トレンド情報-シリーズ[2000年]

[経営とITソリューション]
[第3回]経営とSCM

(2000.2)


>>>「ビジネスモデル特許研究会」ホームページ

 企業経営においてITの具体的な活用の例としてERPやSCMが話題となっている。今回はSCMが経営コンセプトとして、企業経営にどういう意味を持つのか。また最新の動向EMS(Electronics Manufacturing Service)についてを考える。

SCMとは何か
 SCM(Supply Chain Management)はサプライチェーン・マネジメントのことであるが決定した定義があるわけではない。米国のSCC(Supply Chain Council)サプライチェーン協議会ヴィネス・アスケガー会長の言葉によれば、SCCではサプライチェーンとは「製品やサービスをカスタマーにつくって、納入、提供するすべての関連するリソース(資源)活動である。」とし、サプライチェーン・マネジメントについても「調達から消費までの関連したものと情報をシンクロナイズさせて管理することを通して、高度なカスタマーバリューおよびエコノミックバリューを提供すること。」と定義している。具体的にいうとSCMは在庫削減やコスト削減という話ではなく、あくまでエコノミック・バリュー、カスタマー・バリューの創出である。したがって、EDIやECR、QRでもなければVMIともかんばん、JITとも違う。End to endの統合、すべての流れの同期化、全体的な最適化の3つのコンセプトがSCMのビジネス方法論なのである。 SCCはSCM参照モデルであるSCORモデル(Supply Chain Operations Reference Model)をベンチマーキングできるよう公開している。SCMを詳しく知りたい方はSCORモデルを参照願いたい。

経営におけるSCM
 ERPに続きSCMが企業の重要なコンセプトとして注目されている。日本では模倣の対象として欧米の経営コンセプトを考えるが、ERPやSCMには膨大な理論研究の背景がありERPやSCMを生み出す理論研究の蓄積なしに模倣を続けることは、日本が永久に欧米に追いつけないことを意味する。SCMに関して言えば、日本では企業の存続や競争力、業界の活性化という観点で考えるが、米国ではまず社会全体として考える。たとえば、食品や雑貨が製造から小売りまで85日かかることを考えると、結果750〜1000億ドルの在庫があることになる。国家経済の中でこのような在庫の発生をどのように効率的に制御するか。サプライチェーンの効率化によりどれだけのコストが国家経済として節約できるか。また、そのことが米国経済に及ぼす世界的経済効果などを理論的に研究し、体系化して個別企業が利用可能なコンセプトにまで練り上げてしまう。一国の経済効果の研究、世界的資源の最適化研究まで理論体系を拡張しながらSCMは今も進化している。米国国防総省の軍隊におけるサプライチェーンの研究は戦争の勝敗を決定する。国家資源の最適利用の研究は国家経済を左右する。地道に研究を蓄積し、世界的視野から研究を体系化する米国産学軍複合体に対して、模倣で対応しようとする日本の個別企業の明日は暗い。

 第二次世界大戦に始まったOR研究におけるLP研究の結果をソフトウェアとして実現した最適化計算シミュレーション・ソフトはSCM以前にもあった。その後コンピュータの進歩や最適化理論研究の成果は次々と新しい最適化ソフトウェアを生み出した。SCMについてもイスラエル人物理学者のゴールドラット博士は、TOC理論の研究とOPTソフトウェアの開発・販売で大きな成果を上げた。またスタンフォード大学のハウリー教授のブルウィップ効果(Bull Whip Effect)研究は重要なSCM理論として注目されている。さらにテキサス・インスツルメントの人工知能研究所のスケジューリング・ソフト開発研究者サンジーフ・シディー氏はSCMで有名なi2 Technology 社を設立しRhythmを開発した。これら膨大なノーベル賞レベルの研究を含む理論蓄積の上にSCMは構築されている。欧米でこれから生まれてくる経営コンセプトは、経営学ばかりでなく工学的数値理論を背景にした膨大な天才達の英知とソフトウェア工学の最先端技術の結晶と考えるべきである。膨大な理論研究と最先端技術の融合、経営理論を具体化するITの可能性は現在ERPやSCMにその具体例を見ることができる。21世紀に必要な企業経営とは、これら理論と技術に武装された経営幹部による企業経営である。SCMが現在の経営幹部の目を覚ますきっかけになれば幸いである。

EMS(Electronics Manufacturing Service)の登場
 日本では企業の過剰設備の売却が相次いでいるが、米国では新たな動きが出ている。製造請負工場企業の大躍進である。メーカーが維持できなくなった製造工場を買収し、請負専門工場として生まれ変わらせて大躍進を続けている企業群がある。ソレクトロン社、SCIシステムズ社、ジャビル・サーキット社、サンミナ社、フレクトロニクス社、セレスティカ社などはEMS企業と呼ばれ、HP(ヒューレット・パッカード社)、NCR社、IBM社、三菱電機、ICL社などから買収した工場は世界中で50拠点以上ある。これらの企業群の中で、ソレクトロン社は、従業員25000人、売上は80億ドルを超え、毎年50%以上の成長率で企業規模を拡大している。EMSは製造を請負う専門工場企業である。EMSはメーカーから工場だけでなく従業員も一緒に買収する。買収が決定すれば、投資銀行などの金融機関が買収し、EMSは金融機関より工場と従業員をリースして資本投下はしない。メーカーは膨大な設備投資から必要に応じたEMS利用に経営を変更し資産改善が可能になり、EMSは専門工場をいくつもの企業の請負生産で設備をフル稼動する。金融機関はより効率的なリース収入を確保する。メーカーとEMSと金融機関の連携が世界の経営資源の最適化に向けて動き出している。現在ではEMSの顧客は買収した先の企業であるHP社、NCR社、IBM社、三菱電機、ICL社ばかりでなくノキア社、エリクソン社、モトローラ社、デルコンピュータ社なども顧客とした世界の工場としての活動を始めている。
 世界的経営資源の最適化に向けて、世界的SCMの動きの中心にEMS企業がある。

 かって世界の工場であった日本企業が工場設備の閉鎖・売却という状況にある中、EMS企業が次の世界工場としての地位を固めつつある。すでに有力なEMSが日本企業の国内工場買収を交渉中である。SCMとは企業や業界の枠ではなく国家社会、世界社会の枠で今や考えられている。世界的経営資源の最適化に乗り遅れた企業は、世界社会からその存在意義を否定されるだろう。もはや個別企業や日本の業界というローカルな視点ではSCMの本質を理解することはできない。

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VMI:Vender Management Inventory在庫を仕入先と自社が共同して管理する手法
OR:Operations Research組織における意思決定手法の体系
LP:Linear Programming線形計画法
TOC理論:制約の理論、ゴールドラット博士による経営理論
中嶋 隆

(入稿:2000.1)

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