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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2013年9月6日掲載

健全な受益者負担の復権を期待する

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

本ホームページ上の、「ICR View」のコーナーに2009年4から2カ月前の今年7月まで毎月1回、計52回に渉り、議論提起の文章を書いてきましたが、6月の社長退任とともに投稿は終了することにしたところです。

ただ、情総研の幹部の意見という公の立場を離れて、今後は、ひとりの先輩リサーチャーとして見聞したことを“臍曲りな複眼的な視点”から自由に書いてみたいと思い、この「風見鶏―“オールド”リサーチャーの耳目」を設けました。最近のICTを巡る動きには、価値観の上でジェネレーションギャップを感ずることも多くあり、ここでは敢えて“オールド”リサーチャーと名乗ることにした次第です。皆様の参考になる事象を出来るだけ(意欲と体力の続く間)数多く取り上げてみたいと考えています。乞う、ご期待です。

それでは、第1回目の今月は、通信サービスの世代交代とサービスコストの受益者負担のあり方について取り上げてみます。

最近、無料通話、チャットアプリのLINEの利用者が急増していて、2011年6月のサービス開始以来、世界で2億3千万人が登録していて、このうち日本国内で4,700万人となっています。スマートフォン利用者のほとんどがLINEを使っているとまで言われています。即ち、LINEは既に日本国内では一定以上の利用者を確保した、いわばインフラの域に到達したとさえ言えるサービスとなっている訳です。もちろん、これは民間企業による市場競争の結果であって、何らかの政策的な背景があるものではなく、サービスインフラとして政策上の振興も規制も行われてはいません。しかし、スマートフォン利用者のほとんどが利用しているという点では社会のインフラになっていることは間違いありません。こうした事実上のインフラサービスには、他にマイクロソフトのウィンドウズOSやグーグルのG‐Mailほかの各種サービス、ヤフーの検索サービスなどさまざまな領域のものが存在しています。当然、市場シェアが高く、競合他社や利用者・消費者に与える影響が大きいので競争政策面から政策当局の関心を集めているところです。

LINEも、これまでの他の事例と同様に、無料通話を有料イラスト「スタンプ」の収入とゲーム課金という通信以外の収入源で賄ってきましたが、利用者獲得の飽和が近づくに従い、年内にビデオ通話に加えて、音楽の配信とインターネット通販に参入すると発表しています。つまり通信はメールだけでなく、音声も含めて無料のサービスとして利用者登録獲得の手段となっていることに、”オールド”リサーチャーとしてはやはり違和感を覚えます。人と人が遠隔で通信する付加価値が無料とはどういうことなのか、改めて考えておく必要があると思いますし、インフラビジネスでしばしば言われてきた受益者負担、即ち俗に言う“タダより高いものはない”的な取り組みの健全性について問題提起しておきたいと思います。

技術の進歩・革新に伴って、従来のサービスが新しいサービスに置き換わることは、通信の世界でも多くみられた現象で、電報が電話やインターネットに変わり、固定通信がモバイル通信に移っていることを見ればよく理解できるところです。また、従来なかったWebサービスやブログなどの新サービスは新しいだけにそこに今までにないエコシステム、経費負担のあり方が生み出されて来ました。いわゆるサブスクリプション(購読)モデルから広告モデルへの変化がそれに当たります。

このサブスクリプションモデルから広告モデルへの移行には前例があり、新聞や放送といったコンテンツ配信サービスはこの流れで既に一世紀以上が経過しています。しばしば良いコンテンツには利用者(購読者・視聴者)はお金を払うと主張されてきましたが、実態は逆で配信プラットフォームがインフラとして整備されればそれだけコンテンツ配信先が増加する結果、広告モデルが成立し易くなり、コスト負担も少なくなるので、直接に利用者が支払う負担は必要とされなくなります。「健全な」受益者負担の枠組みは遠く過去のものとなってしまいました。そして、利用者を多く集める、換言すれば人気のあるコンテンツこそ王者となり、「健全性」は隅に追いやられることになりました。放送のように電波免許からくる健全性の要請や通信事業にみられる通信の秘密やユーザーデータの保護を強く求められる存在が中心であった時代は既に過ぎ去り、冒頭のLINEやグーグル、Facebookなどが通信サービスの主役となり、通信サービスの中枢をなす1対1の通話やメールといったコンテンツの内容にも及ぶ検索広告サービスがほとんど規制なく普及してしまっているのが実態です。

私は、新しく力をつけて通信市場の有力者になっているこの種のOTTプレイヤーを従来の通信会社や放送会社のように規制を強化すべきと主張している訳ではありません。ただ、これまでの事業分野の枠にはまらないことを前提にルールなく自由に振舞っていることが気懸りなのです。国内外による規制差、業種・業態による規制差は、利用者の立場からは決して好ましい姿ではありません。さらに、インフラ提供のユニバーサルサービス義務と負担を通信事業者だけに課しているのも、健全な受益者の負担のあり方とは言えません。これだけ無料通話サービスが浸透しているのに、特にLINEのように4,700万人も登録者が存在しているのに電話番号を用いていないことから、ユニバーサルサービスへのコスト負担は求められていません。既にNTT東西の固定電話サービス数(加入電話+ISDN+0ABJ−IP電話)約4,300万を大きく上回っている現実を直視して、健全な受益者負担の方式を追求するべき時をむかえていると感じています。

通信サービス、通信事業の公益性に着目した方策を施しておかないといずれ長い間にしっぺ返しが来ることでしょう。建設ばかり、また、便利に自由にタダで利用することばかり追求してきた橋やトンネルについて、点検補修という反撃にあっている公共事業投資のように後からでは遅すぎるのです。

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