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2002年11月掲載

公取版電気通信分野における「競争政策の在り方」

  公正取引委員会は去る11月15日に「電気通信分野の制度改革及び競争政策の在り方」(政府規制等と競争政策にかんする研究会報告書)を公表した。この報告書は、規制緩和が進んだ段階での競争法と事業法の関係について意見を提起しているだけでなく、総務省情報通信審議会による「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方についての最終答申」(平成14年8月7日)において示された制度改革に対する批判と対案が含まれている。電気通信のような技術革新のスピードが速く、競争情況の変化が激しい分野における競争政策のあり方について、本質的な問題を提起しており、今後議論が深まることを期待したい。以下にその論点を紹介する。

■独禁法と事業法による二重規制の排除

 この問題に対する公取「報告書」の考え方は以下の通りである。ボトルネックと考えられる電気通信設備(加入者回線)を保有するNTT東西が、接続料金やアンバンドル接続について事業法によって規制を受けることについては、一定の合理性がある。しかし、市場支配力を理由とした差別的取扱いの禁止等については、競争の基本ルールである独占禁止法にゆだねることを基本とすべきだ。また、将来当該分野の競争が一定程度進み、ボトルネック性の程度が緩和した段階では、事前規制ではなく事後規制の方法を活用するべく、規制の対象および内容を見直していく必要がある。特定の事業者が設備の代替性、ボトルネック性の問題を有していない移動通信分野における(NTTドコモを対象とする)非対称的な事前規制のあり方を見直すべきだ。移動体通信間の相互接続については、事実上、相互接続なしでは事業を行なうことはできないことから、接続規制の必要性は薄いと考えられる。仮に、接続規制が必要だとしても、ネットワーク接続において特定の事業者に対し不当に接続を拒否する等の反競争的行為に対しては、事後的に独占禁止法により対処することで足りる。

 電気通信市場における競争が進展し、電気通信サービスがコモディティ(日用品)化する傾向にあることは紛れもない事実である。このような状況のもとでは、関連市場毎に競争情況を評価し、有効な競争が行われている場合には独占禁止法(競争法)にゆだね、市場支配力を有する事業者に対しては、必要最小限の事前規制(NTT東西に対するボトルネック規制とユニバーサル・サービス義務)にとどめ、事業者に無用の負担を課すことのないようにすべきだ。このような観点から公取版「競争政策」が二重規制となる事態の見直しを提起している点については評価できる。また、ボトルネック性に問題のない移動通信分野について、現状のような非対称的な事前規制を課す必要はなく、反競争的行為に対する独禁法の事後的対処で十分としているが、その通りではないか。いずれにしても競争が進展した通信事業で、公正かつ自由な競争ルールの確立と言う観点から、一般法である独占禁止法と通信事業法の適用について、きちんと整合をとることが必要な時期にきていることは確かだ。

■市場支配力を有する事業者に対する新たな事前規制

 情報通信審議会(総務省)の答申「競争政策の在り方」(平成14年8月7日)では、一種および二種の事業区分を廃止する代わりに、ボトルネック規制やユニバーサル・サービス義務とは別に、利用者向け料金・サービスについて、市場支配力が濫用される蓋然性が高いと認められる場合には、これを未然に防止する新たな事前規制を導入することを提言している。一方、公取「報告書」は、ボトルネック設備のオープン化といった一定の競争ルール確保のため、過渡期的に事前規制が正当化される分野以外は、一般の財・サービスと同様に、事前規制を撤廃・緩和し、事業者の自由な活動の余地を広め、その負担の軽減できる事後規制の方法を基本とすべきだと指摘し、市場支配力の濫用を防止する新たな事前規制については、望ましくないと批判している。その論旨は以下の通りである。

 一般に市場支配力を有しているというだけで事業者の個別行為を事前規制すべきということはならず、独占禁止法による反競争的行為の排除に加えてこのような規制を設けると、独占禁止法違反にならない行為まで制限してしまうなど、弊害が生じる可能性が高い。また、このような規制の手法が新興サービス市場にまで拡大されると、事業者が革新的な技術や経営によって一定のシェアを市場で獲得しただけで事前規制の対象にとなりかねず、逆に市場の活力を削ぐことになる危険が大きい。さらに、事前に市場を画定することがそもそも難しいことに加え、電気通信のように技術革新のスピードが速く、競争情況の変化の激しい分野では、市場支配力の行使するおそれのある範囲も明確にならないことが多く、このような規制を導入すると、移動通信の指定の際にみられたように、恣意的に基準が設定されやすいなどの問題が起こる可能性も高い。(公取「報告書」)

 独禁法による事後的な対応だけでは、市場支配的事業者の濫用行為を迅速に排除できないという考え方もあるが、例えば個別分野における市場支配的な事業者に対して、どのような行為が問題になるかをあらかじめ具体的に指定するなど、独占禁止法体系における反競争的行為禁止の手法を活用して、事前規制と比べてより競争制限的でない手法を考えるべきだ、と公取「報告書」は提案している。市場の環境が急激に変化する中で、市場支配力を有するという理由だけで(反競争的個別的行為がない場合でも)事前規制の対象となるというのは、考え方に合理性がないだけでなく、事業者のリスクに挑戦する意欲を削ぐことになる。市場支配力を有する事業者であっても、新たな事前規制の導入には慎重であるべきだという公取「報告書」の指摘は当を得ている。

■支配的事業者によるサービスの垂直統合に対する規制

 電気通信審議会の「競争政策の在り方」では、市場支配力を有する事業者が利用者サービスと一体化して提供するプラットフォーム機能のオープン化を図る観点から、電気通信サービスと統合して提供するサービスを規制の対象とすること検討課題としている。これに対して公取「報告書」は、事業分野間の融合が進み、現行の電気通信事業法の対象かどうか曖昧なサービスが登場するなど市場環境の変化を指摘したうえで、以下のように指摘している。

 ネットオークションやポータルサイト、ネットバンキングのように、これまで電気通信事業法の対象外であった分野に様々なビジネス・モデルが出現し、事業者間の競争が活発に行なわれ、市場の競争情況もダイナミックに変化している。こうした分野に対して、電気通信事業者が参入するからといって、その行為を規制するために電気通信事業法の規制の対象範囲を拡大すべきではなく、規制の範囲をできるだけ明確化しそれをガイドライン等の形で示すべきだ。特に、既存サービス市場において支配的な事業者が新興サービス市場に進出する場合に、当該市場支配的事業者に新たに規制を課すことを通じて、こうした新たな分野にまで電気通信事業法の規制が及ぶことは避けるべきだ。市場の発展を促進する観点からは、規制の対象範囲を拡大すべきではなく、例えばネットワークを利用したサービスは電気通信の範囲ではないこと等を明確にしておくとともに、新たな分野で弊害が生じた場合には、独禁法により排除することで対応すべきである。(公取「報告書」)

 市場支配力を有する事業者が電気通信サービスと一体化(統合)して提供する融合型のサービス(例えばNTTドコモのiモード)にまで事業法の範囲を拡大する(利用者が利用したいインターネット・サービス等を自由に選択することを義務付ける)ことは、新しい市場開拓の意欲を阻害することにもなりかねない。当該事業者に市場支配力を背景とする競争阻害行為があれば事後的に排除すれば足りるし、そもそもインターネット接続サービスに規制を課すべきでない、とする公取「報告書」に賛成である。

■事業分野の融合、相互参入の活発化に対応した競争ルール

 公取「報告書」は、設備ベースの競争促進に関連して、公益事業の各分野における相互参入が活発になりつつある中、分野横断的な事業展開における公正な競争条件の確保や競争ルールの設定について、それぞれの事業分野を所管している省庁による縦割り規制によって対応するのではなく、一般法である独占禁止法に基づくルールによって対応することを基本にすべきだ、と主張している。

 確かにITの分野を例にとって考えてみても、各省庁による縦割り行政の弊害は明らかだ。公取「報告書」が指摘するように、欧州でも競争法に沿った形で競争当局と規制当局が調整の上、公正競争確保のための規制の制定・執行が行なわれる方向にあることを考慮すると、わが国おいても公取「報告書」が提起している方向で改善されることが望ましい。

 それにしても公取「報告書」には、随所に「独占禁止法を運用する独立機関である公正取引委員会と事業所管官庁が十分に協働できる仕組みが必要」とか「各分野における規制は、競争の基本ルールである独占禁止法と整合的な形で設定されるようにし、公正取引委員会が横断的な視点で関与できるようにする必要」とか「独占禁止法との二重基準や事業者の混乱を防止する観点から、必要な情報提供が円滑に行われたり、一定の条件のもとで相互に意見を述べることができるよう、公正取引委員会との間で連携を図るスキーム構築することが必要」と言った提言が書き込まれている。競争当局と事業所管庁との主導権争いのようにも読めるが、競争が進展した情況のもとではもっともな提言だと思う反面、現在の公取の体制で実際に対応できるのかと疑問に思う。公取「報告書」にも、公取の対応に時間が掛り過ぎると感じている事業者が多く、公取が対処すべき独禁法の問題ですら、申告を躊躇する例を指摘し、審査担当官の充実と専門性を高めることを提言している。

■NTTグループ各社間の競争の促進

 公取「報告書」は、NTT法によるNTT東西の業務範囲の規制(県内通信に限定)は、NTT東西を固定電話会社とみた上でのものであるため、市内・長距離等の概念の無くなったIP時代に見合ったものになるように、見直しを行なうべきであると指摘している。また、NTTグループ各社による自由な活動を認めることとあわせて、競争を促進する観点からは、NTTドコモが有効な競争単位になるよう、持株会社による出資比率の引き下げを行なう、ことを提起している。

 しかし、現に株主が存在し、その株主の利益を犠牲にするかもしれない提案については、もっと慎重であって欲しい。公取「報告書」が指摘する通り、電気通信市場の変化は速い。高い料金が普及のネックとなっていると指摘されていたブロードバンドの競争が一気に進んで、ADSLの料金は実質世界で一番安い水準を達成している。しかも今や、トップシェアを握るのはヤフーBBである。

 もはやNTTドコモが固定通信分野に参入しなければ、日本の通信事業の競争が進まないという情況にはないし、移動通信市場の発展を考えればその余力も無いし、いまさら固定通信事業に参入する魅力も感じないだろう。電気通信事業は、電話とデータ、地域と長距離、固定通信と移動通信の区分がいずれ消滅する時代を迎えている。このような状況では、NTTドコモの出資比率は、競争の問題ではなく経営の問題として考えるべきである。

(参考)総務省「IT特別部会最終答申(草案)」の問題点(本間 雅雄)

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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