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2003年9月掲載

本格化する米国のブロードバンド政策の転換

 去る2月20日にFCC(米連邦通信委員会)は、「アンバンドル・ネットワーク要素(UNE)の3年毎の見直し命令」を採択したが、共和党系の委員の一人が民主党系の委員(2名)と組んで多数派となり、パウエル委員長がその提案に反対するという異例の事態に発展し話題となった。その時点で採択された命令の「概要」が公表されたが(注)、「詳細(FCC命令)」は後日公表されることになっていた。当初は2ヶ月程度で公表されると見られていたが、調整が難航し8月21日にようやく「命令」が採択された。以下に、「命令」のあらましと「概要」の段階から「命令」に至るまでにどのような変更が行なわれ、それは通信政策上どのような意味があるのかを考えてみたい。この命令は、裁判所から施行中止の命令が出されなければ、連邦政府の公報に登録(6週間位かかる)した日から30日後に発効する。FCCが6ヶ月かけて作成した「命令」は、付属資料およびFCC委員の個別声明を含めると576ページにもなるが、FCCは仕事の半分を終了したに過ぎず、FCCの機能不全から多くの課題が残される結果になったという。(BusinessWeek / September 8, 2003)なお、本稿の作成にあたっては、当研究所政策研究グループの神野新、清水憲人両氏に種々ご教示をいただいたことを付記して感謝します。

(注)本間雅雄 米国におけるブロードバンド政策の転換とその波紋 (InfoComアイ 2003年4月)参照

■アンバンドル・ネットワーク要素(UNE)見直し「命令」の概要

  • 住宅用のUNE-P(注1)の「市内交換機能」については、(1)自社の交換設備を使用して住宅用サービスを提供する既存の地域通信会社(ILEC)以外の競争事業者が3社以上存在するか、(2)ILECの競争相手に交換サービスを提供する設備ベースの競争事業者が2社以上存在する場合は、州の規制当局の判断でILECに対し義務づけを免除できる。(地理的市場の区分は州に委ねられる。最初の判断は命令発効後9ヶ月以内に行なう。)
  • 1.5Mbps以上の回線を利用する企業ユーザについては、ILECに対しUNEの提供義務を免除する。(競争事業者は命令発効後6ヶ月以内にユーザをUNE以外の形態に移行)
  • 長期増分費用方式(TELRIC)による料金算定にあたって、リスクを反映した資本コストや加速償却法の採用を可能にする。(本「命令」の中で、FCCはTERLICの妥当性についての調査手続きを近く開始する予定と明記)
  • ILECは,住宅用の銅線ループ、サブループについてはUNE提供義務を負う。
  • ILECによる銅線ループの高周波数部分の共用(ライン・シェアリング)義務を廃止する。 ただし、
    • 既存ユーザに対しては、ILECは命令発効直前の料金で提供する。(グランドファーザー条項:新制度導入時に、以前の制度における既得権を認める)この条項は、2004年に開始される本命令の見直しの結論が出るまでの措置。
    • 新規ユーザの獲得は命令発効1年後まで。ただし、フル・アンバンドル回線の利用が必要で、その料金は命令発効後1年後まではフル・アンバンドル回線の25%、2年後までは50%、3年後までは75%、3年後以降はフル・アンバンドル回線の料金を上限とする。
  • 同じ銅線ループで異なる市内競争事業者(CLEC)に音声とADSLを提供することをILECに義務づける。(ライン・スプリティング)
  • 住宅用光ファイバー・ループのUNE提供義務(開放義務)は撤廃する。(注2)
    ただし、既設銅線ケーブルと同一ルートに光ファイバーを布設する場合で、ILECが銅線ループを撤去した場合は、ナローバンド提供のための適切な伝送パスへのアクセスを提供する義務を負う。(途中まで光の)ハイブリッド回線にはパッケット機能のUNE提供義務はないが、音声サービスの提供義務がある。
  • 企業向けのループについては
    • OC級(51.8Mbps以上)回線に対するILECのUNE提供義務は撤廃。
    • 1.5M回線は、ILEC以外の2以上の事業者が卸売り回線を提供可能な場合は、州の判断で義務づけを免除できる。
    • 45M回線は、前記1.5M回線に対する条件、またはユーザに直接回線を提供可能な場合は、州の判断で義務づけを免除できる。
    • ILEC以外の2社以上の事業者がダークファイバーのループを提供可能な場合は、州の判断でUNE提供義務を免除できる。

(注1)7つのUNEリスト (1)市内加入者回線(ループ)  (2)サブループ(リモート・ターミナルと加入者間のループ) (3)網インターフェース装置 (4)タンデム交換機能を含む市内交換機能 (5)局間伝送設備 (6)信号網および通話関連データベース (7)運用サポート・システム(OSS) 市内競争事業者(CLEC)はILECからUNEの提供を受け、自社設備と組み合わせてサービスを提供するが、最近では複数のUNE(ループや市内交換機能など)を一括して購入し、ベル電話会社のネットワークを単一のプラットフォームとして安価(40%の割引)に利用する「UNE−プラットフォーム(UNE-P)」の利用が急増している。(FCCの資料によると、2002年末における米国の固定電話は1億8,750万回戦、そのうちCLECが提供するのは2,480万回線(13.2%)。内訳は自社設備640万(26%)、再販売470万(19%)、UNE1,370万(55%)で、UNEのほとんどはUNE-Pの利用と見られている。) 

(注2)FCCが住宅用光ファイバー・ループの開放義務を免除した理由 (1)解放義務の免除によりILECだけでなく競争事業者の投資インセンティブが高まる (2)ファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)を提供可能な世帯の3分の2が競争事業者の営業地域内にある (3)新規にFTTHを敷設する場合、ILECと競争事業者間にコストの差がない

■2月の「概要」から何が変わったのか

 第1は、UNE-Pに関する「市内交換機能」の取り扱いである。2月の「概要」では、FCCの検証基準に基づき、州の規制当局が9ヶ月以内に判断することになっていた。今回の「命令」で、UNEの義務づけを免除できる客観的判断基準を示している。それが、「自社の交換設備を使って住宅用市内サービスを提供するILEC以外の競争的事業者3社以上、またはILECの競争相手に交換サービスを提供する設備ベースの競争事業者が2社以上存在する市場」という基準である。市場の地理的区分は州に委ねられているものの、調査会社などのコメントでは、前者はほとんど適用例がなく、後者はまったく例がないという。FCCは市内競争の判断基準のバーを高くすることで、結局UNE-Pの実質現状維持をはかったことになる。「それなしでは競争事業者の参入が妨げられるUNEに限って提供すれば足りる」という観点から最高裁が求めた7つ「UNEリスト」の再検討の指示を無視したことになるのではないか。(注)

(注)「命令」の公表が遅れたのは、UNE-Pの取り扱いを巡る意見調整が難航しことが原因と見られている。FCC委員の多数派は、市内通信の競争は基本的には州の問題であり、UNE-Pの義務づけに関する判断も、州の競争状況を熟知した州の委員会に委ねられるべきだと主張した。これに対してパウエル委員長は、UNE-Pを残すことは、ILECに対する広範な規制を維持することになるため、設備ベースの競争促進政策を後退させる、として反対したが、小数意見にとどまった。

 第2は、既得権益への配慮である。2月の原案では「銅線ループの高周波数部分はUNEではなく、ILECの回線共用(ライン・シェアリング)義務は撤廃する。市内競争事業者(CLEC)は、回線共用でDSLサービスを提供している顧客を、3年間で(フル・アンバンドル回線などに)段階的に移行させる。」というものだった。これに対し今回の命令では、ILECはCLECの既存加入者に命令発効直前の料金で回線を提供する義務があり(グランドファーザー条項)、CLECは命令発効後1年後まで新規DSL顧客獲得ができる。その場合の料金は命令発効後1年後まではフル・アンバンドル回線の25%、2年後までは50%、3年後までは75%、それ以降はフル・アンバンドル料金を上限とする、というものだ。アバナシーFCC委員は、ライン・シェアリングを廃止する決定をする一方で、既存顧客の利益を無期限に保護する決定を行なうのは、明らかに矛盾していると指摘している。

 第3は、ライン・スプリティングの考え方を明確にしたことである。今回の命令では、CLECがフル・アンバンドル回線を借りて音声とDSLの両方を提供すること、または他のCLECと提携してDSLもしくは音声サービスを提供することを認めている。ILECは同一の銅線で、競争事業者AにDSLを、競争事業者Bに音声を提供することを義務づけられた。

 第4は、長期増分費用方式(TELRIC)による料金算定上の資本コストと減価償却方法などを明確化したことである。TELRIC自体の妥当性の検証は、本命令とは別の手続き(注)によって年内に開始される予定である。

(注)2001年5月に、連邦最高裁がTELRICに関するFCCの権限を1996年通信法の範囲内として認め る判決を行った際、ミクロ経済学者などの参加を求めて専門的見地から検討するよう示唆したのを受けた措置である。

■「UNEの3年毎の見直し命令」に関する評価

 当然のことだが通信業界の反応は、AT&Tなどを含むCLECは歓迎の意向を示し、べルサウスなどのILECは厳しく批判している。例えばAT&Tは、「今回のFCC命令は、AT&Tの既存の地域(電話サービス)の顧客にサービスの提供を継続し、他の地域にサービスを拡大する当社の計画を進めることができる。」と歓迎している。スプリントは、今回の複雑な命令について対処方法を検討中としながらも、「州の公益事業委員会は、CLECが今後もILECの地域電話ネットワークにアクセスを続けられるよう、今回の命令を実行に移すことを期待する。」という趣旨のニュース・リリースを発表している。スプリントは現在、同社の長距離通信、携帯電話およびその他の新サービスと地域サービスとをバンドルしたサービス(スプリント・コンプリート・センス)を36州で提供するためにUNE-Pを利用しているが、今回の命令でUNE-Pの核の役割を果す「市内交換機能」がUNEリストに残るようになったことを評価している。

 今回のFCC命令を最も歓迎しているのはDSLプロバイダーのコバド(Covad)・コミュニケーションズ・グループだろう。命令が公表された翌日の22日に同社の株価が21%上昇した。
 「コバド、新FCC規則で小さな命綱を得る。」とDow Jones Newswires(2003年8月22日)が報じている。コバドの現在のDSL加入数は45.3万だが、これが新FCC命令により今後も現在の安いライン・シェアリング料金(コバドによれば平均月額5ドル)で利用できる。確かに今後の新規加入は、3年間の移行措置はあるものの、いずれフル・アンバンドル料金(月額10数ドル)を上限に負担する必要があるが、コバドはベル電話会社との今後の協議で値上がり幅を小さく抑えられると自信を持っているようだ。また、地域電話サービスを提供しているAT&TやMCIなどとライン・スプリティング協定を締結すれば、コストの上昇を低く抑えることが可能と見ている。それに、コバドは現在既に収入の60%を企業向けサービスから得ており、ライン・シェアリング廃止の影響は小さいと主張している。

 ベル電話会社はどうか。ベルサウスは、今回のFCC命令の核になっている地域電話サービスに対する州の規制権限の強化に「失望」を表明している。また、ベルサウスは通信網の共用には反対しないが、卸売り料金はコスト以下ではなく、コスト以上とすべきだ、反対しているのは当社のネットワークを、それを維持するためのコスト以下で提供することを、政府によって義務づけられることである、と主張している。8月29日にベルサウス、SBC、クエストの旧ベル電話会社3社と業界団体のUSTAは、FCC「命令」は2002年5月の連邦控訴裁判決(FCCは地域市場における競争の状況と関連する広範なコストに関する認識を誤ったとして、通信網の共用ルールの見直しを求めた)に違反しており、その取り消しを求める訴訟をコロンビア地区連邦控訴裁に提起した。なお、ベライゾンは訴訟を準備中という。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(2003年8月22日)は、今回のFCC命令を「FCCは、地域電話市場を規制する権限を州に与え、ベル電話会社が低い卸売り料金で競争相手にネットワークを提供することを強制する規則を支持した。しかし、FCCは高速インターネット市場における規制を緩和した。」と要約し、命令の内容を紹介している。また、同紙(8月21日)は、ベル電話会社から安い卸売料金でUNEを購入できなければ、市内競争から撤退せざるを得ないとするAT&TやMCIの主張を紹介し、今回のFCC命令は地域電話市場における競争維持のため、やむを得ないというニュアンスを滲ませているように思う。ワシントンポスト(2003年8月22日)は、住宅用ブロードバンド市場はより競争的であり、規制緩和が必要とするFCCの考え方に、ケーブル産業が全国市場の3分の2を支配している状況を引き合いに出して理解を示しているように読める。記事は新ルールの発表とその内容を淡々と伝えているが、今回のFCC命令が「訴訟の波」の引き金となるだろうと指摘している点では各紙が共通している。

 今回の「FCC命令」を一番厳しく批判しているのは、他ならぬFCC委員である。5人の委員中採決のすべてに賛成したのは1委員だけで、他の4委員は何らかの反対票を投じている。とくに、パウエル委員長は17頁もの声明を発表し、そのなかで「本命令により、ブロードバンドに関する著しい(規制)緩和などのいくつかの重要な進展があった」ものの、「今回の決定は、ILECのネットワークに対する広範な規制を維持することになるため、設備ベースの競争を明らかに後退させる」ものであり、FCCが「アンバンドルに関する明確で維持可能なルールを策定する責任を州にまる投げすることを選択した」ことは規制活動をさらに困難にし、「ライン・シェアリングはFCCで最も成功したブロードバンド政策」であったにもかかわらずこれを廃止することは間違いであり、今回のFCC命令を「この決定は既に脆弱となっている米国の通信市場をさらに混乱させるものであると考える」と批判している。

■米国の政策転換から何を学ぶか

 難航したFCCによるUNEの見直し命令は、混乱と内外の批判の渦巻くなかでスタートすることになった。「訴訟の波」に見舞われることもほぼ確実である。一方、長期増分費用方式(TELRIC)の妥当性の検証が開始される。しかし、今回の命令で最も注目すべきは、ブロードバンド時代のインフラの本命と目されるファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)に、UNE提供義務がないことを明確にしたことだろう。この点は「概要」の段階から「命令」に至るまで一貫しており、FCCのパウエル委員長が言うように、ブロードバンド政策の重要な前進である。すでに、ベル電話会社は2004年からのFTTHの本格的展開を視野に、各社の規格を統一し資材および布設コストの引き下げ実現に向けて提携した。(注)ブロードバンド時代のインフラ整備に関する制度的基盤の明確化によって、FTTHに対する投資のインセンティブが一段と高まることが期待される。

(注)本間雅雄 光ファイバーの開放問題を考える (InfoCom アイ 2003年7月)

 わが国のブロードバンド政策は見直す必要がないのか。ブロードバンドに占めるADSLの比率が高いわが国(7月末75.2%)では、NTT東西会社に課しているライン・シェアリング義務を撤廃するのは時期尚早かもしれない。しかし、両社に支払う回線使用料(両社平均月額約170円)は果たして妥当な水準なのか。両社を合算した2002年度の接続会計は赤字であり、検証が必要ではないか。問題は加入者光ファイバー回線である。総務省は現時点では、光ファイバーが指定電気通信設備に相当するかどうかを、都道府県単位で「メタル回線プラス光ファイバー」の加入数シェアで見るとしている。「ユーザにサービスを提供するために必要不可欠な回線という観点で見る。メタル回線はいずれ光ファイバーに置き換わるもの、区別はしない」という理由からだ。(注)

(注)光ファイバー、NTTシェアが急落 (日経コミュニケーション 2003年8月11日)

 これでは、電力会社グループが特定地域でNTT東西を上回る光回線を保有しても、メタル回線を多く持つNTT東西は、光ファイバーについても指定電気通信設備規制を受け続けることになる。「メタル回線プラス光ファイバー」のシェアで光ファイバーの市場支配力を判断するのは適切とは思えない。また、シェアを都道府県単位で、設備数でなく加入数で見ることは妥当なのか。ADSL、CATVモデム、衛星通信や無線LANを含むブロードバンド市場全体で考えるべきだという意見もある。米国がナローバンドとブロードバンドは別の市場と考え、ブロードバンドの規制は原則として撤廃し、投資のインセンティブを高める政策に転換したことに学ぶべきことが多くあるはずだ。少なくとも加入者光ファイバー・ループ(FTTH)についての規制のあり方は、早急に検討が必要ではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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