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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年9月4日掲載

1億人維持の人口目標にICTが果す役割は?

(株)情報通信総合研究所
顧問 平田正之

政府は今年6月、経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針)に「50年後に1億人程度の安定した人口構造の保持を目指す」と明記し、人口問題について数値目標を定めて少子化対策に取り組むことを強調しました。これは、政府の経済財政諮問会議の下に設置された有識者会議「選択する未来」委員会(会長;三村明夫日本商工会議所会頭)がその前の5月に指摘した、「現状の出生率の水準が続けば、日本の総人口は50年後に約8700万人と現在の3分の2の規模まで減少する、人口の約4割が65歳以上というかつて経験したことのない著しい『超高齢社会』になる」との警告を踏まえたものです。これを受けて、何故人口1億人なのか、そもそも適正な人口規模があるのか、また、人口目標が政府の政策目標になじむのか、などさまざまな議論がみられるようになりました。人口減少につながる出生率の低下はそもそもどうして生じているのか、結婚と出産という個人の人生観・生き方(生活)に直接結びつくだけに政策手段とその効果の検証が難しく、人の生涯/世代交代を経て結果が現れる数十年先の政策目標達成まで持続する努力が必要とされます。

一方、民間からも日本創成会議(座長;増田寛也元総務相)が人口減少問題に警鐘を鳴らしていて、特に東京問題であるとした新しい視点を訴えています。2040年までの間に出産年齢の中心である20〜39歳の女性が半減する自治体が全国市区町村の半数に上り、消滅する可能性があるとのショッキングな内容を発表しています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックで若者の東京への関心が高まり、さらなる人口の東京への一極集中が進むとし、特に若い女性が流出する地方の人口減少は止まることはなく、東京圏の住宅や通勤環境などの生活面の困難性からくる結婚・子育ての難しさ故に、晩婚化や出生率の低下を招いて日本全体の人口減少を加速させるというものです。地方では、既に800近い自治体で高齢者の減少が始まっていて、介護現場の雇用吸収力の低下として現われているのに対し、都会、とりわけ東京圏ではこれから高齢者の急増がみられるので、超高齢化が進む2040年頃の東京圏の介護環境は酷いものにならざるを得ないと指摘しています。

これに対して、先の「未来選択」委員会では、若い世代や次の世代が豊かさを得て、結婚し、子供を産み育てることができる環境をつくること、社会保障の資源配分をより若者向けにシフトすること、70歳まで働くことなどを訴えていて、具体的には次の5点を取り上げています。

  1. 子供を生み育てる環境を整備する
  2. 経済を世界に開き、「創意工夫による新たな価値の創造」で成長し続ける
  3. 年齢・性別にかかわらず能力を発揮できる社会を構築する
  4. 個性を生かして地域戦略を推進する
  5. 安全・安心の基盤を確保する

これらの処方箋にまったく異論はありませんし、その時間軸も日本創成会議の指摘どおり、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年をめどに少子化トレンドを食い止める必要があるとの認識はそのとおりだと思います。

さて、問題はこれからです。少子化を食い止めるためには、晩婚化から早婚化(事実婚を含めて)に方向転換することが第一ですが、その場合、東京(及び大都市)への人口集中を受け入れて大都市圏での結婚・子育て環境の改善を図るのか、それとも地方からの人口流出を止めるべく地方の雇用環境・生活環境、なかでも若年女性を取り巻くそれを改善するのか、の選択が迫られることになります。前者の大都市圏で出生率を引き上げる対策を主張する背景には、大都市の国際競争力強化こそ日本の競争力の源泉であり、大都市への集積を高めるべきであるとの考え方があります。これに対し、地域の活性化や経済構造改革を進めて、若い女性の流出を押えて地域を再生することで高い出生率の維持が可能となるという現実論が相対しています。後者の主張のなかには、大都市圏の高齢者を地域において介護するというエリアの住み分けの構想も含まれています。このように、この問題の難しさは若い世代の生き方に拠るだけでなく、高齢者自身の生活観や人生観にも左右されるし、また政策論として大都市の競争力強化と地方の生き残り戦略をどう両立させるのか、というところにあります。

これまでICTの利活用というと、個別分野の教育、医療、福祉、農業、そして行政や経済活動での効果が取り上げられてきましたが、全体として人口の維持に結びつく、特に若い世代の結婚や子育てなどの生活環境の向上にどれだけ寄与しているのか、これまで具体的に推し計ったことはなかったような気がします。確かに、医療や介護・福祉のICT化は高度な満足度の高いサービスに結びついているし、教育の面でも地域や環境の差を小さくして学習レベルの向上に果す役割には大きなものがあるのも事実です。それだけでなく、ICTによって新サービスが全国で受けられるようになり、地域の生き残りにも役割を果していると考えます。

在宅勤務の増加が大都市圏と同様の勤労を地方で行うことをもたらしつつあることは望ましい姿です。こうしたICTの利活用を一層進めるためには、国策として財政・税制面で地域・地方における情報化投資・経費に優遇措置を講じることや大都市圏から離れた遠隔地勤務への政策措置(人件費に対する特別措置など)、さらには、大病院や大学、研究機関など高度な知識集積機関を地域に配置しつつ、ICTの利活用により全国各地方での効用を高める方策などを国の政策として積極的に進める必要があると思います。国民共通番号の整備やそのための個人情報保護機関など新しい情報インフラもようやく整いつつあるので、ICTの利活用が人口維持に活きてくることを期待しています。

最後に、政治の問題、特に若年世代と次世代となる子供の声が強く反映される政治制度、具体的には選挙制度の改革、即ち1票の格差の早急な是正が何よりも人口1億人維持のスタートになると思いますので、今すぐ行動が必要です。

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