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InfoCom Law Report
2014年11月12日掲載

「忘れられる権利」判決後における最新の動向の紹介

(株)情報通信総合研究所
法制度研究グループ
研究員 中島 美香

1.はじめに

2014年5月にEU司法裁判所がグーグルに対して個人のプライバシー侵害に基づく検索結果の削除を命ずる判決を下して以来、「忘れられる権利」に関する議論が活発になされている。

2014年7月に、英国貴族院のEU委員会がEU司法裁判所判決の結論に反対する報告書を公表したところ、これに対して、同国のデータ保護機関の長が反論書簡を公開するといったやりとりがあった。また、9月には、欧州委員会が、EU裁判所判決後に流布する様々な批判や懸念をいずれも「神話(myths)」であるとしてこれに反論する、一般大衆向けのファクトシートを公表している。

日本でも10月に、東京地方裁判所がグーグルに対して検索結果の削除を命ずる仮処分決定を下して注目を集めている。
以下、これら最新の動向を紹介することとしたい。

2.欧州における議論

英国貴族院の報告書

2014年7月30日に英国貴族院のEU委員会が、「EUデータ保護法:『忘れられる権利』?」と題する報告書を公表した(※1)。報告書は以下の各章からなっている。

第1章:はじめに
第2章:EU司法裁判所判決
第3章:判決の結論
第4章:「忘れられる権利」は今後も存在するべきか?
第5章:本委員会の意見

その構成から明らかなように、本報告書は、EU司法裁判所判決の検証を行うとともに、「忘れられる権利」について委員会としての見解を表明するものである。結論及び提言の要旨は、以下のとおりである。

 1995年指令も、また、裁判所による同指令の解釈も、そのいずれも、個人の詳細な情報に世界中のどこから(だれから)でもアクセスできることが日常生活の一部となっているという、コミュニケーション・サービス事業の現状を正しく反映していないことは明らかである。
  プライバシー権を根拠として、データ主体に、正確でありかつ合法的に利用可能であるデータへのリンクを削除する権利を認めることは、もはや合理的でもなければ、可能なものでもない。
 我々としては、欧州委員会により提案されている「忘れられる権利」に、さらには、欧州議会において提出されている修正案に対してはより強硬に、反対している政府と同意見である。それは、原理的に誤りであり、実践的に機能しない。
 我々は、(欧州議会及び理事会)新規則では、「データ管理者」が検索エンジンの一般ユーザまでを包含するものでないことを明らかにするように、その定義を修正することを英国政府として提案するよう提言する。
 検索エンジンはデータ管理者に位置づけられるべきではないとする意見を支持する有力な議論がある。我々にはその主張はいずれも反駁しがたい(compelling)ものと思われる。
 我々は、欧州委員会の「忘れられる権利」であれ、欧州議会の「消去権(※2)」であれ、新規則では(旧規定とは異なり)そうした方針に沿ったいかなる規定も含まないものとするよう提案するとしている政府表明を貫徹するよう、提言する。

英国情報コミッショナーによる反論

これに対して、貴族院の報告書が公表された翌日の2014年7月31日には、同国情報コミッショナー(Information Commissioner)、クリストファー・グラハム(Christopher Graham)が、同報告書の結論に真っ向から反論する書簡を公表した。判決は絶対的な削除権なるものを認めるものではなく、人の名前による検索結果が個人のプライバシーに与える影響を抑制するのにすぎない、(報告書が懸念すべき帰結の一つとして指摘しているような(※3))中堅規模の検索エンジン事業が削除要請に押しつぶされてしまうというような証拠はなく、同判決の影響をこうむっているのはおおむねグーグル一社であるが、グーグルは数十(数百)億ポンド規模の企業であり、判決が同社にとって対処できない過大な負担を生じているという証拠はないなどと述べる。そして、EU司法裁判所判決は機能するし、わがICO(Information Commissioner’s Office)は、同判決を国内適用するための作業を順調に進めていると反論している(※4)。

欧州委員会のファクトシート

2014年9月18日に欧州委員会は、「神話を打ち壊す:EU司法裁判所と『忘れられる権利』」と題する、一般大衆向けのファクトシートを公表している(※5)。ファクトシートは、「忘れられる権利」に向けられている批判や疑問点を6つの「神話(myths)」として掲げ、そのひとつひとつについて簡潔に反論している。

神話1:判決は市民のためにならない。
神話2:判決以後、コンテンツの削除が起こる。
神話3:判決は表現の自由に反する。
神話4:判決は検閲への扉を開く。
神話5:判決はこれからのインターネット(の機能の仕方)を変貌させる。
神話6:判決は(目下、進行中の)データ保護改革を用なしにする。

ファクトシートは、判決は市民がパーソナルデータをコントロールすることを保障するものである、と訴えかける。判決で忘れられる権利が認められたからといって元のコンテンツが削除されるわけではなく、人名の検索に基づく検索結果へのリンクが削除されるだけである。つまり、異なる検索クエリによって同じ記事を検索することは可能である。そして、もし当該人物が公的な役割を果たすような場合には、検索エンジンはケース・バイ・ケースの判断により削除に応じないこともできるため、検索エンジンを利用する一般大衆の利益(表現の自由)とのバランスを取るものであると主張する。さらに、検索エンジン事業は独立機関である各国のデータ保護当局の監督に服するほか、最終的判断は、(これまでと同様に)各国の裁判所がつかさどる。本判決後も、インターネットが重要な情報源であり続けることに変わりはない。現在進行中の欧州データ保護規則の改革は、忘れられる権利のみならず、パーソナルデータのポータビリティ権や、そのセキュリティ違反事実の通知を受ける権利など、市民のための新たな権利の確立を含み、抜本的な現代化を図るものである、としている。

3.日本の状況

EU司法裁判所判決の後に、日本でも検索エンジンに関連していくつかの司法判断が出されたことが報道され、注目を集めた。

2014年8月7日に、日本人男性が、ヤフー・ジャパンの検索サイトで名前を検索すると自分が迷惑行為防止条例違反容疑で逮捕された事実が表示されるとして、名誉毀損及びプライバシー侵害に基づいて同社に対して損害賠償及び差止めを求めた事件について、京都地方裁判所が請求棄却の判決を下した(※6)。

次いで9月17日には、上記と同じ原告が、グーグル日本法人に対して表示の差止めなどを求めていた別件訴訟で、京都地方裁判所は、グーグルの検索サイトを管理しているのは米国法人であるとの理由で、請求を棄却したと報じられている(※7)。

さらに、申立人がグーグルの検索サイトで自分の名前を検索すると犯罪に関わっているかのような検索結果が表示されるとして、米国のグーグル本社を相手方として差止めを求めた仮処分事件で、2014年10月9日に東京地方裁判所は検索結果の一部削除を命じる仮処分決定を下したことが報じられた(※8)。

上記のうち、東京地裁の仮処分決定は米グーグル社に対して検索結果の削除を命じた点でとくに注目されたが(※9)、しかし、執行債務者である米グーグル社に対する執行方法が果たして(どのように)確保されるのかという問題が残されていた。この点については、EU司法裁判所判決も同様の問題に直面する可能性があったが(※10)、グーグルが自主的に削除に応ずる方針を採ったことで、問題が現実化する事態は回避された。東京地裁の事案でのグーグルの対応が注目されたところ、原告側弁護士のインタービュー記事等によると、今回もグーグルは自主的に削除要請に対応しつつあるということである(※11)。

検索エンジンは国境を越えて提供される、グローバルなサービスである。日本の裁判所が、国外にある検索サービス事業者に対して差止め等を命ずる司法判断をした場合に(国内に拠点を有しない外国法人に対する裁判管轄権は、平成23年の改正で民事訴訟法上明記された)、その執行をどのように実現するのかは、未解決の問題である。

4.まとめ

そのキャッチーな名称もあいまって社会的にも注目を集めることとなった「忘れられる権利」は、検索エンジンに対する削除請求権という意味で、今日的な問題を提示する。それは、インターネットの普及により、情報へのアクセスが飛躍的に高まったことによってはじめて生じた問題である。インターネット上に存在する情報であっても、検索されなければ、我々がその情報にアクセスすること自体、非常に困難となる。したがって、「忘れられる権利」は、検索エンジンで「探されない権利」であると言い換えることもできよう。たしかに検索の対象となる個人のプライバシー保護は当人の人格権に関わる重要な問題であるが、しかし、検索エンジンを利用する一般大衆が情報にアクセスすることの一般的利益(それは情報提供者の表現の自由でもある)とのバランスをどのように確保するかがまさに問われている。言い換えると、情報(表現)そのものではなく、ネット上の情報へのアクセス手段にすぎない検索サービス事業者が、検索対象となる情報の提供者とは別に、独立の責任主体となるかが新たな問題となっている。さらに、検索エンジンが実際上、国境を越えたサービスであることから、国ごとに分かれた対応では問題解決は実際上困難であるということが、問題をいっそう複雑なものとしている。議論はまさに世界中で始まったばかりであるが、欧州委員会及び加盟各国の動向は急を要しており(※12)、日本でもすみやかな検討を要する重要なテーマであると思われる。

※1 http://www.publications.parliament.uk/pa/ld201415/ldselect/ldeucom/40/40.pdf

※2 「忘れられる権利」は、元々は2012年1月25日に公表されたEUデータ保護規則案(http://ec.europa.eu/justice/data-protection/document/review2012/com_2012_11_en.pdf)に盛り込まれた、新たな権利に付された名称であった。しかし、2013年11月22日の修正案(http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//NONSGML+REPORT+A7-2013-0402+0+DOC+PDF+V0//EN)では、タイトルから「忘れられる権利」は消えて単に「消去権」となっている。
なお、2014年3月12日には欧州議会において修正案が可決されている。その後、閣僚理事会で検討が行われているが、本規則案が今年中に成立するかは現時点では不明である。

※3 英国貴族院報告書は、「申立ての一つ一つに対応できない小さな検索エンジンは、申立てがあれば自動的に削除に応じることになって、個人が実質的に検閲権を持つことに帰着してしまう」としている。

※4 http://ico.org.uk/~/media/documents/library/Corporate/Notices/christopher-graham-letter-to-hol-committee-chair-baroness-prashar-20140731.pdf

※5 http://ec.europa.eu/justice/data-protection/files/factsheets/factsheet_rtbf_mythbusting_en.pdf

※6 http://mainichi.jp/feature/news/20140823mog00m040003000c.html

※7 http://mainichi.jp/select/news/20140918k0000m040034000c.html

※8 http://www.asahi.com/articles/ASGB96DSDGB9UHBI021.html

※9 2013年4月15日に「サジェスト機能」に関して米グーグル社に対する差止め等を命じた東京地裁判決があったが、2014年1月15日に東京高裁でグーグルの逆転勝訴となったことが報じられている。

※10 EU司法裁判所は、グーグルの検索エンジンのサーバは米国にあるが、グーグルはEU域内(スペイン)でサービスを提供しているのであるから、現行のEUデータ保護指令の対象となる、としている。

※11 http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/14/101001328/

※12 欧州委員会では、EUデータ保護指令第29条作業部会(Article 29 Working Party)が、目下「忘れられる権利」に関する包括的なガイドラインの策定を急いでいるが、そうしたなか、グーグル、マイクロソフト及びヤフーの検索エンジン3社との間で会合をもったことが報じられている。

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