トレンド情報-シリーズ[1999年]

インターネット接続の海外動向
[第3回]ADSL技術を用いたアクセス (1)加入者回線の開放

(1999.11)


 ADSL(非対称デジタル加入者回線)技術は、既存のメタリック・ケーブルを用いてメガビット級の高速通信を可能にするため各国で注目を浴びている。米国では、すでに1996年頃からISPや通信事業者がサービスを提供しているが、1999年3月末では、住宅用ユーザーのアクセスに占める割合は僅か0.2%にすぎない。欧州諸国では、規制機関による加入者回線のアンバンドルの義務づけや既存通信事業者によるADSLサービスの提供計画の発表が行われ、商用サービスの提供が開始されている。
 ADSL技術を用いた高速アクセス・サービスに関して、各国とも既存電話会社の加入者回線開放の義務づけや加入者回線の料金設定が主な論点になっている(1)。
 今回は、日本と同様にADSLサービスの提供がまさに始まりそうな欧州諸国における加入者回線開放の動向および加入者回線の料金設定をめぐる論議を中心に紹介する。

(1)日本でも、1999年7月に、郵政省の「接続料の算定に関する研究会」が、NTTに対して加入者回線の提供を要望する最終報告書を提出した。さらに、郵政省は1999年8月から「高速デジタルアクセスに関する研究会」を発足させ、NTT地域会社の加入者回線開放に向けて接続仕様の検討を行っている。

  1. ADSLとは
  2. 欧州諸国における加入者回線開放の義務づけ
  3. アンバンドル加入者回線料金設定
  4. アンバンドルすべき加入者回線の明確化
  5. 卸売サービスとしてADSLサービスの提供を開始
  6. まとめ


1.ADSLとは
 ADSLは、既存の回線を利用して広帯域アクセスサービスの提供が可能である。4kHz以上の高周波帯域を利用して高速デジタル伝送を実現するため、電話帯域の信号はそのまま従来の電話に接続できるので従来のアナログ電話サービスも利用できる。 
 ADSLは、常時接続の提供が可能であるが、光化区間があったり、伝送区間が長い場合は利用できない。ISPなどがADSL機器を自前で調達して自由にサービスを提供するには、電話会社の加入者回線の開放の義務づけといった規制の裏付けが必要になる。ADSLサービスの提供促進を目的に加入者回線のアンバンドルを検討するならば、(1)加入者回線を丸ごとアンバンドルするか、(2)高周波帯域部分だけをアンバンドルするか、といった類型が考えられる。

2.欧州諸国における加入者回線開放の義務づけ
 1998年中期における欧州諸国で既存通信事業者に対して加入者回線開放を義務づけている国は下表のとおりであった。

EU加盟国における加入者回線開放に関する規制状況(1998年中期)

国名既存通信事業者に対する加入者回線開放義務づけ
オーストリア
ベルギー
デンマーク
フィンランド
フランス無 (現在、検討中)
ギリシア2001年1月に完全競争
ドイツ
アイルランド1998年12月に完全競争
イタリア無 (現在、検討中)
ルクセンブルク
オランダ
ポルトガル2000年1月に完全競争
スペイン1998年12月に完全競争
スウェーデン
英国無 (現在、検討中)

[出所]"Access networks and regulatory measures", Ovum, 1998.11, p60に基づいて作成

 各国における加入者回線開放の義務づけ政策の違いは、インフラ構築に基づく市内網の競争を指向しているか否かといった通信政策に基づいたものである。
 1998年中期の時点ではアンバンドルを義務づけていなかった英国、フランス、イタリアにおいて、近年、広帯域アクセスサービスを促進するために加入者回線開放の義務づけの検討が始められている。

3.アンバンドル加入者回線料金設定
 アンバンドル加入者回線料金が具体的に設定されている国として、ドイツ、オランダ、オーストリアがあげられるが、各国とも既存通信事業者、競争事業者間で商業上の合意に達することができず、規制機関が介入をして料金を設定しており、加入者回線料金の設定がいかに困難であるかを物語っている。アンバンドル加入者回線料金の設定は、ドイツは月額基本料よりも高価に設定している点、オランダは長期的に競争事業者のインフラ構築を促す料金体系を提示している点、オーストリアは月額基本料よりも安価に設定している点が特徴である。

[ドイツ]
 ドイツは、欧州で初めに加入者回線のアンバンドルを実施した国である。長期にわたり加入者回線料金設定に関して既存通信事業者のドイツ・テレコム(DT)と競争事業者間で論争があり、ドイツの規制機関RegTPが介入して最終的な料金を1999年2月に月額25.4マルク(約1,520円:1マルク=60円)に決定した(2001年3月まで有効)。DTが要望していた料金よりは遥かに安価なものの基本料21.39マルク(付加価値税抜き)よりも高い料金に設定されたため、新規参入事業者たちは当該料金では事務用ユーザー向けのサービスしか提供できないと批判をしていた。
 RegTPは1999年6月、DTの加入者回線へのアンバンドル・アクセスに36件の契約が締結されている事実を発表し、最終料金は適正な料金設定であったと主張している。しかし、1999年7月、ドイツの14社の地域電気通信会社とインターネット・サービス・プロバイダーは、欧州委員会に対してDTの加入者回線料金に関して苦情を申し立てている。

[オランダ]
 オランダは、広帯域サービスを促進するために加入者回線アンバンドルをドイツに次いで導入した欧州で2番目の国である。
 オランダの規制機関Optaは、既存通信事業者KPNの加入者回線開放の義務づけを決定し、1999年3月19日に諮問文書「特殊アクセスのためのガイドライン」を発表している。  KPNは、現行の回線基本料金34.60ギルダー(月額約2,200円)よりも安価な料金で加入者回線を開放することを義務づけられている。ただし、このアンバンドル料金は、5年間かけて値上げを実施し、最終的には小売料金(回線基本料金)を上回る料金にする予定である。
 Optaがこのようなアプローチをとった背景には、2つの目的がある。
  1. 競争事業者がKPNのネットワークを利用して迅速にサービスを提供できるようにする
  2. 競争事業者に対して、自前のネットワークを構築して5年後には自前のネットワークにサービスを移行していけるように促す
 ただし、アンバンドル料金を基本料よりも安価に設定したこの決定には、KPNは反対の意を表明している。理由は、(1)アンバンドル市内ループを貸出すことによって当初は損失を被ることになる。(2)このような料金設定では、競争事業者は経済的に音声サービスをも提供することができることになる、との理由である。    

[オーストリア]
 オーストリアの規制機関Telekom Control(TKC)は1999年7月、既存通信事業者テレコム・オーストリアの加入者回線料金を設定した。住宅用加入者あたり175シリング(約1,700円)でアクセスを提供するよう義務づけた。これは、標準的住宅ユーザーの月額基本料200シリング(端末・保守込みの場合には212シリング)より安価である。この料金は、人口統計上の情報と市内インフラ構築の推定コストに基づいて算定された。サイトあたりの設置回線数いかんにかかわらず、1企業や1世帯への市内アクセスを構築するプロセスは同じであるという仮定に基づいて算定されている。この料金は2000年9月30日まで有効であり、その後は市場にまかされることになる。

4.アンバンドルすべき加入者回線の明確化
 アンバンドルすべき加入者回線の種類に関しては、促進すべき競争は何であるのか、広帯域網をアンバンドルすべきか、アンバンドルされた回線で提供できるサービスは何かといった点が論点になっている。

[英国]
 英国の規制機関オフテルは、1999年7月に「広帯域アクセス」に関する諮問文書を出しており、住宅用および小規模ビジネス・ユーザーに対していかに広帯域サービスを提供・普及させるかに関して諮問を行ってきた。その中で、BTに対して2001年7月には加入者回線をアンバンドル提供することを提案している。
 これに対して、BTは1999年10月、オフテルに意見書を提出し、下記の4点を要請している。
  1. アンバンドルの期間は最大5年間にすべきである。その間に競争事業者は自前の市内インフラを構築すべきである。
  2. アンバンドル網は、広帯域サービス提供目的にだけ利用することができるが、音声電話サービスを提供するために利用することはできない。
  3. アンバンドル網は、小規模ビジネスおよび住宅用ユーザー向けにのみ利用可能とすべきで、企業ユーザー向けに提供してはならない。
  4. 他事業者も自社のネットワークを開放すべきである。ただしその開放は、アンバンドルベースではなく、卸売ベースで行われるべきである。

[フランス]
 フランス政府は、フランス・テレコム(FT)の加入者回線の完全なアンバンドルに関しては現状では検討していない。アンバンドルを検討しているのは、ADSL技術を利用した高速アクセス・サービスの提供である。2000年初めからこの最小限のアンバンドルの提供を義務づける予定である。ただし、このアンバンドル形態に関してもFTからの支持は得られていない。

[米国]
 米国では、すでに加入者回線のアンバンドルが実施されているが、近年論議されているのは、ADSL機器を装備してグレード・アップした加入者回線も同様にアンバンドルするように義務づけるべきかどうかといった点である。
 1999年9月、FCCは、既存通信事業者に対してADSL広帯域網に関しては、アンバンドルを義務づけないことを決定した。既存通信事業者のADSL技術の対応(網のグレードアップ)の投資意欲を損なわないことを重視したことになる。

5.卸売サービスとしてADSLサービスの提供を開始
 以上のように、アンバンドルする加入者回線の定義ならびに料金設定は困難を極めており、既存通信事業者がADSLサービスを卸売ベースで提供する国もある。英国でBTが1999年7月末に発表したADSLアクセス・サービス展開計画は、まさに卸売サービスに該当する。FTも計画しているのは、ADSL設備の容量の再販売である。また、スペインでは1999年10月に卸売サービスを一部地域で開始しており、イタリアでも、1999年末には開始する予定である。当該卸売サービスは各国とも、エンド・ユーザーに対してADSLサービスを提供する自社の関連部門・子会社に対する卸売料金は、第三者に対する卸売料金と同額である。
 卸売サービスとしての提供の場合には、加入者回線のアンバンドルといった問題は生じてはこないが、ADSLサービス提供事業者はリセールをするにとどまるため、独自のサービス・メニューの提供が制約されてしまう点が問題である。

6.まとめ
 欧州諸国で論点になっている点を整理すると、
まず、既存通信事業者が提供を義務づけられるアンバンドルすべき加入者回線の種類に関しては、 
  • ADSL機器を装備していないそのままの銅線電話回線なのか
  • ADSL機器で広帯域化したネットワークも開放しなければならないのか
  • ADSLサービスの提供に必要な高周波帯域だけを開放すればよいのか、それとも回線全体をアンバンドル提供する必要があるのか
などがあげられる。アンバンドルすべき加入者回線の種類として「加入者回線を光ファイバー化した場合にもアンバンドルを義務づけられるのかどうか」に関しては論議されていない模様である。
 また、アンバンドルされた加入者回線は、広帯域サービス提供目的だけの利用を許されるのか、あるいは音声サービス提供にも利用しても良いのか、といった点も論点になっている。
 さらに、ADSLサービスは、光化されている区間がある場合には提供できないため、今後の加入者回線の光ファイバー化との兼ね合いについての確かな見解が必要である。アンバンドル加入者回線料金は、インフラ整備に関する長期的な展望のもとに設定さ れることが必要である。
 アンバンドル加入者回線料金の設定にあたっては、
  • 競争事業者に対して、将来的には自らのインフラ構築を促すのか否か
  • アンバンドルされた加入者回線は、広帯域サービス提供目的だけの利用を許されるのか、あるいは音声サービス提供にも利用しても良いのか
といった点がポイントになっている。

 第4回は、欧米諸国のADSLサービスの現状について紹介する。

(情報流通研究グループ/通信事業研究担当 横山邦江)
e-mail:yokoyama@icr.co.jp

(入稿:1999.11)

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