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InfoComアイ
2004年10月掲載

出揃った各社の固定電話新料金

 9月のInfoComアイに「ソフトバンク・グループの通信事業新戦略」を掲載した。筆者は、日本テレコムの「おとくライン」を新興通信会社ソフトバンク・グループによる既存の2大固定通信会社への挑戦と理解していた。したがって、NTTとKDDIは早晩何らかの対案を発表し、反撃に転ずるだろうと予想していた。しかし、去る9月15日に発表されたKDDIの「固定電話網のIP化計画」と「KDDIメタルプラス」は、単なる対案ではなく通信網をIPに統合することによって「市内外一律3分8円」(企業向け)を実現するという思い切った内容だった。ソフトバンクは、同じ日の5時間後に「メタルプラス」と同等もしくは僅かに下回る水準に「おとくライン」の料金を修正する案を急遽発表した。少し時間をかけて慎重に検討するのではと見られていたNTTも、10月1日に固定電話の新料金案の発表に踏切った。固定電話はこれで基本料を含む全面的な料金競争に入った。体力勝負の競争が鮮明になった(日本経済新聞04.10.3)という見方もあるが、この消耗戦に出口はあるのだろうか。

■IP網で提供される「KDDIメタルプラス」

 KDDIが、日本テレコムの格安固定電話サービス「おとくライン」の対抗商品として05年2月からサービスを開始する「メタルプラス」は、同時に発表した「固定電話網のIP化計画」を前提にしている。すでに商用化している通信と放送の融合サービス「光プラス」で利用している高品質のIP網CDN(注)を拡張して、既存電話網をソフトスイッチに置き換えるという構想である。05年度から既存固定網のIP化に着手し07年度末までに完成させる予定である。

(注)Contents Delivery Network(データと音声を統合し、さらに音声をデータよりも優先的に転送することによって既存の固定電話と同等の通話品質を実現する KDDIニュースリリース 05.9.15)

 加入者宅から電話局までのメタル回線をNTTから賃借し、NTTから賃借した電話局のスペースに新たに設置するNGW(注)で音声信号をIP信号に変換し、ソフトスイッチを介して高品質のIP網CDNに接続する。KDDIは「世界に先駆けて固定網のIP化を完了し、ブロードバンドをご利用にならないお客様にも、IP技術により低廉なサービスを提供」(同社ニュースリリース)するとしているが、同社の狙いは顧客基盤を強化することにある。既に提供している「光ダイレクト」(企業向け)と「光プラス」(家庭向け)に加え「KDDIメタルプラス」を品揃えし「直収化」を推進することは、この目的達成に大きく役立つと考えての決断だろう。同社は、07年度で2000万世帯以上の家庭が電話のみの利用で加入電話回線(メタル回線)を使用していると予測し、このような顧客をターゲットに格安IP電話「メタルプラス」を提供し、囲い込みを図ろうとしている。

(注)Network Gateway(世界に先駆けて開発を進めてきた局用のIP電話設備、アナログ〜IPの変換を行う。

 KDDIニュースリリース(05.9.15)「KDDIメタルプラス」の主な特徴は以下の通りである。(金額は税抜き、以下同じ) (1)基本料は全国一律で企業用2,400円、家庭用1,500円 (2)プッシュホン機能を基本機能として(無料)提供 (3)シンプルな通話料金 家庭用:市内3分8円 市外3分15円 企業用:市内・市外一律3分8円) (4)NTTと同水準の付加サービス (5)施設設置負担金(NTTの場合72,000円)は不要 (6)従来の電話番号をそのまま利用できる (7)110番など緊急通話の利用が出来る (8)基本料と通話料などの一括請求を行う。

 「メタルプラス」の料金を、日本テレコムの「おとくライン」(04.8.30発表)のそれと比べてみると、基本料では3級局(大都市)で同額だが、1級局、2級局では「メタルプラス」が高い。しかし、「メタルプラス」はプッシュホン機能を基本機能として無料としているのに対し「おとくライン」では月額390円である(後に無料に修正)。通話料では「メタルプラス」の方が安く設定されている。

 KDDIの「メタルプラス」は「高品質」と銘打ってはいるもののIP電話であり、通話料金が安いのは当然である。しかし、家庭用と企業用の非対称な通話料金もさることながら、企業用の市内・市外一律3分8円という料金設定は、かなりのインパクトがある。さらに、「おとくライン」で月額390円(NTTと同額、後に無料に修正)としたプッシュホン機能を、「メタルプラス」では基本機能として無料としたが、これもかなり刺激的な料金設定である。月額390円の料金差があれば利用者は契約を変更する可能性が高くなる。

 KDDIの「メタルプラス」は、総じてコストと料金の関係についてかなり緻密な検討を行ない、単純な値下げ競争となる危険を回避する(競争相手の体力が消耗するのはかまわないが)ことを視野に入れ、競争相手の動きも読んでかなり周到に料金を設定したという印象を受ける(注)

(注)KDDIの小野寺社長は、同社の基幹網の完全IP網移行について「我々は携帯電話でもPDC方式の設備を捨てた。日本の固定通信インフラの高コスト構造を抜本的に変えるには今こそ捨てる決断が必要だ。」と9月15日の記者会見の席で強調した。(日経産業新聞 通信サバイバル(2) 04.9.17)

■日本テレコムは「おとくライン」の料金を修正

 割安固定電話サービスで先鞭をつけたのは日本テレコムだった。ソフトバンク・グループが、予定を繰り上げて買収を完了した日本テレコムの通信網を活用してNTTの交換網に依存しない独自網を構築し、基本料や通話料が割安な固定電話サービス「おとくライン」を12月から開始する、と去る8月30日に発表した。しかし、KDDIがさらに安い料金を予定しているという情報が流れると、修正した料金案を9月15日にKDDIが発表した5時間後に急遽発表した。

 日本テレコムが修正した「おとくライン」の主な料金は以下の通りである。 (1)基本料をさらに50円安くし、NTT基本料より250円安く(5年間支払う開通工事費月額100円を考慮するとNTT基本料との差は150円となる)、KDDIの「メタルプラス」とは同額(いずれも3級局(大都市)の場合)とする。 (2)通話料は「メタルプラス」の一律料金制を踏襲し、料金額だけ0.1円安い3分7.9円とする。 (3)プッシュ電話は無料とする。

 この修正によって、ソフトバンクの孫社長による「日本で一番安い料金を実現する」とした公約は辛うじて守られた。KDDIの「メタルプラス」との差は、通話料で僅か3分0.1円である。しかし、「メタルプラス」がIP電話であるのに対し、「おとくライン」はアナログ電話である。コストは通常アナログ電話の方が高いはずだから、今回急遽行った「おとくライン」の料金修正は、単純に「メタルプラス」の料金と同等もしくはそれ以下としたということではないか。

 日本テレコムは、10月7日に、12月から始める「おとくライン」の3分間の通信料金をNTTグループやKDDIよりも0.1円安くする「おとく保証キャンペーン」を実施すると改めて発表した。対象は12月末までの申込者で,キャンペーン期間は3年間である。今後競争会社が値下げした場合も、さらに安い料金を2ヶ月遅れで適用する。

 「孫社長によるNTT(通信産業における守旧派の象徴)の独占支配に風穴を開ける作戦は、ブロードバンドで成功したようにみえる。NTTが急速にドミナンスを失いつつあるからだ。しかし、消費者の成功は、必ずしも孫社長のビジネスでの成功を意味しない。孫社長は、しばしばビジネスマンというよりは活動家により近いように思われる。ソフトバンクが促進した日本のブロードバンド産業における競争の激化にもかかわらず、同社は未だに毎年の赤字に苦しんでいる。そして、引き続く新分野への参入(「おとくライン」と携帯電話事業)は、ソフトバンクの黒字転換を一層困難にする。」とウォール・ストリート・ジャーナルは疑問を呈している(注)

(注)Disillusioned Japanese give business an earful(The Wall Street Journal online / 04.9.28)

■競争力確保に重点を置いたNTTの新料金案

 周到に準備したソフトバンクの作戦も、KDDIの反撃で早くも修正を迫られた。少し時間をかけて慎重に検討するのではないかと見られていたNTTグループも、プッシュホン機能を含めた基本料に最大月額540円の差(修正後の「おとくライン」の住宅用料金)がつく状況となっては、早急に対案を示す必要に迫られ10月1日に固定電話料金の全面改定案が発表された。実施時期は今年12月から05年1月にかけてである。

 NTTグループの料金改定案の概要は次の通りである。月額基本料の値下げ幅は一部地方(1級局 加入数5万未満)を除き、住宅用で50円以上、事務用で100円以上。プッシュホン機能を利用するか、料金請求内容のお知らせをウェブ上で行うかで値下げ幅が異なるが、住宅用で最大540円、事務用で最大590円の値下げとなる。大都市で住宅用1,600円、事務用2,400円が最も安い新基本料である。通話料については、市内と県内の区分をなくし一律3分8.5円(定額料月額100円を支払うと3分7.5円となる新プランもある)、県間通話料は一律3分15円(従来は距離に応じて3分20〜80円)とした。電話の新設時に支払いが必要な施設設置負担金(現在72,000円)は、10月下旬に予定されている総務省の審議会の最終答申を踏まえて決定する。

 NTTの和田社長は記者会見で「他社との競争や業績への影響などを総合的に考慮して決めたぎりぎりの値段。長年培ってきたNTTへの信頼を加味すれば、競争力のある水準。」と強調した(注)。NTTグループの新料金は、プッシュホン機能の実質無料化や県内通話の一律3分8.5円など、かなり競争力の確保に重点を置いた設定になっている。基本料や市内通話料では競争他社に僅かながら割り安感があるものの、家庭向けの県内通話では圧倒的にNTTの料金が安い。競争他社による再度の修正の可能性もある。

(注)NTT料金見直し、体力勝負鮮明に 日本経済新聞(04.10.1)

 NTTグループ内の長距離通信会社であるNTTコムは、同社の市内、県内市外、県間市外、国際サービスの4区分を同社にマイライン登録した顧客に対して、市内・県内市外は3分8円(東西東は8.5円)、県間市外は3分15円で提供する(プラチナ・ライン)としている。これでは、市内・県内市外を東西NTTに登録し、県間市外(東西NTTは提供していない)をNTTコムに登録した利用者は、従来の料金(距離によって3分20〜80円)を適用されることになる。これは顧客にとって分かりにくいだけでなく、グループ内における利益相反でもある。規制(一体料金の禁止)のしからしめるところと思われるが、見直しが必要ではないか。

 今回の料金見直しによるNTTグループの減収見通し(平年ベース)は約1,800億円で、NTTの固定通信会社3社の売上に占める比率は3%程度だが、特に東西NTTへの影響が大きく、利益のほとんどが失われるレベルである。競争力の確保に重点を置いた結果である。競争の進展は歓迎すべきだが、破滅的(cut throat)競争の途をたどることのないよう節度を持って臨むことを期待したい。

表)各社の固定電話新料金(税抜き、通話料は3分間)

■電話料金大乱戦の後に来るもの

 固定電話の収入は年を追って確実に減少している。Eメールや携帯電話の普及に加え、最近ではIP電話への移行が進んでいる。「遅かれ早かれ、すべてがブロードバンドに収束する」状況の下では、電話はブロードバンド・サービスのアプリケーションの一つ(IP電話)になっていく途をたどるだろう。固定電話の収入が総売上高の半分以上を占めるという状況は、いずれ過去の物語でしかなくなる日も遠くない。

 したがって、今回の固定通信3社による固定電話新料金は、早晩来るべきものが来たということではないか。米国の例ではAT&Tは、ブロードバンドの利用者(他社のユーザーを含む)を対象に、IP電話サービス「CallVantage」を提供しているが(利用者数は未公表)、このサービスは全米どこにいくらかけても定額料金で、10月から5ドル値下げして月額30ドルになった。米国におけるIP電話のトップはベンチャー企業のボネージ(加入数27.5万)であるが、これもAT&Tの値下げに対抗して5ドル値下げして月額25ドルにした。このような低料金が実現したのは、IP電話はデータ・サービスであり、通信サービスではないとする米国特有の事情から、電話にかかる税金やユニバーサル・サービスなどの負担が免除されていることも理由の一つであるが、より根本的にはIP網が低コストだからである。AT&Tは現在の料金でもIP電話は利益を出しており、料金もいずれ安定するだろうといっている(注)。体力勝負の消耗戦の出口は、ブロードバンド・サービスと固定/移動通信の融合の促進、完全IP網移行などによる低コストの実現ではないか。ただし、この出口は狭く、スリムな経営体質に転換しない限り、通り抜けることは難しいと思われる。

(注)Rivals AT&T and Vonage slash price of Internet-phone services(The Wall Street Journal online / 04.10.1)

 今回の固定電話3社の新通話料金は、市内通話を含めて距離の区分が2段階に圧縮されたものの、通話時間に応じた料金になっていて、米国のような利用無制限の完全定額制ではない。各社とも通信網のIP化が進む次の段階では、わが国でも完全定額制(高い料金では意味がない)料金が登場することを期待したい。

 ソフトバンクが引き金を引いた今回の固定電話の料金競争は、9月のInfoComアイで指摘した通り、NTTから賃借した市内メタル加入者回線を、NTT局舎内に設置した自社交換設備を経由して自社通信網に接続することで可能になった。賃借した市内回線と局舎スペースはNTTの資産であるが、それを利用して構築した通信網は、NTTの交換設備に依存しない自前の通信網である。その分料金設定の自由度が高まり、基本料や付加サービス料金まで自社の収入として、自由な料金設定が可能になった。NTTのメタル市内回線(ドライカッパー)と必要な局舎スペースの賃借(コロケーション)が保証され、その価格が適正であれば、KDDIと日本テレコムはNTTと対等に競争できることが今回の新料金案で実証されたとみて良いのではないか。NTTに対する不必要な様々な規制を見直すべき時期に来ている。

 具体的には、東西NTTの市内電話事業が赤字にならない限り発動されないユニバーサル・サービス基金:ブロードバンド、電話、放送それに携帯電話を一体化(バンドル)して提供する傾向が強まる中でのNTTに対する業務領域規制:FTTHに不可欠な光ファイバー加入者回線に対する投資インセンティブを損なうNTTに対する光回線開放義務:固定通信と移動通信、通信と放送の融合にブレーキをかける支配的事業者規制などである。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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