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2000年9月掲載

NTTの相互接続料の引下げ交渉が残した宿題

  日米規制緩和協議の焦点になっていたNTTの通信回線接続料引き下げ問題が去る7月19日に決着した。この決着に至る過程で、NTT東西地域会社の収支の悪化がクローズ・アップされた。昨年11月に同社は3年間の中期収支見通しを策定し、21,000人の削減を含む合理化計画を公表しており、日本政府提案の4年間で22.5%を引き下げる案をさらに短縮することは不可能、と主張していた。

 今回の決着が、NTT東西地域会社に一層の経営努力を迫るものである以上、この際NTT東西地域会社の業務範囲を含む現在の規制の在り方を見直し、高収益事業への進出などを認めるべきだとする問題が提起され、7月26日に郵政省は電気通信審議会に改めて「通信事業における競争政策の在り方」を諮問した。NTTの相互接続料の引下げ交渉が残した宿題が契機となって、NTTの再編から僅か1年しか経っていないのに、異例の見直しがスタートすることになった。ようやく衝撃の波紋もおさまったこの時点で、この問題の本質を考えてみたい。

■相互接続料金の引下げがNTT東西会社に与える影響

 日米政府の合意は、他の通信会社(NTTコムを含む)がNTT東西地域会社の市内回線網を使う際に支払う接続料を、2000年12月に、4月にさかのぼって3年間で22.5%、うち20%を最初の2年間で引き下げ、2002年以降は新たな接続料算定方式(リモート・ターミナルのコストの除外など)を検討する、というものである。3年間で22.5%の引き下げ率は、98年度のトラフィック・データを根拠にしており、この12月の引き下げの際には99年度のデータに入れ換えることになる。NTTの市内トラフィックはインターネットの利用の増大などで増加しており、引き下げ率は26〜27%に上方修正される可能性がある。(日本経済新聞 2000.7.1)

 これはかなり大きな引き下げである(表1)。一方、欧州では本年3月に発表した「eヨーロッパ」構想に基づいて米国並みのインターネット料金の実現を目指し取り組みを強化している。米国は市内定額料金が一般的で、インターネットのダイヤルアップ接続のためには特段の追加通信料金を要しない。我が国のIT革命の遅れを取り戻すには、インターネット利用のための通信料金低廉化は避けて通れない課題の一つである。 

 NTT東西地域会社は接続料引き下げによる収支の悪化は避けられないという。両社は99年度決算が当初見込みに比べ改善したのを受けて、去る6月30日に中期収支見通しの修正を発表したが、接続料を4年かけて22.5%均等に引き下げる場合は、2002年度の西日本会社は60億円の経常利益を確保できるが、引き下げ期間を3年に短縮すれば今回の修正を織り込んでも300億円の経常損失となる見込みだ(日経産業新聞 2000.7.3)。 NTT東西地域会社が収支悪化の危機に立たされ続けるなかで、相互接続料の算定を巡ってどんな問題点が今後の課題として残されたのかを次に考えてみたい。

■相互接続料の算定を巡る問題点

 第1の問題点は、今回新たに採用した「長期増分費用」による接続料の算定方式である。この算定方式は、現実に発生する費用(歴史的費用)によらず、現時点で利用できる最新の技術によって通信網を構築した場合の費用を算定するものだ。したがって、現実の費用との間に差が生ずるのは当然である。どの程度のタイムラグで格差を埋められるか、現実に投資した設備に対する回収不足が生じた場合の処理などがが問題になる。

 日本が4年間を、米国は2年間をそれぞれ主張し、結果は最初の2年間で値下げを前倒しにする3年間になった。「将来の費用」を前提にしている以上、タイムラグと回収不足が生じ、NTT地域会社の収支の悪化要因となるのは避けられない。

 最近米国では、この問題で規制機関(FCC)が敗訴する連邦控訴裁(セントルイス、2000.7.18)の判決が出された。通信事業者が現実に展開しておらず、競争事業者も利用していない「仮想的」な新技術や網構成に基づくコストは、1996年通信法の定めたコストとは異なるもので、FCCの定めた「全要素増分コスト」モデルは差し戻すという趣旨である。郵政省の研究会のモデルも「仮想的」な部分(架空ケーブルやリモート・ターミナルの想定など)については見直しが必要ではないか。

 第2の問題点は、「長期増分費用」の算定の根拠としている設備の耐用年数と実際にNTT地域会社が減価償却費を算定する際に使っている耐用年数が異なっている点である。例えば、交換機は前者が11.9年に対し後者は6年、光ファイバー・ケーブルは前者が11.2年に対し後者は10年である(注1)。NTTは法定耐用年数によっている。償却方法も前者の定額法に対しNTTは定率法である。これらもNTT東西地域会社の収支を悪化させる要因である。

 第3の問題点は、新方式による接続料の引き下げがNTTの収支を悪化させる当面の要因になるとしても、もともとNTT地域会社の収支は厳しい状況にあり、それは何に由来するのか。去る7月末にNTTが公表した「平成11年度接続会計報告書」(注2)によると、平成11年7月1日から平成12年3月31日までの事業年度において、指定設備(ボトルネック設備)管理部門(卸売部門、相互接続のコストはここに含まれる)では東会社が2,175億円、西会社が1,057億円の営業利益を計上しているのに対し、指定設備利用部門(小売部門)では、東会社は1,510億円、西会社は1,413億円の営業損失をだしている。この報告書から接続料の収支を直接把握することはできないが、NTT地域会社の収支悪化の原因は設備管理部門ではなく、設備利用部門にあることが窺える。

 第4の問題点は、NTT地域会社における事業セグメント別の実態である。去る6月末に公表されたNTT東西会社の「役務別損益明細表等」(注3)によると、総合デジタル通信(ISDN)、データ伝送、公衆電話、電報、市内専用線、番号案内などの各事業で営業赤字、通信機器販売事業で営業利益ゼロの状態(注4)である。一方、音声伝送役務の「その他」や専用役務の「その他」で大きな営業利益を計上している(注3)など、事業セグメント別にみると独占時代の料金体系を引きずっていることからくる種々の問題があることがわかる。NTT地域会社の経営も、コア・ビジネスの競争力を強化する「選択と集中」への対応を強める必要があるのではないか。

 第5の問題点は、99年度決算でNTT東西会社のコストに、かなりはっきりした格差が存在することが明らかになったことである。「長期増分費用」モデルも両社別々に算定し、両社に異なる接続料金を認めるべきだった。全国均一料金制の維持が必要というのであれば、それに要するコストをどの範囲で誰が負担するのか、を明確にして実施すべきだ。

 第6の問題は、過去に相互接続料金がかなり高い水準にありながら、アクセス市場にみるべき新規参入がなく,今日までNTT東西地域会社による独占状態が続いていることである。しかしNTTは去る5月に、ISDNによるIP接続サービス(フレッツ・ISDN)の料金を月額8,000円から4,500円に値下げしたが、これはケーブル・インターネットとADSLによる競争(場合によっては衛星インターネットやデジタル・データ放送も)を意識したからだ。値下げ後に需要が急増していることを考えると、地域市場において競争が促進される状況を創りだすことが急務である。(注5)

 第7の問題は、利用者への還元である。相互接続料の引下げで利益を受けるのはそのサービスを利用する最終需要者でなければならない。(注6)規制当局は各事業者に、引き下げられた接続料の使途の公表を求めるべきだ。

■競争促進の枠組み作りが課題

 郵政省は去る7月26日に「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方について」電気通信審議会に諮問した。その中で「予想をはるかに上回るテンポと規模で進行する環境の変化に対し、現行の競争に対する枠組みが必ずしも十分に対応していない状況」にあることを認め、「公正競争条件が確保される中で(中略)競争を通じて事業の効率化、合理化を進め、インターネットを中心とする低廉、高速、安全な通信サービスのニーズに的確に対応できるようにするとともに技術革新に伴う市場環境の変化に迅速かつ柔軟できるような新たな競争政策を樹立する」ことが課題であるとしている(注7)

 この文脈の中でNTTの在り方について、「事業を取り巻く環境が大きく変化していることから、NTTグループの位置付けと公正競争の確保やNTTのユニバーサル・サービスの確保及び研究開発の推進普及の責務等の問題につき、今日的視点に立った見直し」が求められていると記している。

 NTTの東西地域会社は、相互接続料の引下げに努力するのはやぶさかでないが、NTT法による業務範囲の規制などを見直し、高収益の見込める事業分野への進出や機動的な経営の体制を認めて欲しいと強く主張しているが、今後も通信料金の引き下げを強く期待されていることを考えると、この主張には耳を傾けるべきだ。筆者が提起した問題点でも明らかなように、相互接続料を巡る問題は単純な「NTT問題」ではなく、競争政策全般と密接に関連している。

 郵政省の今回の諮問が、「NTT再々編成」議論に限定せずに、環境の変化に対応した「競争政策の在り方」を広く対象としたことは評価できる。しかし、日本の電気通信市場のどこで競争が促進され、どこでされなかったのか、それはNTTの市場支配力によるものか、別の理由(過剰な規制、事業者の戦略の失敗や努力の不足など)によるものか、きちんとしたレビューが必要(注8)である。まず議論がそこからスタートすることを期待したい。

相談役 本間 雅雄
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