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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年7月4日掲載

無料Wi-Fiは誰がコストを負担するのか
―エリアオーナー間の協調が求められる―

(株)情報通信総合研究所
顧問 平田正之

このところ2020年の東京オリンピック/パラリンピック開催の話題から発して、訪日外国人観光客向けの情報通信サービスとして無料Wi-Fiが使えるところが少ない上に、登録など事前手続きが複雑だったりして、簡便な無料Wi-Fiを使い慣れた外国人観光客からは不満の声が数多く寄せられていました。

ところが、5月に総務省が発表した「国内と諸外国における公衆無線LANの提供状況及び訪日外国人旅行者のICTサービスに関するニーズの調査研究」報告書によれば、全般的に日本の公衆無料Wi-Fiに対する評価は高く、満足が64%に上っています。その理由としてエリア、速度、簡易の3項目すべてで高い満足となっています(もちろん、調査対象となった米英仏中台韓からの旅行者によって差があります。全体として中国からの旅行者の評価が高く、台湾・韓国からの旅行者の満足度が低い。)。このことを総合すると、日本でも公衆無料Wi-Fiの整備が大幅に進んで、つながらない/使いにくいとの評価は過去のものになりつつあるように見受けられます。
⇒参照:当社InfoCom World Trend Report 6月号記事「日本の公衆Wi-Fi、訪日外国人から高評価」(岸田重行上席主任研究員)

無料Wi-Fiの提供主体はさまざまで通信事業者はもとより、店舗、宿泊施設、駅、空港等のエリアオーナー自ら設備を構築して提供しています。もちろん、地方自治体や商店会・観光関係団体などによって提供されているものもあります。通信事業者の場合は自らはエリアオーナーにはならず、エリアオーナーに対して設備やサービスを貸付・提供しているケースが多くあります。以上から言えることは、無料Wi-Fiの提供主体はあくまでその施設や場所・地域を所有したり管理しているエリアオーナーであり、当該エリアの商業(事業)的価値を高めて競合者と差別化するために無料で高速の通信環境を提供しているのです。

エリアオーナーからみると店舗や施設構内の装飾や照明、空調等の環境整備と同様、本業への貢献のためのコストとして意識されているものと考えられます。従って、それぞれの場所において、個々の思惑で無料Wi-Fiが設置されていることは当然で、通信網(サービス)として統合的に運用されているものではありません。そもそも全体としてどのような設置運用計画があり、どの水準で提供されているのか、はっきりしたことが十分に把握されてもいません。無料Wi-Fiは自由に創意工夫がなされているものなのです。

私は、この創意工夫に満ちた自由な個別エリアでの通信環境こそ、無料Wi-Fiの本質であり尊重すべき世界だと思っています。要は電波免許という国の統制から離れたイノベーティブな環境が第一に維持されなければいけないし、利用者・消費者からみると無線LANデバイスを持っている者なら誰でも参加し活用できる現代の「コモンズ(共有地)」なので、この社会的・経済的効用を利用者・消費者全体で最大化する状況を作り上げていくことが大切です。

ところで、無料Wi-Fiを設置するエリアオーナーとは誰を指すのでしょうか。店舗、ショッピングモール、ホテル、商店街、駅、空港など当該エリアを所有/管理している主体が明確な場合はそれぞれの主体がそのエリアの商業(事業)的価値向上のために無料Wi-Fiの設置や運営コストを負担するので、それ自体が問題となることはありません。しかし、公共の場、例えば道路や広場、公園、運動場や体育館などではどうでしょうか。エリアの所有者・管理者は地方自治体や国になりますので、商業(事業)的な価値向上から判断されることではなく、広く社会的効用から判断されることになります。一般的にはエリアオーナーの存在する場所においてもモバイル通信事業者が通信エリアを競争的にカバーしていますのでモバイル通信インフラは確保されています。加えて、ここで取り上げているインターネットアクセスが外出先で無料で行える無料Wi-Fiは、各種の情報収集や検索には誠に利便性が高いものです。無線LAN機能を有するデバイスの普及がここまで進展してくると、生活圏に無料Wi-Fiのエリアカバーがなされていることがその地域の生活利便度の尺度となり、都市機能の一部となっていると考えられます。

その一方で、モバイル通信インフラを統合的・整合的に構築運営する必要があるモバイル通信事業者は「コモンズ」の提供者・参加者とはなり得ず、自らの通信インフラへのアクセスに対して集中するトラフィックを防衛的に疎通するため、いわゆる“オフロード”を目的に無線LANのアクセスポイントを多数設けていいます。いわば、自社の通信ネットワークを集中アクセスから守りつつ自社ユーザーの満足度を維持向上する施策としてWi-Fi網を構築しそのコストを負担しています。従って、エリアオーナーのように無料Wi-Fiをオープンアクセスの形で提供するものではありません。私がここで言いたいことは、こうした通信事業者とは別のエリアオーナーの存在が無料Wi-Fiという新しい都市機能を充実させているという、まったく新しいエコシステムのことです。

多数のエリアオーナーの集合が無料Wi-Fi網という新しい都市基盤を形成し、道路や公園・広場など人々の集まる公共の場所ではそれぞれの自治体が無料Wi-Fiを整備していく、このことが各方面から期待されている成長戦略に繋がっていくのではないでしょうか。都市計画・街作りというと道路や公園・広場、街路樹等の緑化といった目に見える“もの作り”に集中する傾向にありますが、これからは街灯の明かりや電子掲示板の案内などとともに、無料Wi-Fiを街作りに加えるべきです。そして、その街に住んでいる人だけでなく、訪日外国人を含めて都市を訪れる人達にさまざまな情報・コンテンツやサービスを提供して利便性を高めるため、無料Wi-Fi網という「コモンズ」を活用する工夫を官民協調して取り組むことが期待されます。こうした努力が地域の競争力となり、自治体の活性化に活かされてこそ、観光立国ニッポンの成長戦略になると考えます。大変難しいことですが、自然と人の調和、日本人の美意識とおもてなしの心が伝わるような無料Wi-Fiの整備と活用が進むことが楽しみです。

そのためには、誰でも使える簡便な登録手続き、それぞれの提供主体を貫く整合的な運用方法などを早期に協議して確立しておく必要があります。無料Wi-Fiのエリアオーナーを取りまとめる運営協調機関のさらなる活動が待たれるところです。

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