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2002年8月掲載

混迷する米国通信産業とその回復論議

 ニュー・エコノミーの象徴だったエンロンやグーロバル・クロッシングだけでなく、米国長距離通信事業第2位のワールドコムが7月21日に破産を申請した。ベル電話会社系のクエスト・コミュニケーションズは、どうやら破綻の危機を脱したようだが、これらの企業はいずれも、実態より売上や利益を多く見せる会計不正を行っていた疑惑をもたれている。現在も司法当局などの調査が継続しており、何が行われたのか正確には分からないが、不正発覚と共に株価が急落しただけでなく、「コーポレート・アメリカ」の機能不全と腐敗が白日の下に曝され、市場に「信頼の危機」ショックが走った。以下に、米国史上最大の破産となったワールドコムを始めとして、大手通信会社の破産と相次ぐ業績悪化で混迷する米国の通信産業の回復に関する議論を紹介し、通信事業再編の行方を考えて見たい。

■ワールドコム破産法の適用を申請

 去る7月21日にワールドコムは、ニューヨークの連邦裁判所に米破産法11条の適用を申請した。資産1,070億ドル、負債410億ドル、売上規模212億ドル(2001年)にのぼる米史上最大の倒産である。総額20億ドルのDIPファイナンス(事業再生融資)が合意されて事業は継続され、当面サービスには影響がなさそうだ。今後資産保全を受け債務返済を停止したうえで、再建計画を裁判所に提出する。計画が認められれば債務減免を受けながら事業の再建に取り組むことになるが、顧客の流出は避けられず先行きは厳しいとの見方が強い。一部事業の売却や他社との合併も、当然視野に入っていると見られる。

 FCCは同日「ワールドコムの状況を注意深く見守るとともに、消費者をサービス停止から護り、通信網を完全な状態に保つために、最大限の権限を行使する用意がある」という声明を発表した。また、22日にパウエル委員長はワールドコムのシッジモアCEOに書簡を送り、「ワールドコムの規模と広がりを考慮すると、破綻処理の過程でも規制要件を考慮して計画を策定することが極めて重要」との認識を表明し、他企業による資産の買収や一部資産の売却にあたっては、FCCの許可が必要であると、改めて念を押している。

(注)米通信法などでは、ワールドコムが通信サービスを中止することを決定した場合、同社は顧客に中止決定の通知を文書で行い、顧客がFCCに異議を申し立てる権利を告知しなければならない。顧客が代替する電話会社を見つけるための期間延長を申請しなければ、国内サービスは31日後、国際サービスは60日後にサービス提供を中止できる。(上記書簡による)

 8月1日にワールドコムのサリバン前CFO(財務最高責任者)とマイヤー前会計部長が証券詐欺(粉飾決算)容疑で逮捕された。今後エバース前CEOに訴追が及ぶのか、法人としてのワールドコムが訴追されるのかに注目が集まっている。会社の訴追は政府との契約の解除に発展する可能性があり、ワールドコムの再建を極めて困難にするため、見送られるとの見方もある。また、去る7月19日には、カリフォルニア州年金基金がワールドコムの発行した債券による損失について、同社の前幹部と引き受けた銀行を告訴した。この種の訴訟は今後も続発すると見られている。

■ワールドコム問題に対するFCCの姿勢

 ワールドコムは、ワールドコム・グループ(ビジネス向け通信およびインターネット事業)とトラッキング・ストック(業績連動株式)のMCIグループ(消費者向け通信事業)からなっているが、破産申請直前の7月19日における株価の終値はワールドコム・グループが9セント、MCIグループが13セントだった。(7月30日以降上場廃止)米国のマスコミが、ワールドコムによる連邦破産法の適用申請は不可避と報道する中で、規制機関であるFCCはどう対応したのか。

 ワールドコムは米国第2の長距離通信事業者であり、世界最大のインターネット・トラフッィクの運び手でもある。同社は2,000万の顧客に長距離サービスを、多数の企業と国防省を含む政府機関に電話およびデータサービスを提供している。破産申請が行われれば米国史上最大規模の倒産となるだけでなく、サービスが停止すれば社会的大混乱が起きる可能性もある。通信事業者(carrier)がサービスを廃止し、縮小しまたは悪化させる場合は、あらかじめFCCの許可が必要(米通信法214条)であるが、破産で事業運営に必要な資金が枯渇すれば、サービスは停止せざるを得ない。このような事態を避けるためFCCは以下のように動いた。

 一つは、破産法適用申請後に金融機関がDIPファイナンスを提供し、事業を継続したまま再建を進める方法をサポートすることである。FCCのパウエル委員長は6月26日の声明で、FCCは「電気通信ネットワークの安定と消費者サービスの品質の両方を護るため、出来ることは何でもやっている。私は明後日にニューヨークに行き、電話業界の首脳、アナリスト、格付け会社の幹部達と会い、意見交換を通じて、(中略)米国の経済に不可欠なこれらの重要分野に対する公衆の信認を強化するため、FCCは出来ることは何でもやる、ということを金融市場に保証したい。」と表明していた(注)

(注)FCCパウエル委員長の声明:FCCニュース・リリース(2002.6.26)

 もう一つは、比較的経営が安定している通信会社によるワールドコムの合併・買収である。パウエルFCC委員長は、ワールドコム・スキャンダルの最初のパブリック・コメントで、赤字に苦しみ、多くの借金を抱えた通信業界の現状のもとで、ワールドコムが2,000万の顧客に対するサービスを停止することを選択するのであれば、規制当局にはベル系地域電話会社と統合する以外の選択肢はほとんど残されていない。ベル電話会社によるワールドコムの合併は、規制当局(司法省)の承認を得られるか分からないが、不振を極める通信業界に対する救済が、1990年代における軍需産業救済の例にならって、考慮されるかもしれない、と発言して注目を集めた(注)

 パウエル委員長によると、政府は現在の通信産業の問題に責任がある、そしてそれは1,996年通信法成立後の新会社設立ブームから始まった。同法は競争を促進するため、ベル電話会社と長距離電話会社に市場の相互参入を認めたが、相互に合併し競争相手の数を減らすことについては何ら展望を示さなかった。過去においてFCCは、最終的に生残れる会社は何社かが分からないまま、何百社ものベル電話会社の競争相手の参入を、暗黙裡に促進する誤りを犯した。参入した企業の多くは、事業の急拡大のために過大な借金をし、大方は破産するか、破産の危機に瀕している。通信事業に自然独占の必要はなく、市場は競争的になり得る。しかし、如何に早く劇的に競争になり得るかについて、我々は過大な期待をしがちだった、と委員長は語っている(注)

(注)FCC,faced with telecom crisis,could let a Bell buy WorldCom:The Wall Street Journal(July 15,2002) 司法省とFCCの反対によって、2000年6月にワールドコムは合意済みのスプリントの合併を断念したが、仮に合併が実現していれば今回の破産は避けられたかもしれない。

■上院でのFCCパウエル委員長の証言と混迷する議論

 去る7月30日の米上院の公聴会におけるFCCパウエル委員長の証言は、用心深く「中間のコース」をたどることにしたい、という趣旨だった。破産と不正会計問題で通信サービスが停止することのないことをあらかじめ明確に保証した上で、通信産業の回復のために、既存の規制ルールの緩和をともなう新たな一連の穏当な規制改革を提案した(注)

(注)「我々はワールドコムの破産に起因するサービスの停止の危機に直面していることはないと確信している。通信産業の破産の状況に対応するためFCCは次の手続きを進めている。(1)通信網の運用を継続し (2)他の企業もしくは消費者の損害を食い止めるため破産の影響を封じ込め (3)必要があれば、利用者と資産の秩序ある他事業者への移行に備える。」(委員長の議会証言:FCCニュース・リリー ス 2002.7.30) 

 彼によれば、通信産業の今日の問題は「インターネット・ゴールド・ラッシュ」から始まった。1996年通信法およびインターネットの商業化とマス市場での普及は、成長の機会は無限にあるという異常な興奮に近い確信に導いた。ほとんどの人がこの熱気に舞い上がった。熱狂する市場、非現実的な期待と欠陥のあるビジネス・モデルは、今日の通信産業における一連の壊滅的な結果の原因となった。これらには、多額の債務、会計スキャンダル、非効率的な産業構造、投資家の低い信頼および事実上閉鎖された(通信産業向け)資本市場などが含まれる(注)

(注)Telecommunications:Lament but little repair:The New York Times(July 31,2002)

 パウエル委員長の通信産業に対する現状認識は「長期的に見れば、通信市場は崩壊しつつあるのでも、失敗しようとしているのでもない。しかし、嵐の海を航海している。通信産業が一夜にして回復することはないし、回復には苦痛すらともなう困難ないくつかの選択が必要である。回復の成功は、議会、連邦および州政府の規制機関、民間セクターおよび金融市場が協力して如何に努力するかにかかっている。」(注)というものだ。

(注)委員長の議会証言:FCCニュース・リリース ( 2002.7.30 )

 このような状態にある通信産業を回復させるために、彼は6つのステップを提案した(注1)。その中で規制緩和推進の立場から二つの重要な提案をした。第1に、通信産業の回復はいくつかのカギとなるプレーヤーの統合ができるかどうかにかかっている。統合は不可避であり、損失が生じるまでコストを削減する競争の圧力を緩めるべきだ、と主張した(注2)。第2に、ブロードバンドは通信産業の長期的回復および米国経済の成長とグローバルな競争力維持のために重要な役割りを果たすと思われる。ブロードバンド・サービスの提供に関する正しい規制環境を創出する立法の促進を議会に要請し、議会は地域ベル電話会社にたいする高速インターネット市場の規制を軽減すべきである、と示唆した(注)

(注1)FCCパウエル委員長による「通信産業回復に必要な6つの重大なステップ」(参考資料)参照

(注2)前掲 The New York Times(July 31,2002)

(注3)FCC chief urged to shift view:washingtonpost.com(July 31,2002)

 しかし、パウエル委員長による提案は何人かの民主党議員を刺激し、控えめな非難を浴びた。ベル電話会社による地域通信市場の独占を長い間批判してきたホリングス商業委員長(民主党)は、ベル電話会社に対する規制緩和よりも、議会はベル電話会社のライバルであるケーブルテレビ産業の再規制(reregulating)を考慮すべきだ、と示唆した。彼は、ベル電話会社が関心を持っているのは、彼らの地域市場における独占を長距離および高速インタネット・サービスに拡大することだけであり、その努力の一端として膨大なロビー活動と法律の力を見せつけてきた。ベル電話会社は彼らの独占を続けるため、考えられるあらゆる策略を使って優位に立とうとして来た。彼らにそんなことをさせない、とパウエル委員長に語った。(注)

 民主党のドーガン委員は、パウエル委員長が市場に対する信念を論じ、規制緩和の必要性を示唆するのを聞くたびに「胸やけ」がする、と言った。しかしパウエル委員長は、「市場に対する自分の強い信念は変わらないが、自分は自由放任主義者ではない。現時点で最も重要な政策の決定は議会によってなされるべきであり、規制機関によってではない。規制か非規制かの選択は誤りであり、我々は両方を上手にやる必要がある。」と語った(注)

(注)前掲 washingtonpost.com(July 31,2002)

 通信産業回復のための基本戦略では平行線を辿ったが、パウエル委員長の要望が充たされそうな問題もある。電話サービスを提供している会社が顧客サービスを停止する際は、事前にFCCに届出て許可を得る必要がある。通常の電話回線を介してインターネット・アクセスを提供している会社に対しては、法を拡大解釈して適用しているが、インターネット・バックボーンを提供する会社に対する法の適用は曖昧であり、その顧客が他のプロバイダーを見つける前にサービスを停止しても違法ではなく、FCCに有効な対抗手段はない。これに対してホリングス上院商業委員長は、UUNetのようなインターネット・バックボーン会社に対するFCCの権限を明確にするため、今年末までに法整備を行なう可能性がある、と語った(注)

(注)FCC may not be able to stop WorldCom Internet shutdown:WSJ.com(July 31,2002)

■破産したワールドコムの行方と業界再編

 ワールドコムによる破産法11条の適用申請と同時に行われた事業再生融資によって、サービスが停止する事態は避けられた。当面の危機は回避したが、これでワールドコムの自主再建が確実になった訳ではない。従業員の21%に相当する17,000人を解雇し、設備投資は5分の1の5億ドルに削減される見込みで、サービス維持や新技術の導入に不安が残る。シッジモア新CEOは、自分で毎日20件もの電話をかけて大口顧客の引き止めに奮闘している。それもあってか、現在までのところ目立った大口顧客(政府を含む)の契約解除は起きていないようだ。しかし、サービス停止の不安を払拭できないワールドコムに、自社の信用がかかったシステムの通信回りを託す気になれるだろうか。新規契約がほとんど途絶えただけでなく、現在の顧客も途中解約による違約金の支払いを避けながら、契約満了時に他の通信会社に移る可能性がある(注)

(注)コンサルタント会社のメタ・グループは、ワールドコムの大口顧客で他社に契約を変更しようとしているのは現在10%だが、6ヶ月以内には20%となると予測している。
(The only way is up,maybe:The Economist,July 27,2002)

 ワールドコムのシッジモア新CEOは,顧客の引き止めに努力する一方で、最短でも9ヶ月はかかると見られる再建策の合意取り付けに全力をあげている。総額410億ドルに達する債務の利害関係者のなかで、多数派の債券保有者達は債権と株式のスワップを望んでいるが、事業継続とバランス・シートをクリーンにして株式の価値高めることが唯一お金を取り戻す方法である。再建策が合意され裁判所の承認が得られれば、大方の債務は消え、大部分の資産はそのままだから、再生ワールドコムは以前よりも競争力のある会社に甦り、市場に復帰できる、とシッジモア新CEOは説明している。

 ビジネスウイーク(2002年8月5-12日)は、多少の皮肉をこめてワールドコムが主要な事業を残したまま破産から甦る理由を説明している。(1)政府がワールドコムを訴追した場合、自社に責任が及ぶこと恐れて、ワールドコムのコア事業を誰も買わない。(2)通信会社の変更は高くつき、混乱が起きる可能性があるから、ワールドコムは顧客を(少なくとも現時点では)引き止められる。(3)破産申請によって、今後3年以内に期限の来る元利金の支払いが免除され、キャッシュ・フローはプラスとなる。(4)債務が分離されれば、攻撃的な料金設定で市場シェアを握ることができる、と多くのアナリストは見ている。

 いずれワールドコムは売却するものと残すものを選別することになるだろう。売却する事業としては、携帯電話の再販事業とページングのスカイテルが確実視されている。ワールドコムと債券保有者は、3つのコア事業 (1)グローバル・データ・ネットワークのUUNet (2)ワールドコムの企業向け長距離通信事業 (3)消費者向け長距離通信事業のMCIグループ を存続させ、市場で強力に競争することを期待している。この場合カギとなるのはワールドコムの顧客の動向である(注)

 再生ワールドコムが顧客の引き止めに成功し、料金を下げ、市場での主導権を握ることが、果たして通信産業の回復になるのか。ワールドコムの破産の原因となった「悪性の料金戦争」と過剰設備、過大債務に苦しんでいる通信産業に、さらなる苦痛を与えるだけだとの見方もある。シッジモア新CEOが期待するようにはならない可能性の方が強い。コンサルタント会社のガートナーは、ワールドコムが事業清算を回避するチャンスは60%で、その場合でも合併・買収される可能性が高い、とレポートに書いている(注)

(注)前掲 The Economist (July 27,2002)

 ワールドコム(全部または一部)を合併・買収する通信会社としては、比較的経営が安定しているベル系地域電話会社以外にないとの説が有力だ。具体的にはベライゾン、SBC、ベルサウス(いずれも子会社に携帯電話会社を持っている)だが、実現すれば地域/長距離の一体化が強まり、CATVとの競争はあるが、AT&T分割以前の昔に戻るのか、という批判が強まるだろう。しかし、すでに全米の15州でベル系地域電話会社が長距離市場に参入し17州で審査中であり、地域/長距離の一体化は事実上かなり進んだ状況にある。地域電話会社は業界の危機を背景に規制緩和を主張するだろうから、規制当局は難しい判断を迫られそうだ。この他、ワールドコムは海外事業の規模を縮小せざるを得ないと見られており、その恩恵にあずかるのは、AT&T、イークアント(フランス・テレコム傘下)、C&W、Infonetなどの一握りの(国際)通信会社だという。

 通信産業の本格的回復は何時になるのか。過剰な通信容量が実際の需要とバランスする時期ということになるが、我々は近年トラフィックが増えても売上が伸びないという経験をしてきた。今後はむしろ、顧客が追加料金を払う気になる新サービスの提供が回復のカギになるのではないか、とエコノミスト(2002年7月20日)(注1)は指摘し、それは固定回線については大企業向けのネットワーク管理システムと家庭向けのブロードバンド接続サービスだという。これらのサービスの普及を考えると、市場が完全に回復するまでに2〜3年はかかるだろう。(因みに、携帯電話ではカメラ搭載端末間の写真データの送受信が有望としている)しかし最近、かねてITに懐疑的だったウオ−レン・バフェット氏の投資ファンドが主導し、レベル3に対する5億ドルの投資(破産したウイリアムズの資産を買収)を行ない、通信不況の終りの始まりではないかと話題を集めている(注2)

(注1)Too many debts;too few calls:The Economist,July 20,2002)

(注2)Buffett searches for bargains among distressed companies:WSJ.com(July 27,2002)

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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