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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年10月3日掲載

アンライセンス周波数利用のLTE通信実験から思うこと

(株)情報通信総合研究所
顧問 平田正之

NTTドコモは8月21日、「アンライセンス周波数帯におけるLTE通信の実験に成功」との報道発表を行いました(報道発表資料)。これは、ドコモ北京研究所と中国のファーウェイ(華為技術)との共同実験で、Wi-Fi等で使われている5GHzのアンライセンス周波数帯を使用してLTE通信に成功したというもので、研究者や市場リサーチャー、アナリストの間では注目を集めたのに反し、実際のモバイル市場関係者やマスコミからはほとんど関心を引きませんでした。まだまだ実験段階であり標準化や本格的な製品化がこれからで、特に今すぐ市場やサービスに影響を与えるものではないので、当然の反応と言えます。ただ、モバイル通信事業では市場参入者に周波数(電波)免許が政府から排他的に与えられることによってサービス提供が行われるという世界の常識が覆るかもしれないことなので、初期段階にあり先の見通しは誠に難しいものの、敢えて今後の可能性を探ってみたいと思い、今月のこの“風見鶏”に取り上げることにしました。

今回の共同実験で、LTEをアンライセンス周波数帯で利用可能にする技術であるLAA(Licensed Assisted Access using LTE)の有効性を確認できたので、将来、LTE/LTE-Advancedにおいて無線LANと共存して5GHz帯を補完的に利用することができる可能性が広がりました。このLAAは、(1)単にアンライセンス周波数帯でLTE通信を実現させるだけに止まらず、(2)LTE-Advancedで用いられるキャリアアグリゲーション(複数周波数を束ねて通信速度を高速化する)技術の活用を前提にしているので、現在、無線LANの主流となっているWi-Fiに対して新しい選択肢となるかも知れないことに加えて、モバイル通信事業者にとっては既存の免許を受けている周波数帯とアンライセンス周波数帯である5GHz帯をキャリアアグリゲーションにおいて活用する可能性を示しています。今回の共同実験はLAAの性能確認のための第一段階であり、最新のWi-Fiの約1.6倍の通信容量向上を達成したと発表されていますが、本当の狙いはこれから行われる第二段階の実験、即ち、このLAAとWi-Fiとの共存を図るためにLTEの最適化を確立することにあります。

つまり、無線LANの世界では、アンライセンス周波数を用いたWi-Fiが圧倒的に普及しており、サービス面での取り組みとして、いかに無料Wi-Fiの拡充を図るのか、認証や登録を簡便かつ整合のとれたものにするのかなどの方策が政策的に進められるレベルにまで達しています。特に、我が国でも無線LANに使用されるアンライセンス周波数は2.4GHz帯で97MHz幅、5GHz帯では455MHz幅と、モバイル通信各社が得ているライセンス周波数がいろいろな帯域を合計しても、NTTドコモとKDDIグループで160MHz幅、ソフトバンクグループが201MHz幅なのと比較しても非常に広い帯域を占めています。免許不要なので、ショッピングモール、ビル街、ホテル、駅や空港など各地でその場所を管理運営するいわゆるエリアオーナーが数多く設備を設置してWi-Fiサービスを提供していることは御承知のとおりです。

また、Wi-Fiについては、モバイル通信各社が自社ユーザー向けに主にトラフィック逼迫時対策(オフロード)として非常に数多くのアクセスポイントを設置してきました。こうしたエリアオーナーやキャリアによる自由で柔軟な取り組みによって多数のアクセスポイントが出来上がったのは、周波数免許が不要で誰でも自由に参入できたことと、各種のデバイスへのWi-Fi搭載コストが非常に安価であったこと、またセキュリティなどのWi-Fi利用時の制約が緩く弾力的な取り扱いが可能だったことなどがあげられます。即ち、現在世界中を見渡すと既にアンライセンス周波数帯ではWi-Fiが完全に主役の座を占めていて、LAAを活用したLTEの出番の可能性は乏しいように見受けられますし、さらに同じ周波数を利用する際の干渉等の悪影響を回避する方法の導入(標準化)に効率よく対応(最適化)できるかどうかの問題も残されています。先行し広く普及している既存のWi-Fiとのアクセス技術面での共存は絶対に必要なことです。くり返しになりますが、今回のNTTドコモとファーウェイとの第二段階の共同実験に注目するポイントもその点に尽きます。

ただ、モバイル通信事業者とは立場を替えて、Wi-Fiを設置してきたエリアオーナーの視点から、このLAA利用のLTEを見てみるとどうでしょうか。エリアオーナーが管理運営している当該エリアのきめ細かい通信・インターネットサービス提供による集客や満足度向上という付加価値は既にWi-Fiの提供によって実現されてしまっていますので、こうしたLAA利用のLTEへの注目度は低いと言わざると得ません。世の中には数多くのWi-Fi利用可能なデバイスが既に普及しているので、それらをどう惹き付けるのかこそが今の課題です。つまり、“今だけ、ここだけ、あなただけ”の情報サービスの基盤は既にエリアオーナーによって構築されているといってもよいと思います。残されたところは、街のなかの道路や広場などの公共の場所なのです。

では、こうしたアンライセンス周波数利用のLTEは、結局、モバイル通信事業者だけがキャリアアグリゲーションのために補完的に利用するだけなのでしょうか。もしそうだとしたら、クアルコムや世界の主要ベンダーが関心を示しているのも、新しい通信アクセス機器やチップの販路拡大に向けた取り組みに過ぎないことになります。そうなのかも知れません。現時点、機器やチップ開発、普及見通しなど不透明なことが多く、コスト面、大きさや取り扱い易さなども不明なので何とも言えない段階です。しかし、周波数免許不要という点で今後のモバイル通信事業へのインパクトが大きくなるのではないかと私は感じています。即ち、モバイル通信事業者は世界中どこでも政府から周波数免許を得て、排他的な周波数利用を前提にモバイルネットワークを建設して設備競争をベースに市場競争を展開してきました。事業の始まりはオークション方式にせよ、比較審査方式にせよ、国からの周波数免許なのです。ところがアンライセンス周波数帯では、小電力無線機の扱いなので、無線LAN(≒Wi-Fi)には免許不要で、かつ、当然のことですが電波利用料の負担もありません。市場参加者は自由に参入が可能なので、今日のWi-Fiの隆盛をもたらしました。同じことが今後のLTEでも起こり得ると思っています。機器やチップの開発、標準化の動向、コスト低減化など現在のところ未解決の課題と制約は数多く存在していますが、周波数免許が必須であるだけに市場参加者(事業者)数が限定されている現状のゲームルールの変更となることが考えられます。周波数の免許が必須であるが故に事業者数が限定されてしまうので、各国でも競争促進のための規制が正当化され、例えば非対称規制を課したり、政策的なMVNO促進策が採用されてきました。

ところが、モバイル通信サービスの中核的方式であるLTEにアンライセンス周波数が利用可能となると、もちろんコスト面や取り扱いの容易さなどが克服されればの前提付きですが、この分野に多数のエリアオーナーが参入してくることが考えられますし、アクセスポイント(基地局設備)をサービス卸的にモバイル通信事業者に貸し出す=いわば「ゼロ種」事業的な取り組みが可能となります。これは従来、電気通信事業法や電波法が想定してこなかった市場の担い手と言えるでしょう。通信キャリア一般が持つサービス提供の基本は“いつでも、どこでも、誰とでも”でしたが、ここに新しくエリアオーナーが参入してくると“今だけ、ここだけ、あなただけ”の取り扱いが加わりそうです。そこにMVNOが加われば、より一層サービス提供の方法や利用スタイルに大きな変化が想定できます。さらに、モバイル通信サービスの一環として、アンライセンス周波数利用LTEが広く活用されるとなると、トラフィック制御や各種の情報管理に新たな課題が生じそうです。エリアオーナーとしては、マーケティング情報こそ貴重な付加価値となるからです。こうなると当然、エリアオーナーと提携したMVNOやOTTプレイヤーの参入があり得ます。モバイル通信市場の厚みは増しますが、新しいイノベーションが市場の規制を越えることだけに、単純な制度上の取り扱いとは別次元の難しい問題が発生することでしょう。新しい周波数開拓(開発)の流れには、より高い周波数帯に向かっていくと同時にアンライセンス周波数帯をより広く設定しようとする動きも顕著に見られます。イノベーションが市場に自由化・多様化をもたらし競争を活発化すると見られているからです。

LAA活用のアンライセンス周波数利用LTEがWi-Fiとどのように共存し競合していくのか、アンライセンス周波数利用LTEを用いたエリアオーナーやそれと提携するMVNOやOTTプレイヤーの動きはどう予想するのか、そもそもこのイノベーションに世界の機器・チップベンダーは本気でどこまで取り組むのか(今年のバルセロナでの「Mobile World Congress2014」等では主要ベンダーに前向きの動きが見られました。)、などを注意深く見守っておく必要がありそうです。当然のことですが、もしゲームルールチェンジとなる場合、最も影響を受けるのはモバイル通信事業者(キャリア)であることを忘れることはできません。将来の事業展開について頭の体操をしておくことが必要です。

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