トレンド情報-シリーズ[1999年]

[メガコンペティションは今?]
[第23回]融合時代のメガキャリアー

(1999.7)

 この1年間にAT&Tが展開したM&A戦略に見るとおり、情報通信融合時代を迎えたメガキャリアーは持てる力を生かしてサーバーやコンテンツ/アプリケーションのホスト業に乗り出しつつある。インターネット革命が企業情報ネットワークにもたらす衝撃は極めて大きいが、厳しい環境下でも日本の通信企業は戦略的課題の解決に挑戦しなければならない。

●メガキャリアーの変身 垂直的展開
 米国の高速ISP業者アットホーム(@Home Network)のネット検索大手エキサイト(Excite Inc.)買収が99年6月1日に完了し、新会社エキサイト・アットホーム(Excite@Home)が誕生した。この買収は発表当時(99年1月)、98年11月に発表された AOLによるネットスケープ買収金額42億ドルを上回る67億ドルと、エキサイトの親会社TCIがAT&Tに買収された企業であることから、大いに注目され た。その後AT&Tはタイムワーナーと提携し、メディア・ワンを買収して米国CATVシステムの過半を支配下におき、インターネット高速アクセスサービスNo.1の地歩を築きつつある。AT&TのCATV支配については、独禁当局の判定と非系列ISPへの利用開放訴訟が残っているが、AT&Tはクリアされる可能性が高いと戦略的に判断して、インターネット・ホスト業に進出したものと思われる。
 コミュニケーションズ・ウィーク・インターナショナル誌No.227(99.6.21)所載の「高所に陣取る」によれば、『通信企業は伝統的にネットワークを提供し基礎のインフラを運用する者とみられてきたが、インターネットを基盤とする電子商取引の出現に伴い、今後も電子商取引の基盤提供者に留まるのか電子商取引関連サービス提供者(いわゆるEビジネス)に移行するのか、意思と能力を問われることになった。Eビジネスへの移行は通信企業に価値連鎖の見直しを迫り、再編なければ得べかりし収益が他企業・他産業行ってしまう事態に追い込んでいる。Eビジネスに参加しつつある企業・産業とは、CATV企業、公益事業、コンピュータメーカー、ソフトベンダー、システム・インテグレーター、金融機関であり、既に収穫期に入ったのがISPオンライン・コミュニティ、ウェブ・ポータルである。新規参入とコモディティ化に伴う料金競争や長距離通信収益力の低下に悩む通信企業は早く決め、早く行動しなけれなならない。通信企業はシステム・インテグレーターやサービス企業に比べ電子商取引の専門技能に欠けるが、図のとおり、電子商取引バリューチェーンを昇進できる資質を備えている。』

通信企業は電子商取引バリューチェーンを昇進できる

 『今日インフラ層にある通信企業の伝統的能力はサービス層やコンテンツ層の戦略地点への踏み石である。通信企業は所有するアクセス網を傘下や競争相手ISPのゲイトウェーやアクセス回線に卸売りする。ネットワーク/サービス運営の専門技能はトランザクション・サービスや課金サービスをもたらす。広帯域インフラで通信企業はサーバー/コンテンツ/アプリケーションのホスト業ができる。』
 この図に照らすと、AT&TのCATV企業買収・提携やエキサイト・アットホーム設立は電子商取引バリューチェーン革新の代表例であることが分かる。ただ、顧客へ直接リンクするアクセス網の所有が要であることは確かだが、アクセス網と言っても光ファイバ、光/同軸複合、xDSL、移動網など様々ある。また、バリューチェーンのどこまで行くのがベストかはまだ決まっておらず、米欧通信企業の取組みはさまざまであるが、従来自前主義が伝統だった通信企業も自分で全てやること不可能とさとり、共通して提携戦略に注力している。
 コミュニケーションズ・インターナショナル誌99年6月号の「電話会社を電子商取引に適応させる方法」は、『電話会社がEビジネスの競争をリードする可能性はほとんどない。電話会社のビジネス・モデルはインフラ、交換機その他に大規模投資を行い、8~10年償却で運営するものだが、電子商取引はイノベーション・ビジネスであり、チャンスは3ヵ月かそこらしか存在しない、運が良くて半年窓が開いてる類いのもの。チャンスが去ればまた一からやり直しと言うビジネスである。万事スローモーの電話会社には向かない』とする。
 前回のシリーズ No.22で主要キャリアーの合従連衡は煮詰まってきたと報じたが、それは水平的統合についてであって、今回述べている垂直的展開はこれからである。水平的統合にしても、USウェストとグローバルクロッシングの合併に対して6月13日にクエスト・コミュニケーションズ(Qwest)がフロンティアを含む買収の意思 表示を行い、6月22日に金額を543億ドルに引き上げ、フロンティアになびく気配が出て、しかしUSウェストはなおリジェクトベースと、さぐり合いが続いている。日本のIDCをめぐるNTとC&Wの応酬はC&Wの勝利に終わったが、日本の通信企業の水平的統合はむしろこれからの雰囲気である。キャリアーの合従連衡に当分終わりはない。

●インターネット革命が導く未来
 近着エコノミスト誌(99.6.26-7.3)の二つの記事「企業がネットワーク化した時」と「ビジネスとインターネットがもたらすもの」が注目される。姉妹会社エコノミスト・インテリジェンス・ユニットがコンサルタント会社ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンと世界の大企業500社について行った調査の概要報告書「ディジタル時代に競う」は7月中にオンラインで発表されるそうだが、エコノミスト誌の記事自体なかなか面白い。エコノミスト誌の記事はA.マーシャルの経済学原理の引用『画期的なアイデアの重要性が完全に認識されるまでには一世代(約30年)かかる。・・新発見で、その周りに多数の小さな改良や付随的な発見が集まる前に、実用上効果的になったものはほとんどない。』で始まり、『今日誰でもインターネットが画期的な概念であることを疑わない。マーシャルが生きた100年前に比べ超スピーディにインターネット周りの小改良や新発見は集積されつつある。・・・しかし、インターネットの最大のインパクトが何であるかは、まだ不明瞭である。新技術はいつも世界を思わぬ方向へ変える。・・・発明の時点で、自動車が求愛の方法を変え、電気が家庭に電化生活をもたらし、テレビが政治談義を変えると、誰が想像したであろうか。・・インターネットは全てを変えると言う決まり文句はダメで、今問われているのはインターネットが何を、どのように、どんなに早く変えるかの推測だ』と続く。

 確かに、東大社会情報研究所の水越伸助教授も近著「デジタル・メディア社会」でインターネットの100年後への想像力について『インターネットの100年後というのは、想像しようとしてもできるものではない。・・・産業論的な技術予測ならある程度正確に言い当てることはできる。しかしそれはせいぜい10年から20年の間のことであって、一世紀後となると歯が立たなくなってしまう。・・・技術予測はまだましな方で、インターネットの社会的受容状況となると考えるべき変数がさらに多くなって、・・・社会の未来がからみ・・100年後のインターネットのありようはさっぱりわからなくなってくる』と述べている。
 エコノミスト誌は『成熟技術となったインターネットが社会と人間行動を新しい形にするのに一世代かかるとしても、ビジネスの再設計は既に始まり、急速に進みつつある。新企業アマゾン、ヤフー、eBayなどが喧伝されているが、インターネットのインパクトは確立した大企業への影響が遥かに重要』とする。インテルのA.グローブ会長は「5年後全ての企業にインターネットが浸透しており、インターネットをやらない企業はつぶれてる」と物騒なことを言った。IBMのルイス V. ガースナー会長は「インターネットの嵐が来るのは、今活動している何千何万の組織がこのグローバルな情報通信インフラの力の意味をつかみ、それを使って自らを変えるとき。それが本当のインターネット革命だ」と述べた。近未来の革命は企業・消費者間電子商取引(B to C Electronic Commerce)で起きるが、規模は比較的小さく、生活・文化の変容であるから時間もかかる。世界を変えるのは企業間電子商取引(B to B Electronic Commerce)であるが、インターネットの浸透度は国により、業種により不均等である。エコノミスト誌は『今の米国のレベルに達するのに、英国やドイツ2年かかり、日本・フランス・イタリアはもう2年かかる』と言う。インターネットの重要性は既に経営トップには浸透しているが、各現場の業務革新はこれからである。

 インターネットの本質は、ハードウエアとしては世界中のコンピュータ・ネットワークの集合体、ソフトウエアとしてはTCP/IPプロトコルを使用、機能としてはデータの転 送に専念して加工はしないものである。ただ、情報の通り道として、全てのインフラに乗って全てのアプリケーションを支えるインターネットが電子商取引の基盤となるとき、インターネット革命がフルに展開される。
 問題は、電子商取引の定義が「すべての経済主体が、各種のコンピュータ・ネットワークを用い、あらゆる経済活動を行うこと」と広汎なため、30年以上の歴史を持つ企業情報ネットワークが全て包含され、特に目新しいものではないとの既視感(dejavu)がインターネットベース電子商取引の正しい理解を妨げることである。
 水越助教授は「デジタル・メディア社会」で、『未来予測には、インターネットが発達した100年後の人間や社会の変化した様子を空想するやり方と、メディアの未来を情報技術と社会の相互作用過程の中で歴史的に想像するやり方の二つがある』と言う。後者が持論であるソシオメディア論である。では、近未来の予測の方法論は何か。「今までがこうだからこれからもそうなる」と言う趨勢延長と「こうありたい、こうすべきだ」と言うビジョンを描くことの二つだろう。

●日本の通信企業がなすべきこと
 最近日本では「グローバル・スタンダードに従え」「経営のグローバル・スタンダード化」という言説が流行しているが、筆者は、本来技術面で限定的に使われるグローバル・スタンダード(例えば、次世代移動電話IMT-2000)の言葉が、社会・経済・経営改革の事柄について汎用されていることに、かねて若干の違和感を感じていた。
 ところが、有名な知日家のグレン・S・フクシマは、『私は、96年あたりから日本のマスコミで使われるグローバル・スタンダードという言葉の意味がよくわからず、不思議に思っていた。・・・欧米に出かけた際にグローバル・スタンダードについて本を探したり聞いてみたりしたが、誰も知らないと言う。・・・「グローバル・スタンダード」はどうも和製英語のようなのである』とする(グレン・S・フクシマ著「2001年、日本は必ずよみがえる」文芸春秋、1999年)。六大改革、規制緩和、企業リストラなど厳しい変革について「グローバル・スタンダード」のキーワードで死に死にの議論をしてきたら、御本尊が和製英語では笑い話である。
 グレン・S・フクシマは『低迷が続く日本経済について、日本人自らが作った「グローバル・スタンダード」という言葉によって、日本の悪いところを改善しようという認識がひろまりつつあるのだろう』と解釈し、『私は、「グローバル・スタンダード」と言う概念が存在するとすれば、それは普遍的な、先進工業国のなかで効率的な経済合理性のある、よい結果をもたらすやり方、つまり「ベスト・プラクティス」があるということだと理解している』と続け、日本的グローバル・スタンダードの具体論について、アーサー・D・リトル社のコンサルティング経験に基づくヒント、(1)株主重視、(2)定量的客観的指標、(3)取締役会革新、(4)コア・コンピタンス(自社競争基盤)の明確化と再編成、(5)スピーディな経営革新、(6)オペレーションの革新などを展開している。

 彼の所論をまとめると、『欧米の大企業は「多国籍(multinational)」というより「無国籍」(transnational:超国家)で、経営者は政府がどんな政策を考えているかに関係なく企業単位で競争している。それに気づいた日本企業のみが生き残れるし、日本企業にはそれができるはずだ』と要約できる。  これを応用すると、日本の通信企業、とりわけNTTは、「無国籍」になってグローバル化の波を乗り越えろと言うアドバイスになろう。
 この7月1日に誕生した新生NTTは、なお政府持株比率59.1%、資材調達協定は廃止されても2年間は監視下におかれ、国内通信2子会社の規制は継続され、とても一般企業とは言えず「無国籍」にほど遠い。マスコミ論調も、例えば日経ビジネス第997号(99.6.28)の特集「新生NTTが日本を救う」の3つの提言のように、国内的視点からの注文ばかりである。最も自由であるべきNTTコミュニケーションズが独立の人事、技術・設備の自前主義廃止、迅速な意思決定などの抱負を語っても、変身には時間がかかるものと受け取られている。

 しかし、日本の通信市場が開放されて2年目、外資系の活動がますます活発化している時、グローバル化への適応は待ったなしで、ゆっくりしていられない。
 株式時価総額で見た世界のキャリアーランキングで、 NTTは98年春にはNo.1(1,309億ドル)だったが、99年5月現在ではでNo.3(1,644億ドル)に下がった。昨年989億ドルでNo.2だったAT&Tが1,970億ドルになってNo.1に上がり、98年5月に合併合意し近くFCC認可が下りるSBC/アメリテックが1,765億ドルでNo.2相当だからである。キャッシュフロー経営時代には資本効率向上そして株価が重要であり、コストダウンと収益性向上を急がないとNTTの相対的評価が下降し続け、提携戦略の展開上マイナスになる。
 とは言え、経営の要諦は「フォーカス・アンド・スピード」と分かっていても、不用不急部門を切り捨て、新分野進出に挑戦することは容易ではない。ヤフーに次いで日本のNo.2ポータルサイトの「goo」をNTT-Xが運営中で、ISPとしてNTTインフォスフィアがあるのに、この6月30日にNTTデータとNTTドコモはメディアバンクを合弁の100%子会社とした。こんな動きをみるとマルチメディア戦略は積極的に行われていると評価できるが、問題はリストラである。中高年管理職が対象なため、組合関係は見通しがあっても、問題解決には時間がかかりそうである。今平均年令が高いことは数年先に若返りの機会が待っていると考えて、戦略的に行動するしかない。

 「無国籍」とは国益を無視することではない。国益は別途に追求すべきものである。グローバル企業たるものは、政府に対する依存心をなくし、お上の意向を忖度することをやめなければならない。世界の政治経済情勢について見識をもち、内外無差別に現在及び将来の顧客のニーズに応えることが重要である。日本の通信企業に求められるのは、世界の企業と競い合いまた提携して、戦略的思考に基づき困難な課題に立ち向かうことである。その結果自主独立の企業活動が日本の国益を増進することとなろう。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1999.7)

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