トレンド情報-シリーズ[1999年]

[メガコンペティションは今?]
[第19回]移動キャリアーは情報通信ディジタル化の主軸になれるか

(1999.3)

 フィンランドは移動電話加入数が固定電話加入数を追い越した世界最初の国になった。IMT-2000標準化について、日本では周波数不足から米欧戦争の決着が待たれているが、世界的に見るとモバイルコンピューティング面での熟成が注目されている。IPベースへの網更新投資が急がれる今日、市内遺産を持たない移動網事業者の方が固定網事業者より有利な立場にある。

●移動電話が固定電話を追い越した国
 フィンランドは98年末に、移動電話加入数が固定電話加入数を越した世界最初の国になった。スウェーデン、ノルウェー、デンマークでも、ほどなく移動電話加入数が固定電話加入数を越えるし、西欧全体としては5年以内に移動電話が固定電話を追い越すこととなろう。
 1999年初頭の西欧全体の移動電話普及率は30%に達し、米国の25%を上回った。最近の西欧主要国の移動電話の増加振りは次の表のとおりである。

単位)加入数 百万、普及率 %
(出所)Communication International 99年1月号「Moving in for the kill」に紹介された表ITU、規制機関資料より作成

国名1996年末1997年末1998年末
加入数普及率加入数普及率加入数普及率
フィンランド1.528.42.241.72.956.4
イタリア6.411.111.720.420.335.4
英国7.112.010.217.213.122.1
フランス2.54.35.89.911.219.2
ドイツ5.56.78.19.913.015.9

 このように普及率が高いのは、一般的な見方では、競争導入によって事業者間の接続料や利用者の料金が下がったからとされる。しかし、接続料・利用料金と移動電話普及率との相関度は必ずしも高くない。豊かさ、移動電話導入前からの諸条件、社会行動や慣習も考慮されなければならない。
 英国は競争導入が世界で最も早い方で、Cellnet、Vodafone、Orange、OneToOneと4社が鎬を削っているのに、98年の増加数はフランスに負け、普及率は2年前にイタリアに追い越されている。
 イタリアはTIMとOmnitelの複占制で料金水準は決して低くないのに国民3人に一台の普及率で会話を楽しんでおり、携帯電話プリペイドサービスを発明した。
 フィンランドの世界一普及率も競争によるものではなく、導入前からの市内電話料金制度に従い、携帯電話料金は協同組合提供の固定電話料金より安くしなければならないことに起因している。
 普及率の差が慣習ないしファッション、地域性(local culture)に基づくことの実例として、フランスでは、流行に遅れてないことを示すためオフィスの机上に携帯電話をおいているが、英国やドイツでは、携帯電話はハンドバッグやコートのポケットに仕舞われているとの違いが見受けられる。

●IMT-2000標準化の見方
 ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)のIMT-2000標準化特別会合(99.2.6.)で、QualcommとEricssonの知的財産権(IPR)問題に関連して中断している標準化作業の進め方が協議された。QualcommはIPR問題を先議し結論を得てから標準化作業を再開せよとの主張を繰り返したが、他の関係者はIPR問題の解決と切り離して標準化作業を継続すべきだとの意見であった。従来早期解決に熱心でなかったFCCが「IPR問題はIMT-2000の基本パラメータの勧告予定である99年3月までに解決すべきだ」との立場をとったことが注目される。

 IMT-2000は第2世代移動電話(ディジタルGSMとcdmaOneが主流)を継ぐ第3世代移動電話(3G)で、高品質・高能率な音声通信を提供するほか、移動中384Kbps、静止時2Mbpsの高速データ通信を実現する。その国際標準を目指しEricssonなど日欧連合のW-CDMAとQualcommなど米国のcdma2000が、妥協によって共通部分を増やしつつも主導権をかけて対立を続け、QualcommがCDMA特許を駆け引きに使っているのである。

 日本ではNTTの800MHz帯PDCサービスで周波数が窮迫しており、日本シティメディア買収で得たテレターミナル用帯域の余裕2MHzの転用や1.5GHz帯PDCサービスの小セル化によっても、2001年目途のIMT-2000サービス開始まで容量不足が続く。周波数事情からディジタル化を急いできた日本で、IMT-2000は2GHz帯で20MHzづつ割り当てられる予定であることから待望されている。

 日本以外でIMT-2000の導入を特に急ぐ事情はない。米国ではD-AMPS、CDMA、GSMと3ディジタル方式が併存し、PCSの場合は3方式を含む7方式が市場実験中であり、規格一本化には時間がかかるものとされている。西欧ではGSMW-CDMAの高度化路線が確立されているものの、高速データ通信に関しては、現行の9.6Kbps、14.4Kbps、57.6KbpsHSCSD(High Speed Circuit SwitchedData)などから一挙に3Gに跳ぶのは現実的ではない。中間項として高速パケット無線(General Packet Radio Service:GPRS)やGSM高速版(Enhanced Data forGSM Evolution:EDGE)など384Kbps級サービスを実用化し、高速データ通信の利用法を熟成させるべきだとの考え方がある。

 Qualcomm/Ericsson知的財産権問題解決待ちのところ、最近のウォール・ストリート・ジャーナル紙(99.2.22.)によれば、両社は99年4月にテキサス連邦地裁で開かれる特許裁判で和解し、特許相互使用を許諾する模様と言う。

 標準化のもう一つ大きな課題にマルチメディア・コンテンツのデータ記述方式の統一がある。郵便とそのリアルタイム・メディア電気通信、新聞とそのリアルタイム・メディア放送の四つのメディアに続いて、今や出版をリアルタイム化した第六のメディアが生まれようとしている。そこでは今放送のディジタル化である「データ放送」と通信の新興勢力インターネットの「IPマルチキャスト」の二つの流れが鎬を削っており、新サービスの一つにモバイル放送がある。マルチメディア・コンテンツ・データの記述方式については、こうした放送・通信の融合をカバーする国際標準化が求められている。

 テキスト・データの記述方式はNokia、Ericsson、Motorolaによる移動電話機向け情報伝送方式WAP(Wireless Application Protocol)が事実上の国際標準として認知されている。ところが、マルチメディア・コンテンツ・データの記述方式については、欧州のディジタル放送標準化作業から生まれた国際標準(ISO) MHEG-5(Multimedia and Hypermedia coding Experts Group Phase-5)と米国の標準化団体ATVEF(Advanced Television Enhancemet Forum)が推奨するインターネットWWWのHTMLベース方式の二つの流れがある。モバイル放送を実現するには、両者を統一するか、いずれかを選び無線系に乗せなければならないが、放送/通信二大メディアのせめぎあいにからみ単純にいかない。

 日本ではモバイル空間に第六メディアを創造する動きが活発で、すでに移動体向け衛星放送会社「モバイル放送」が設立されている。ディジタル地上波放送が移動体受信に強いOFM方式を採用するため、これをインフラとするこも検討されている。こうした環境下、電気通信技術審議会は99年1月にBSデータ放送データ記述方式の標準について、他メディアとの整合性と将来性から最も望ましいXML方式 ! 、他メディアとの整合性とXMLへの移行が容易なことから望ましいHTML、現時点で望ましいMHEG-5の三つを候補とした。

●固定網を取り込む移動キャリアー
 通信トラフィックの増加を成長の鍵とするキャリアーにとって、インターネットは遂に見つけたキラー・アプリケーションである。キャリアーはできるだけ早く高速インターネットアクセス網を整備し、高速接続サービスを低料金で提供する必要がある。問題は技術より料金。収益性を横において利用料金を安くし、需要を開拓して新市場を創造することにより、IPサービスの広大な地平が拓かれる。将来のため今をどれだけ犠牲にできるかによって未来が決まる。

 未来投資に関し各種のキャリアーの戦略基盤は一様ではない。最も悩ましいのは、米国のRBOCのように、旧時代の市内設備を抱えたキャリアーである。電話級アクセス市場の現在の規模は大きいが成長率は最低で、エンド・ツー・エンド接続や課金記録のためコストがIPトラフィックの伝達に比べ格段にかかって採算点が高く、1分1セントのマージナルコスト料金で競争したのでは設備更新投資ができない。電話中心の長距離通信事業者も似たような状況にある。例えばWorldComはM&A戦略で電話市場の規模の経済を達成しUUNet取得やAOL/CompuServ再編成参加までは良かったが、高コストのMCIを買収した後に環境が急変し、今はキャリアー番付の等外に落ちた状態である。その点、AT&Tはかつての分割時に市内遺産から開放されて身軽になり、電話網のディジタル化も終わっている。BTは現在実質的に負債がない状態であり、MCI買収ができなかったお蔭で、AT&Tと組んで国際IPネットワーク市場に積極投資が可能である。もちろんQwestやLevel 3などの新興キャリアーは、遺産0の状態から出発するので身軽にリスクテイキングなIPネットワーク投資ができる。

 既存固定網キャリアーの多くが移動通信投資に積極的であるが、料金値下げを繰り返しながら大規模投資を続ける競争に耐えなければならない。未来網がパイプのようなIP網になれば、移動通信網キャリアーが重要な鍵を握ることは、本シリーズ第15回のなかの「日本のワイヤレス通信の課題」で述べた。90年代初めには世界的に固定網キャリアーが移動網キャリアーを吸収する固定/移動融合が語られたが、Vodafone-Airtouch合併は今や移動網キャリアーがメガキャリアー化し、将来固定網に乗ってグローバルに事業を拡張する可能性を示している。日本ではNTTがFTTHを追求しているが、プラスティック・ファイバーが張り巡らされるまでの間に移動網が急速に高度化されることもあろう。

 それにしても、キャリアーにとってインターネット競争を学習する方が、移動網事業の経営よりも遥かに厳しい。「“音速の壁を越える飛行訓練”のようなもので、機体からエンジンまであらゆる装置・部品を見直して構成し、パイロットから地上クルーまで全員を再訓練しなければならない。しかもそのプロセスは終わりがない。インターネットに関しては安定性などはないのである。」 " 全米小売業界の頂点に立ち、99年1月期通年決算で売上高16.7%増の1,392億ドル、純利益25.6%増の44億ドルと言う一人勝ちを達成したウォルマートは「強力なイントラネットで組織化して流通革命を起こし、20年間合併によることなく有機的に成長して来た。ウォルマートが機能する秘密の一つは、現場の従業員が顧客のため意思決定を行う権限を与えられていることである。いずれキャリアー界のウォルマートのような企業が出現するだろうが、今はまだその姿が見えていないし、恐らく現在まだ存在していない。」

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1999.3)

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