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Global Perspective 2013
2013年6月26日掲載

米ロ:サイバーホットライン設置〜 サイバースペースでの信頼醸成措置

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2013年6月17日、アメリカとロシアはサイバーセキュリティに関して2か国間でホットラインの設置などに関する協力を行っていくことを発表した(※1)。北アイルランドで開催されていたG8ロック・アーン・サミットでオバマ大統領とプーチン大統領は協議を行った。ついにサイバースペースにおいても大国間での信頼醸成措置が設けられことになる。今回のサイバーセキュリティでの協力までに米ロ両国は2年間協議を重ねてきた。

サイバースペースでの米ロ信頼醸成措置

アメリカとロシアの2か国はサイバースペースにおいて「誤解や思い込みによる衝突を回避」するための信頼醸成措置としてホットラインの設置に踏み切った。2013年7月から両国でサイバーセキュリティに関するワーキンググループが実際に稼働開始する予定である。ロシアは以前からサイバーセキュリティ分野で他の国ともホットラインを設置すると報じられていた(参考レポート)。

信頼醸成措置(Confidence Building Measures:CBM)とは、敵対する国家間で、ホットラインのようなコミュニケーション手段の開設や軍事情報の公開によって、情報の不確実性や相互の誤解、不信を回避し、その措置の講じることによって相互の緊張緩和の条件や状態をつくることである。冷戦期の米ソ間で1963年にホットラインを設置したのは信頼醸成措置の先駆けといえる。今回の米ロのサイバーセキュリティにおける信頼醸成措置は以下の3点である。

(1)CERT間での連携(Links between Computer Emergency Response Team)
 米ロ両国にあるComputer Emergency Readiness Team(CERT:コンピュータ緊急事態対策チーム)による密なマルウェアやサイバー技術に関する情報交換を行っていく。アメリカのCERTは米国国土安全保障省(Department of Homeland Security)が管轄している。
 情報交換はサイバーセキュリティにおいて非常に重要である。日々新しいシステムの脆弱性とマルウェアが登場しており、それらの発見と修復の対応スピードがサイバースペースを侵入や破壊から守ることになるからである。サイバー戦争とはプログラミング戦争でもあるのだ。

(2)冷戦期の核削減センターの活用(Exchange of Notifications through the Nuclear Risk Reduction Center)
 米ロではサイバーセキュリティの危機回避に向けて冷戦期の1987年に設立された両国(アメリカと当時のソ連)のNuclear Risk Reduction Center (NRRC)を活用する。国家間でのサイバーセキュリティに関する問題が発生した際の公式な問合せ先、コミュニケーション手段として活用する。サイバーセキュリティに関する情報の不確実性や相互の誤解、不信を回避し、その措置の講じることによって米ロ2か国以外にも多国間でのサイバーセキュリティ問題の解決を図っていく予定である。
 「誤解や思い込みによる衝突」は冷戦以前の遥か大昔から国際社会における戦争、紛争、対立の主要な原因である。国家間のサイバー攻撃も、サイバースペースにおいても「誤解や思い込みによる衝突」の回避を行うことが重要になる。これこそサイバースペースでの「Confidence Building Measures(信頼醸成措置)」と考えられる(参考レポート)。
そのようなフレームワークで考えると、サイバーセキュリティにおいても国際社会での過去からの戦争回避プロセスや経験が活かせるだろう。そして米ロには冷戦期を通じてそれらを実際に行ってきた経験がある。

(3)ホワイトハウスとクレムリンの直通ホットライン(White House-Kremlin Direct Communications Line)
 米国のホワイトハウスとロシアのクレムリンでサイバーセキュリティに関するホットライン(直通電話:Direct Secure Communication System)を設ける。両国間や世界で大規模なサイバー攻撃などサイバーセキュリティに関する問題が上がったら、両国首脳同士が直接電話で話し合う仕組みを構築する。米ロ両国には既に冷戦期の核兵器使用回避を目的として設置されたホットラインがある。米ロ両国の軍部はサイバーセキュリティ分野という日々新たなシステムが開発され、マルウェアが登場している未完成の領域において協力していくことに合意した。

サイバースペースの基底にあるのは冷戦期の体制:回避されなくてはならない大国間でのサイバー攻撃

今回、米ロがサイバースペースにおける信頼醸成措置を確保したことは、サイバーセキュリティをめぐる国際関係において非常に重要なメルクマールとなるだろう。サイバースペースとそこの脆弱性を突いたサイバー攻撃が後を絶たない状況である。サイバースペースは冷戦後、情報通信技術の発達によって新たに登場した空間であるが、結局のところ国際関係の基底にあるのは核兵器による国際社会の安定なのであろう。そして、米ロ間でサイバー攻撃が勃発し、そこから報復攻撃による紛争に発展することは回避しなくてはならない。また、サイバー攻撃によって相手の核施設や重要インフラに侵入してしまい、万が一システム破壊や誤動作などで核兵器や通常ミサイルが誤発射するようなことは地球崩壊に繋がりかねないので絶対に回避しなくてはならないことは両国首脳とも理解しているはずだ。そこで今回のような信頼醸成措置に結びついたのだろう。

冷戦の終わりは核兵器の終わりではない。今でも核兵器が保有されている以上、それらが使われないようにしなくてはならない、つまり抑止されなければならない。さらに現在のサイバースペースではシステムの脆弱性を突くサイバー攻撃によってそれらのシステム破壊や誤作動させる危険があり、サイバー攻撃は通常ミサイルのように相手から撃ち込まれたことを可視化出来ない分、思い込みや誤解による相手への不信感が強くなる。それらが武力行使へエスカレーションするような事態は絶対に回避されなければならない。米ロは両国とも依然として核兵器を保有し、そこがサイバー攻撃されることの恐怖を理解しているからこのような信頼醸成措置に結びついたのだろう。

アメリカの政治学者ケネス・ウォルツ氏は「核兵器の存在が国際安全保障体制を安定化させ、冷戦時代の米ソ関係に安定性をもたらした」と指摘し、その状態を「核による平和(nuclear peace)」と表現した(※2)。情報通信技術が発展しサイバースペースという新たな空間が登場しても、国際政治における安全保障の根底にある体制はウォルツ氏が指摘した体制と同じだろう。サイバースペースにおいても、通常兵器や核戦力の存在がサイバースペースでの国際安全保障体制を安定させると考えられる。サイバースペースの安定はすなわち国際社会の安定につながることを両国は理解しているのだろう。

サイバースペースで重要なのは大国間での信頼醸成措置

信頼醸成措置を講じることによってホットラインを設置することの目的は、万が一意図しないサイバー攻撃(事故)が発生した場合に対して、武力やサイバー攻撃で反撃(報復攻撃)しないことである。そのような誤解による一触即発の緊急事態が生じないためにもホットライン設置のような大国間での信頼醸成措置が必要になってくる。それによって、サイバー攻撃の事故が発生した際に、「私はやっていない」と両国がお互いに言える場が作ることが重要である。これは核時代の米ソの軍備管理と同じ理論である。

サイバースペースにおける大国間の関係で一番重要なのは「信頼醸成措置」の確認であろう。信頼醸成を構築する目的は二つある。第一に誤算、誤解の防止である。つまり意図的な攻撃をしないことの相互の確認をおこなうこと。第二に攻撃が行われた場合は信頼醸成に努力している両国以外の国からの攻撃であることの確認である。こうしたサイバースペースにおける大国間での信頼醸成措置はサイバースペースのみならず国際社会の抑止を安定させることになる。次はアメリカと中国がどのような対策をとるのか、注目が必要である。

*本情報は2013年6月21日時点のものである。

※1 hite House(2013), Jun 17, 2013 “Fact Sheet: U.S.-Russian Cooperation on Information and Communications Technology Security”
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/06/17/fact-sheet-us-russian-cooperation-information-and-communications-technol

※2 Kenneth Waltz, “The Spread of Nuclear Weapons: More May Better,” Adelphi Paper, 1981

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