に交流があり、最新のITや経営コンセプトを理解するのは学会レベルの知識が必要です。アカデミックと実業は違うと考えていた多くの人々が現実にERPやSCMを考える時、消化不良を起こすのは理論手法をビジネスに適用できるなんて考えなかった日本人の怠慢にあります。ビジネスは経験や勘で行うという風土はまだ日本企業の中にあります。そんな古い体質の日本企業の中で、今後新しい経営者層が誕生する可能性を日経新聞は語っています。大学教授から経営者への転身や兼務、MBAネットワークによる起業など、最先端の理論手法に武装された「スーパー・エグゼクティヴ」集団の活動が始まったのです。

日本企業の中で年功制の崩壊や実力主義と言われていますが、世界の舞台で世界一を狙う日本人集団が形成されつつあります。欧米では学会活動に多くの実務家が参加しています。欧米での学会活動は自分の知的レベルを世界に問う場でもあります。全世界で自分だけの専門領域を新たに築くことも可能です。日本のMBAが欧米の学会に進出して世界に自分を問うということが近年多くなりました。仕事を持ち、研究者でもあり、独自の理論体系を構築し、世界にその価値を問うことのできる人材が日本にも形成され始めています。世界で評価された人材が企業経営のトップとしての座を得る仕組みも整いつつあります。投資の対象を十分に評価できない日本の金融機関に代わって、ナスダックによる世界的投資の道も開けるでしょう。世界的な株主の評価も以前より厳しくなり、従来の経営者は能力を理由に退陣を余儀なくされることも起きてきます。これからの経営者は世界に評価される資質が求められる時代になるわけで、産学の交流だけでなく企業における教育という枠組みも考え直す必要があります。10年ごとあるいは15年ごとに、最先端の知識や技術を学び直す仕組みがこれからの企業に必要です。

新しいエリート集団の出現は日本企業の中ではまだ評価されてはいません。日本における有名なMBAコースの例で考えると、大学院での研究を1/3は会社からの迫害を恐れて会社に秘密にし、1/3は会社に知られ迫害を受ける状況で、会社に理解を得ているのは残り1/3にすぎません。そんな状況にあっても彼らは仕事をしながら研究を継続し、具体的なビジネス分野の世界的な専門家として世界に向かってはばたいて行きます。彼らを受け入れるのは世界であり日本ではないのです。世界的ネットワークの追い風を受けて、彼らは日本企業を追いつめる新企業を次々と生み出していくはずです。日本企業が新しいエリートをどう評価して、どう利用するのか、また利用しないのか見極めて行きたいと思います。

さて、今回の話題はハマーとチャンピーのBPRです。

M・ハマーとJ・チャンピーは「リエンジニアリング革命」1993でBPRを提唱しました。ハマー&チャンピーは「会社を再建するためには、会社がどう組織され、どう運営されるべきかということについての古いコンセプトを捨てなくてはならない。現在用いている組織運営の原則と手順をやめて、それに代わるまったく新しいものをつくり出さなければならない」といっています。リエンジニアリングとは最初からやりなおすこと、つまり再出発を意味しています。したがってBPRの定義は「コスト、品質、サービス、スピードといった、重大で現代的なパフォーマンス基準を劇的に改善するために、ビジネス・プロセスを根本的に考え直し、抜本的にそれをデザインし直すこと」です。ここで注意が必要なのは、BPRは改善や強化、修正を目指しているのではなく、既存の構造と手続きをすべて無視して、仕事を達成する新しい方法を発明することだということです。つまりアダム・スミス以来の分業体制、規模の利益、階層的組織構造を無視して、顧客のためのビジネス・プロセスの再構築をするということなのです。

P・F・ドラッカーは、企業永続の理論について「今日のように多くの新しいマネジメント技法が存在したことはない。アウトソーシングとリエンジニアリング以外の手法は主として、すでになされていることを違ったやり方でやるための手法である。つまり、『いかになすか』の手法である。ところが今や、『何をなすか』が、マネジメント、特にこれまで長期にわたって成功してきた大企業のマネジメントにとって、主たる課題となっている」と述べています(ハーバードビジネスレビュー1995年1月号)。 今まで成功を収めてきた組織の多くが、現在困難に陥っています。それは前提としてきた「事業の定義」が、新しい現実にそぐわなくなったのです。「事業の定義」は、常に見直し、環境変化に対応させていかねばならないともいっています。企業が低迷し、困難に陥り、経営危機に到るのは、経営が間違っているのでもなく、愚かなわけでもありません。組織が設立の際に基礎とされた前提、そしてそれに基づいて組織が運営されてきた前提が、もはや現実にそぐわなくなったのだとドラッカーは言っているのです。

ドラッカーは事業の定義として、3つ定義をあげています。第一に環境に関する前提、組織が何のために存在するかを定義する。第二に使命に関する前提、組織が何をもって意義ある成果と考えるかを定義する。第三に中核となる強みに関する前提、組織がリーダーシップを維持していくためにどの点で他に優れなければならないかを定義する。これらの定義は重要です。

また、一時的な改革手法としてBPRは提唱されましたが、ITを活用した継続的BPRの手法も必要です。現在ERPやSCMがBPRのツールとして宣伝されていますが、厳密にいえばBPRは組織運営の原則の破壊と再構築であり、ERPは業務適合という既存運営原則内での組織強化です。コンセプトがちょっと違います。組織業務を前提に構築されたERPは、組織業務の分業を前提にしないBPRには対応が難しいのです。ERPはデータの統合はできても、組織や人間の統合はできません。それはITの問題ではなくBPR、つまり経営の意思決定の問題だからです。

経営にとってITはもはや不可欠な存在です。問題は経営におけるIT部門の役割です。これまでどおり経営の要求する問題解決だけを担当し続ける御用聞き情報部門なのか。世界的なITの新技術を積極的に経営改革に利用する改革提案機関に生まれ変わるのか。これからの経営は、ITのより効果的な利用のためにIT部門の経営における位置づけを明確にしなければなりません。経営改革と企業の再生はまずIT部門の経営における位置づけから始まるのです。

情報技術の役割については、リエンジニアリング革命から引用すると「現在の情報技術のもつパワーを認識し、その応用を理解するためには、新しい発想法が必要である。しかし、ビジネスマンはそのように訓練されていないし、慣れてもいない。多くの役員やマネジャーは、「演繹」的に思考している。つまり問題を認識し、それに対する解決策を見つけ、評価することを得意としている。しかし事業のリエンジニアリングにおいては、「帰納」的な発想が必要である。つまり、まず強力な解決策を認識し、それによって解決が可能な問題を発見する。その問題は企業自身がその存在を認識していないかもしれないものである。多くの企業が犯す根本的な間違いは、既存のプロセスを通して情報技術を見てしまうことである。「我々が既に行っていることを情報技術を使って強化したり、簡素化したり、改善するにはどうしたらよいだろうか」と考えてしまう。しかし考えなければならないのは「まだしていないことを行うためには、情報技術をどのように利用すべきなのだろうか」ということである。」と述べています。そして「情報技術によって破ることができるルールを見つけ、それを破ることによってどのような事業機会がえられるか検討する。仕事のやり方を規定するルールを変えてしまう「破壊的」な効果が、情報技術に存在するからこそ、それは競争上の優位を探求する企業にとって非常に大切なのである。」とも言っています。こうしてハマーやチャンピー、ドラッカーの言ったことを追いかけてくると、技術を利用する前のコンセプトの理解がいかに重要であるか考えさせられます。

経営のコンセプトや手法に精通し、IT技術を駆使できる「スーパー・エグゼクティヴ」の登場は今後の日本にとって不可欠といえます。世界的競争力のある企業への再生は、やはり世界的競争力のある人材なしには不可能なのでしょう。技術がどんなに進歩しても人間のあり方が重要なのは、時代を超えた真理のようです。

中嶋 隆

(入稿:1999.8)

このページの最初へ

トップページ
(http://www.icr.co.jp/newsletter/)
トレンド情報-シリーズ[1999年]