ホーム > InfoComアイ1997 >
InfoComアイ
1997年3月掲載

加速するグロ-バル大競争
−WTO電気通信サービス自由化交渉妥結の意義−

 去る2月15日に、懸案であった世界貿易機関(WTO)の基本電気通信サ-ビス自由化交渉が妥結した。ITUによれば、95年の世界の電気通信の規模は7900億ドル(サ-ビス市場;6000億ドル、機器市場;1900億ドル)で、電気通信サ-ビスは年率7%での成長が見込まれる、という。
 94年以来交渉は断続的に続いていたが、昨年4月期限直前に、各国が提出した通信自由化の提案の内容が不十分とする米国が交渉から撤退し、改めて仕切り直しになった今回の交渉でも米国の出方が注目を集めていた。

 最終的に68カ国(電気通信サ-ビス収入の90%に相当)が何らかの通信自由化に関する約束表を提出するなど大きな進展があり、米国も不十分ではあるが多国間交渉原則の有効性を認め、最終的には合意した。95年にWTOが発足して以来、サ-ビス貿易の自由化 についての初の成功であり、この合意は競争的な市場へのアクセスによって電気通信事業者およびそのユ-ザ-に利益をもたらすだけでなく、世界経済および開放的多国間貿易システムに対しても大きな貢献をした、と高く評価されている。
 しかし、米国は今後米国市場参入とも絡めて二国間交渉でさらに外国に市場開放を迫るとしており、98年1月の協定発効まで曲折が予想される。

1.経緯と背景

 WTOの発足によって、モノだけでなくサ-ビスについても多国間貿易交渉の枠組みに加え、自由化を促進しようという動きが強まり、電気通信についてもウルグアイ・ラウンド後の継続交渉事項であった付加価値サ-ビスだけでなく「基本電気通信サ-ビス」を対象 として、交渉が続いていた。
この交渉は昨年の4月末が交渉期限であったが、最終段階で米国が

  1. 合意した国の数が少なく、先進諸国の自由化提案内容も不十分.
  2. グロ-バル衛星移動通信プロジェクト(イリジュウム)に各国が電波を割当て、免許を与えると確約していない。
  3. 国際通信の決済方式が米国に不利で、米国の巨額の支払い超過になっているが、その改善の見通しが立たない。
などの理由で交渉妥結を拒否した。
各国は米国を非難したものの、ここまで積み上げてきた交渉成果をゼロにするのは何とか避けたいというこことで、97年2月15日まで期限を延長して交渉を継続していた。

2.合意の内容

 今回の交渉で合意したのは
  1. 外資規制の緩和
  2. 国際通信市場へのアクセスの保証
  3. 衛星サ-ビス市場へのアクセスの保証
  4. 競争促進的な規制原則の確認及び保証
であったが、米国は、政府によってコントロ-ルされている独占的電話会社を保護している法的な障壁を撤廃させることに熱心であった。
 交渉の最終段階は「外資規制」に問題が絞られ、米国はカナダ、メキシコ、韓国、日本から一層の譲歩を引き出さない限り、いかなる合意からも撤退するという強い態度で臨み、多国間貿易交渉システムの有効性に疑念を抱いている議会から、クリントン政権は「合 意のための合意」には署名をしないように圧力をかけられているという事情もあって、最後まで妥結が危ぶまれる状況であった。
 しかし、最終段階で日本を除く3国が譲歩したこともあって、米国は結局、昨年4月からこれまでの間に大幅な進展があり、WTOの交渉によって、米国が単独で交渉するよりも大きな成果が上がったことを認め、合意に踏み切った。

3.電気通信基本サ-ビス交渉合意の意義

 今回の電気通信交渉ではWTO加盟130 カ国中69カ国(世界の電気通信収入の90%をカバ-)がオファ-を提出し、何らかの形で通信の自由化にコミットしたことになる。グロ-バルな電気通信自由化の促進が各国の利益の増進につながる、という共通の認識が形成 されてきたのではないか。
 まず、合意成立が可能となった理由について考えてみたい。
 第一に、今回の交渉が決裂すれば、次の交渉が始まるのは2000年以降とみられており、変化の激しい電気通信分野でこの遅れは許されない、という認識があった。
 第二に、発展途上国が市場を閉鎖し続けることによって、得るもの(高い国際清算料金による貿易黒字)よりも、失うもの(電気通信拡充のための外国からの投資)の方が大きい、ということを理解し始めたことである。
 第三に、電気通信事業者の間でサ-ビス貿易の自由化が重要な意味を持ち、WTOの産業別多国間貿易交渉を通じて、外国市場への参入や投資が保証されるというメリットを享受できる、という認識が広まってきたことである。
 また、サ-ビス貿易の自由化を促進するWTOの多国間貿易交渉システムが、初めて成功した意義も大きい。昨年4月の電気通信サ-ビス交渉の中断、金融サ-ビスおよび海運分野における自由化交渉の難航によって、WTOの開放型交渉システムの有効性に疑問を 持たれていたからである。
 さらに、並行して進められていた、情報技術製品に関する2000年までの関税撤廃交渉が近く合意される見通しで、サ-ビスおよび製品両面からの自由化の促進は、グロ-バル規模での情報通信革命の進展に大きく寄与するだろう。それだけでなく、4月に再開が予定 されている金融サ-ビス交渉にも好影響をもたらす、と評価されている。

4.今回の合意は市場にどんな影響をもたらすか

 今回の合意による第一の影響は、電気通信市場の開放が明確なル-ルのもとに進むということであろう。直ちに開放しない国でも、時期やその他の条件が明らかになったことで予測可能性が格段に高くなった。したがって、国内事業者の海外市場進出、外国事業者の 国内市場への参入が進み、その過程で事業者相互の提携、出資、合併、買収などのアライアンスが加速するだろう。新たなメガアライアンスや組み替えの可能性が考えられるだけでなく、ソフト/ハ-ドのベンダ-やユ-ザ-が新たに加わるのではないか。国際通信市場参入が可能になったNTTの去就に注目が集まっている。
 第二に、競争が激しくなり通信料金や機器の価格が下がるだけでなく、使い勝手の良い品質が保証されたサ-ビスなど、利用者の選択肢が格段に増加することが期待される。まず国際通信市場やグロ-バル企業向け通信サ-ビスやシステムの市場で競争が激しくなるだろう。特に国際通信市場では、伝統的な二国間の事業者の共同事業(半回線主義)という考え方から、各事業者によるエンド/エンド・サ-ビス(発着とも)に変わっていくだろう。
 日本でも市場開放と外資規制の撤廃を睨んで、すでにグロ-バル・キャリヤ-が市場参入の準備を急いでいる。外国事業者による設備ベ-スでの参入で、競争が本格化し市場の 状況も一変するのではないか。
 第三に、発展途上国の通信システムに対する外国資本による投資が促進され、設備の近代化が進むだろう。外国資本を導入するため、国営電気通信企業の民営化と株式の公開が進められ、競争企業の参入も認めることになる。日本企業にも大きなチャンスだ。

5.残された課題

 WTOの電気通信交渉が妥結した2月15日に、米国は「妥結はしたが米国としては不満だ。今後は二国間交渉で、米国の企業がより良い条件で海外進出できるよう努力していく。NTT やKDD の外資規制(20%)についても、日本の事業者の米国市場参入の際の審査を通じて、撤廃を求めていく。」という声明を出した。
 この米国の考え方は間違っている。多国間貿易交渉システムでは、まず合意内容を最恵国待遇の原則に従って実施し、定期的に繰り返すラウンド交渉で各加盟国の約束表を改善し、暫進的にレベルアップをはかって行くべきだ。紛争についてもWTOの場を通じ て処理するという態度を日本は貫く必要がある。しかし、WTOの紛争処理には長期間(最長2年7ヵ月)を要する。その間に市場はどんどん変化していく。まさに時間との競争である。

 日本の事業者が米国で与えられると同等の競争機会を、日本も米国の事業者に与えるべきだ、という米国の主張は基本的には理解できる。それを多国間交渉ラウンドで実現していくためには、日本の電気通信規制をグローバル・スタンダードに合わせて行くことが急務である。今後の日本の通信政策は「出遅れた日本の通信事業者の国際進出をいかにスム-スに実現するか」が最大の課題になる。それには、さらなる規制緩和と規制プロセスの透明性の確保が必要である。

 世界の人口の80%は電話を持っていない、また半分は電話を利用した経験がない、とThe Wall Street Journal(97.2.18)が書いている。開発途上国には、今後5年間は毎年600 億ドルの投資が必要で、そのうち90%は民間の資源が投入される見込みである。今 回のWT0の電気通信基本サ-ビス交渉の合意は、開発途上国への投資の促進に大きく寄与するだろう。
 しかし、それは市場つまり投資が収益を生む地域に限られる。電気通信が市場経済として成り立たない地域でも、その必要性は高い。このままでは格差は拡大する一方で、いずれ情報の格差は所得の格差をもたらすだろう。何らかの工夫が必要ではなかろうか。

弊社社長 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。