ホーム > 風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目 2013 >
風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2013年10月11日掲載

民法(債権関係)改正動向からの示唆−グローバル市場における契約法の共通化競争−

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

先月9月から「風見鶏―“オールド”リサーチャーの耳目」と題するコーナーを設けて、“臍曲りな複眼的な視点”から書き始めています。参考となる事象を幅広く取り上げていくつもりです。今月は、ICTを少し離れて我が国私法の一般法となっている民法(債権関係)の改正動向を取り上げてみます。

法務省の法制審議会に対し、平成21年10月28日、民法のうち債権関係の規定について、契約に関する項目を中心に見直しを行うべく要網の掲示を求める諮問がなされてから4年が経過しました。今回の諮問に応じて法制審議会の下に民法(債権関係)部会が設置されて、現在まで、「中間的な論点整理」、「中間試案」、「改正要綱案」の取りまとめと3つの段階が順次進められてきています。

民法(債権関係)改正の目的は、諮問文の中にあるとおり、(1)社会・経済の変化への対応と、(2)国民一般に分かりやすいものとする観点からなされており、明治29年(1896年)の制定以来、大きな改正のなされていない債権関係に抜本的に手を入れて、民法の現代化と透明性の向上を図ろうとするものです。我が国の民法は制定時に、当時最先端であったヨーロッパの大陸法に学び、その理論と規定を取り入れた優れた法制でしたが、さすがに120年の経過は多くの判例等司法の蓄積をもたらし、また当時の原典であったドイツやフランスにおいても民法の現代化が進行するに至っていて改正の必要性が高まっているところです。もちろん、契約等民法の実務に携っている法律専門家や企業の法務担当者の間には、現行民法の規定は法的に安定しており、司法においても既に確立した部分が多く、敢えて課題を抽出してまで改正する必要はないのではないか、との批判も見られます。何事につけ新しいことは、何らかの混乱を実務に与えることになるので、どうしても追加的な費用がかかり、負担が増すので回避しようとする姿勢と見受けられます。特に、民法のうち、なかでも債権関係は一般の国民にはなじみが薄く、日常生活上ほとんど関係がないので関心は全然高くないのが実情です。そこで法律専門家や法務担当の一部には逆に静かにしておくメリットを主張する声があるのでしょう。

こうした現状維持の姿勢は、現代日本に付きまとう傾向で社会・経済・政治全般に見られる現象と同種のものではないかと思います。日本国内の事情だけが優先され、既得権益の主張に基づく内向き指向の流れと言えます。民法(債権関係)の改正においても、単純に古いものを表面的に新しくするということだけではなく、その本質的な狙いはグローバルな視点の導入であり、グローバル市場における契約法の共通化が法制面でのいわばインフラ競争となっていることに注目すべきです。“ひとつの市場にはひとつの契約法”(内田貴法務省参与の言葉)によって国際的市場で日本国内と同質な契約法を用いることの経済的メリットを活かせることになります。現実に、EUにおいては統一契約法法制化の方向にあり、市場統合のための明確な手段となりつつあります。司法解釈や行政指導といった内向き指向では国際的には通用しないのです。

ここで改めて考えさせられるのは、日本国内には同種の懸案が基本問題だけでも、いくつも存在していることです。例えばTPP交渉という経済・産業政策全般に渉る大問題を始め、企業会計のグローバル化の流れのなかにある国際会計基準(IFRS)の適用(認容)問題、さらには、ICT産業に近いところでは、個人情報保護・活用に関する米欧の動向と日本の現状のずれ、著作物の権利保護と新産業との調整の食い違い、など内向き指向では特に解決が困難な課題が数多くあります。グローバル化とは、ただ単純に他の主要国の方式に自分を合わせることではありません。要は、グローバルな視点を持つ必要性があるということです。世界の市場は、ますますグローバルな取引が中核を占めることになります。大切なことは、そのなかで国際的に通用する方策・方式を素早く取り入れて、新しいルールを明示していく行動を怠らないことです。それが中長期的に国益に叶うことになります。

この面から眺めると、TPP-全省庁(特に経産省/農水省)、民法-法務省、IFRS-金融庁、個人情報保護・活用-全省庁(特に経産省/総務省)、著作権-文化庁/経産省など、多くの省庁にまたがる誠に政策調整の難しい懸案であることが分かります。ここはグローバル化の視点、即ち、身近な(当面の)利害ではなく将来の利害から判別する視点を持つ必要があります。

明治29年(1896年)現行民法が制定されたのも、当時、最大の国益追求であった不平等条約の改正交渉を進めるためであり、その時、最も進んでいた民法理論を導入して法制化した、いわば19世紀のグローバル・スタンダードに立脚したものであったはずです。必ずしも、明治期の日本国内の法規範と合致するものではありませんでした。しかし、当時の指導者がグローバルな視点に立って、国内の身近な利害を離れて中長期的な国益を追求した姿が現行民法と言えます。

最後に、現在のアベノミクスの成長戦略において、先に取り上げた基本的なグローバル化の課題、TPP交渉、民法(債権関係)改正、国際会計基準(IFRS)導入、個人情報の保護と活用、著作権の活用の5点の具体的な進展・改善を期待しています。さらには、ICTの分野について言えば、情報通信法制においても、直近30年の間に日本の法体系がグローバルな視点と大きくずれてしまっていることに懸念を持っています。世界の情報通信市場が共通化するなかでは、共通化を目指した情報通信法制が必要だと考えています。

このエントリーをはてなブックマークに追加
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。